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野田、「指示」連発で「輿石政局」にブレーキ   
投稿者:杉浦 正章 (神奈川県・男性・政治評論家・70-79歳)  [投稿履歴]
投稿日時:2012-05-18 06:25 [修正][削除]
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 出口なしの消費税政局の中で、首相・野田佳彦から幹事長・輿石東に「指示」の連発だ。元代表・小沢一郎との会談準備と選挙制度改革での野党との調整を求めたのだ。加えて、原発再稼働も近く決断するという。幹事長・輿石東の言いたい放題となっている現状を打破して、自らの手にリーダーシップを取り戻そうという反転攻勢に出たのだ。しかし、この政局打開には最終的に「小沢切り」や問責2閣僚の更迭に直面せざるを得ないとみられるが、野田にその覚悟ができているのだろうか。「暗中模索」が実態なのだろう。久しぶりに「指示」という言葉を聞いた。野田がなぜこの言葉を使ったかと言えば、輿石の“独走”にブレーキをかける必要が生じてきたのだ。幹事長が、首相の専権事項である「衆参同日選挙」や「解散先送り」を言い、首相が「幹事長とは齟齬(そご)はない」と“言い訳”をする、といった異常な状態にピリオドを打とうとしたのだ。上下関係を明らかにしておく必要があるというわけだ。逆を言えば「指示」の言葉は、輿石が手に負えなくなってきていることを物語る。

 消費税政局は、野田が解散回避で小沢を立てれば、自民党総裁・谷垣禎一が立たず、「小沢切り」を求める谷垣を立てれば、小沢が立たず、という“ど壺”にはまった形となっている。これに小沢一派の輿石が茶々を入れて混迷し、まるで「輿石政局」の様相ですらある。このまま放置すれば、野田は「負けが込んでいる」との印象が強まる一方なのだ。そこで輿石押さえ込みの意味もあって、「指示」の連発となったのだが、まず小沢との会談がどうなるかだ。もともと野田・小沢会談は、輿石が言い始めたことだ。いみじくも筆者が指摘したとおり、野田も17日、 「小沢氏は大局観を持っている方で、消費税増税に絶対反対の立場ではない」との見方を表明した。「ただし、いろんな考えがあると思うので、その考えをお聞かせいただきながら、法案を推進をする立場で協力いただきたい、ということを腹を割ってお伝えをしたい」とも付け加えた。

 要するに、小沢との妥協の道を探りたいということだ。ところが、最大の妥協の道は政策にはない。政局だ。小沢にとって何より避けたいのが、早期の解散・総選挙だ。これに野田が言質を与えられるかどうかが説得のカギなのだ。野田が小沢の消費税賛成を取り付けるには、早期解散回避を言うかどうかなのだ。輿石の一連の解散先送り発言も、野田・小沢会談の実現に狙いがあるのだ。しかし、野田にとっては「解散権」は政局を運ぶ唯一無二の武器であり、これを小沢の意向通りに手放せば、野党が猛反発する。衆院は賛成多数で消費増税法案を通すことは可能となるが、参院で可決、成立しない。小沢・輿石ラインの狙いはここにある。つまり参院段階での「継続審議」だ。輿石の「党内融和」の本質は、小沢の戦略への“迂回接近”に他ならない。

 しかし、野田は「今国会の成立に政治生命をかける」と言っているとおり、継続審議でも、解散で信を問う動きに出るだろう。そうでなくても野党は、今国会での解散・総選挙実現を目指して目の色が変わってきている。自民、公明両党は、5月16日の党首会談で内閣不信任案や首相問責決議案の提出も視野に、終盤国会に臨む方針を確認している。谷垣は17日、両決議案について「ポケットの中にある。政治生命をかけると言ったことが実現できないなら、考えなければならない」と言明している。消費増税法案は成立せず、問責は成立するでは、まさに野田が憲政の常道として伝家の宝刀を抜かざるを得ない局面となる。野田にとっては、小沢を取るか消費税を取るかの決断をいずれ迫られる構図に変化はないだろう。ぎりぎりの場面で野田が小沢を取ることは考えられず、小沢との会談の指示は最終的な「小沢切り」に向けてのアリバイ作りにあるかもしれない。それにつけても、民主党幹部や閣僚は間が抜けている。自民党政権では大事を進めようとするときには、あちこちから推進論が出て、ムードを盛り上げる戦術に出るものだが、他人事のように黙っている。自分の選挙が怖いのかと言いたい。野田だけに任せず、政権全体が消費増税法案で討ち死にも辞さぬ動きを見せてこそ、野党への説得力が生じ、国民を目覚めさせることができるのだ。

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投稿者:加藤 朗 (東京都・男性・桜美林大学教授・60-69歳)  [投稿履歴]
投稿日時:2012-05-17 17:33 [修正][削除]
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 他方改憲派も自主憲法制定や改憲など諦めたほうがよい。前述したように憲法九条は国家と国民の間に交わされた契約ではない。憲法九条をすなおに読めば(憲法は国民と国家の契約だから最大多数の国民が理解できるように、その内容は義務教育を終えた国民、最近の流行り言葉で言えばB層の一般大衆が理解できるレベルでなければならない。憲法学者の解釈は憲法学や自らの権威のための解釈でしかない)、自衛隊は違憲であり自衛権も放棄している。ただし、「力にたいして、力で自己防衛しないという契約は無効である」(『リヴァイアサン』第14章)とホッブズがいうように、国家が自衛権を行使せず国民を守らないという契約は無効である。したがって、武力も自衛権も放棄するという憲法を持った国家は、社会契約説に基づく近代国民国家ではない。もっとも武力以外で国民を護るという契約はありうるという反論が聞こえそうだが、それは国家が暴力の排他的独占主体であるという国家の本質そのものに反しており、そういう共同体は近代国家とはいわない。一種の宗教共同体である。したがって近代国家なら武力以外で国民を守るという契約はありえない。

 国家は対外的脅威だけでなく、国民間の暴力を武力で制約しなければならず、対外的には軍事力は行使しないが、対内的には警察力を行使するというのは論理矛盾である。軍事力も、警察力も国家の暴力であることにはかわりはない。だから、もし憲法九条の下では改憲派が懸念するような外敵の脅威に対しては、カントも提唱している民兵組織で対応すべきである。憲法九条は国家の武装を禁じているが、国民の武装については言及してない。国家が武装を放棄している以上、国民一人一人がみずからの責任で自らを護る自衛権は当然認められる。したがって憲法九条の下では国民有志が武装して国土防衛に徹する民兵部隊をつくることの方が、事実上実現不可能な改憲運動をするよりはよほど現実的である。

 毎年五月になると護憲、改憲の声が喧しい。もはや年中行事であって、内容空疎な議論が繰り返されている。護憲派が主張するように、護憲運動があったから憲法が護られてきたわけではない。憲法九条を護ったのは、皮肉にも憲法九条が否定する日米安全保障体制である。また改憲派が主張するように、米国から憲法を押しつけられたわけではない。実質的にはともかく形式的には国会で承認したのである。承認する代わりに日米安全保障体制の下で安全保障よりも経済発展を優先させたのである。いまさら憲法押しつけ論を主張するのは対米信義に悖る。いずれにせよ戦後一貫して日本には近代国民国家でいうところの憲法はなかった。あったのは日本人のアイデンティティーとしての憲法九条と、実質的に憲法九条を運用、解釈した米国の対日政策だけである。

 さて護憲派、改憲派ともに考えなければならないのは、「国民国家というビッグ・ブラザーが壊死し、リトル・ピープルの時代」(宇野常寛『リトル・ピープルの時代』)となった現状をどのように考えるかである。憲法は国家と国民の約束である。その国家が壊死した現状では国民は国家と約束することはできない。つまり憲法は実質意味をなさず、国民は無憲法状況に置かれる。無憲法状況に置かれる国民は国民足り得ず、リトル・ピープルすなわちホッブズのマルチチュードに解体していくしかない。改憲派、護憲派の運動はそのベクトルは逆向きでも、結局は国家というビッグ・ブラザーの再生を求めた運動でしかない。今われわれに求められているのは、国家との約束である憲法の護憲、改憲の問題ではなく、リトル・ピープル同士の契約をいかに結ぶかという問題である。「神無き地上において秩序は如何に可能か」というホッブズの問いかけをもう一度考えるところからしか、憲法問題の解決はありえない。(おわり)

(連載)日本に憲法は無い(1)  ツリー表示
投稿者:加藤 朗 (東京都・男性・桜美林大学教授・60-69歳)  [投稿履歴]
投稿日時:2012-05-16 14:12  
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1779/1781
 憲法は国民が国家に守らせるべき約束である。決してその逆ではない。なぜなら一般に近代国家は社会契約に基づく国民と国家の契約によって成り立っており、憲法は国民に対する国家の契約、約束事だからである。したがって国民は国家がこの契約を守らない、守れないなど契約違反があった場合には、国民は国家との契約を見直す、すなわち憲法を改定する権利、時には武力をもってしても政府を交代させる権利、革命権を有する。だから各国とも憲法は時代に合わせて改訂している。

 翻ってわが日本では憲法改定はきわめて困難である。なぜならわが国憲法とりわけ憲法九条は国家と国民との契約ではなく、むしろ日本国家、国民のアイデンティティーとなっているからである。日本国憲法は憲法ではない。あえてそれを憲法というのなら、「和を以て貴しと為す」という日本人のアイデンティティーである聖徳太子の一七条の憲法と同じである。日本の平和憲法は「世界遺産」だと評価する護憲派も、「押しつけ憲法」だと批判する改憲派もともに日本国憲法が国家と国民の契約だと誤解している。日本には憲法、厳密には憲法九条は無い。あるのはアイデンティティーとしての憲法九条、「和を以て貴しと為す」との平和思想である。無いものを護ることも改めることもできない。

 日本国憲法が日本人のアイデンティティーとなっていることを如実に現しているのが、沢田研二が歌う「我が窮状」であろう。どこの国に憲法を擬人化して、その「窮状」を訴える国家、国民があろうか。沢田研二だけではない。作曲家の外山雄三も憲法九条の曲をつくっている。彼以外にも憲法に関する曲は多くつくられており、なかにはベートベンの「第九交響曲」のもじりで「第九条交響曲」もある。第九条だけではない。日本国憲法前文の歌まである。歌で驚いてはいけない。読経ならぬ憲法九条を念仏のごとく唱える「読九の会」、写経ならぬ写九の会まである。擬人化され、経典のごとくに扱われる憲法を憲法と呼んでいいのか。憲法は国家と国民の契約という近代国民国家の常識は、こと日本においては全く通用しない。近代国家の常識から言えば、日本は全くの無憲法状況なのである。この自覚こそが、護憲派にも改憲派にも求められる。

 無憲法状況だからこそ、護憲派が懸念するように、状況に応じて日本国は自衛隊も持てば、その自衛隊も海外に派遣されるのである。憲法九条は「和を以て貴しと為す」に連なる日本人のアイデンティティーである。であればこそ、護憲派にはその実践が求められる。その実践とは国内で歌ったり、踊ったり、唱えたり、改憲反対のデモをしたりすることではない。憲法前文や憲法九条の実践である。たとえば自衛隊に代わり「憲法九条部隊」を編成して海外で紛争を非暴力で解決する実践活動である。その実践を通して憲法九条の精神すなわち日本人のアイデンティティーを広く国外で理解してもらい、日本の平和を護るのである。国内外でいくら憲法九条を主張しても、非暴力による紛争解決、平和構築の実践をしなければ、偽善にしかすぎない。(つづく)

野田は電力制限令を避け、原発再稼働で動け   
投稿者:杉浦 正章 (神奈川県・男性・政治評論家・70-79歳)  [投稿履歴]
投稿日時:2012-05-15 06:52 [修正][削除]
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1778/1781
 政府から関西電力大飯原子力発電所3、4号機の再稼働同意要請を受けていたおおい町議会は、5月14日、11対1という圧倒的賛成多数で再稼働容認を決めた。おおい町長・時岡忍がこれを受けて、再稼働容認に踏み切るのは時間の問題となった。首相・野田佳彦はこの機会を逸してはならない。一気に再稼働へと動くべきだ。再稼働に動かずに、電力使用制限令などを出せば、政権の無責任ぶりを露呈するだけである。憲法が保障する営業の自由、財産権の保障など経済的自由権確保に抵触する。また政府に電力供給を義務づける「エネルギー基本法」を無視する無策内閣として末代までたたるだろう。おおい町議会の論議を聞いて、実に大局観のある論議をしていることが分かった。「日本の活力を取り戻すためにも、現行安全基準で再稼働すべきだ」という発言などは、いまだに「原発は過渡的なエネルギーだ。新エネルギーに転換していかなくてはならない」などと、机上の空論を唱える民主党元代表・小沢一郎に聞かせてやりたいくらいだ。

 独自に安全性を検証してきた福井県の専門家委員会も近く、安全性確認の報告書を提出する。野田は先にワシントンで再稼働の是非について、「あくまで地元の一定の理解があるかどうかだ」と述べて、地元の対応を見守る意向を明らかにした。また自分が先頭に立って地元説得に当たる意向も表明している。ここで野田にとって重要なことは、国民への電力供給確保は、憲法ばかりでなく、「エネルギー政策基本法」でうたわれた政府の根幹的な義務であることだ。同法は、国及び地方公共団体の電力供給確保への責務等を明示するとともに、地方自治体には第6条で「国の施策に準じて施策を講ずる責務を有する」と規定されている。要するに、国は責任を持ってリーダーシップを発揮して、電力を確保し、地方自治体を指導しなければならないのだ。自治体は本来「反対」を言える立場にない。一方、電気事業法に基づく電力使用制限令などは、あくまで例外中の例外の措置である。大飯原発が再稼働すれば、関電の抱える問題のすべてが解決するにもかかわらず、使用制限に動けば、政治が自らの立場を放棄するに等しい。

 したがって、野田政権には再稼働による電力確保の法的義務が課せられているのであり、そもそも地元の意向を最優先すべき問題ではないのだ。しかも、地元が賛成に踏み切ったのであり、ここは野田自身が他の周辺自治体を含めて、自ら説得に動くべき時であろう。福井県知事・西川一誠もそれを同意の条件としている。周辺の府県のトップは、総じて再稼働に反対である。しかし、政府が再稼働を決定したときの激昂型反発は影をひそめてきた。電力危機の実態がようやく分かってきたうえに、地元財界などからの猛反発を受けて、トーンダウンしたのだろう。倒閣宣言までした大阪市長・橋下徹も元気がない。発言は相変わらずとんちんかんで、「電力制限令をやって電力とはどういうものか身にしみて感じて、どういう供給体制を構築してゆくかだ」と述べた。まるで企業活動の成否や人命に関わる電力制限令を「理科の実験」扱いしている。滋賀県知事・嘉田由紀子はおおい町議会の決定を「まるで出来レースだ」と茶化したが、自らのマスコミうけポピュリズムを棚に上げている。この種の自治体トップは、脱原発と言うより、ポピュリズムに根ざした原発即時破棄論に近く、説得しても翻意はしまい。

 しかし、これまで再稼働手続きで失敗を重ねてきた野田には、手続き上説得する義務があり、これまでのように副大臣クラスでことを処理すべきではない。自ら「脱原発だ」と公言する経産相・枝野幸男は、この場面においては信用ができないし、説得力にも欠ける。野田が自ら説得に当たり、その手続きを踏んだ上で再稼働に踏み切るべきであろう。民主党政調会長・前原誠司は「再稼働しなかった場合、計画停電を関西地域はやらなければいけなくなる。これは医療機関などでは人の命に関わる」と発言している。確かに、電力制限令で救急救命センターへの電力供給がストップすれば、たちまち人命に関わる。自家発電など電力確保のすべがない中小企業は、倒産の危機に瀕する。大企業は世界一高い電気料金の日本脱出にますます拍車をかける。失業率は高くなる一方だ。一般家庭は消費増税より一足先に電力料金の値上げという“増税”を食らう。要するに、原発再稼働で確保出来る電力供給を放棄して、安易に電力制限令などに動けば、国の活力の根幹を喪失することになるのだ。野田は消費税に全力投球もいいが、電力確保にちゅうちょしているときではあるまい。それも速い動きが必要だ。再稼働までには準備に1か月かかり、月内に決断しないと、電力需要がピークにさしかかる7月以降に間に合わない。まさに正念場だ。

(連載)国民のカネを国内に向けず大災厄招く政権の異常(2) ← (連載)国民のカネを国内に向けず大災厄招く政権の異常(1)  ツリー表示
投稿者:田村 秀男 (東京都・男性・ジャーナリスト・60-69歳)  [投稿履歴]
投稿日時:2012-05-13 00:01 [修正][削除]
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 増税に伴って家計消費は圧迫され、デフレが加速する。全体の税収は意図に反して減る。すでに家計は貯蓄を取り崩し、3世帯のうち1世帯近くが預金ゼロに陥っているという。これではいずれ国債を支える国内貯蓄が大幅に減り、それこそ「ギリシャ化」する日が来る恐れがある。そうなれば大震災や大災害に備えたインフラ整備どころではない。

 最優先すべきは増税ではなく、脱デフレと大災害に強い日本列島の再生の同時達成である。そう主張すると、必ずと言ってよいほど、財務省寄りの論者から反駁される。「財源もないのに、どうするんだ」と。

 カネはある。日本は世界最大の債権国で、債権総額から債務を差し引いた純債権は250兆円に上る。家計貯蓄が政府の純債務625兆円ばかりでなく、米国など海外の借金を引き受けている。近現代経済学の巨頭、J・M・ケインズは国内の貯蓄は全額、国内投資に振り向けるべしと、説いたが、財務省は債券を発行して貯蓄123兆円を吸い上げて米国債などの購入に充てている。

 国際金融市場安定のためにドルや米国債を保有するのはよいとしても、家計をやりくりして貯めたおカネを使うのは国際的な非常識だ。日銀がお札を発行し、米国債を日銀の帳簿に移せば済む。政府はこの日銀資金を国内のインフラ投資の原資に回せばよい。そうすれば、量的緩和効果により、デフレも消滅しよう。カネがないことを理由に、国民の生命と財産を奪う大災害に備えることができないと言い訳するような政府こそ災厄なのである。(おわり)

(連載)国民のカネを国内に向けず大災厄招く政権の異常(1)  ツリー表示
投稿者:田村 秀男 (東京都・男性・ジャーナリスト・60-69歳)  [投稿履歴]
投稿日時:2012-05-12 01:19  
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1776/1781
 政権の間違った路線は、とてつもない政策の誤りを生み、国と国民を破滅させる。大災厄は政府による巨大犯罪である。休日に郷里の四国からやってきた旧友を、東京ゲートブリッジに案内した。2月に開通した巨大橋は、耐用年数100年、最新の免震構造や太陽光発電システム導入と日本の建築技術の粋を集めている。威容を眺めながら、友はつぶやいた。「でも田舎じゃ、大橋にヒビが入っても建て直すカネもなくて大騒ぎだよ」。

 各地で社会資本(インフラ)の劣化や毀損事故が相次いでいる。日本のインフラは1960年代の高度成長期に集中整備されたが、老朽化が激しい。インフラの多くは現在の耐震基準を満たしていない。「首都直下地震、東海・東南海・南海の連動地震の危機が迫りつつある」(藤井聡・京都大学大学院教授)という専門家の警告が重くのしかかる。

 地元でできることは緊急時の避難などに限られる。巨大地震・津波にも耐えられるインフラの整備を急ぐのは国の役割なのだが、政官の関心はもっぱら、消費増税関連法案に絞られている。巨大地震に備えるための財政出動よりも、大型増税を急ぐべきなのか。野田佳彦首相らが強調するように、財政破綻を意味する「ギリシャ化」が明日にでも起きるのか。

 日本は、政府債務の大半を海外に負うギリシャなどユーロ圏の問題国と違い、政府債務の9割以上は国内で消化されている。この安心感から日本国債は世界で最も安定した金融商品として買われるので、その金利は主要国中最も低い。国内総生産(GDP)比で政府債務が増え続けてきた元凶は国民の所得を細らせるデフレにある。日本では1930年代の「大恐慌時代」の米国をしのぐ深刻なデフレ不況が続いている。過去20年もの間、日本の経済実額規模はゼロ成長、一般会計税収は20兆円も細った。(つづく)

オバマのアフガニスタン電撃訪問の真の狙いは?   
投稿者:川上 高司 (東京都・男性・拓殖大学教授・50-59歳)  [投稿履歴]
投稿日時:2012-05-11 09:46 [修正][削除]
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 オバマ大統領は5月1日にアフガニスタンを電撃訪問した。バグラムの基地を訪れたオバマ大統領は、兵士の前での演説でオサマ・ビン・ラディンを殺害したことを強調し、アフガニスタンでの戦争を予定通り終結させて戦闘部隊を帰還させることを改めて確認した。その一方でテロリストがいまだに脅威でありアメリカは今後もテロリストの追及に力を入れることを述べ、最高司令官としての資質を備えていることをアピールした。

 オサマ・ビン・ラディン殺害の1周年にあわせての基地訪問や演説はまさに大統領選挙向けのパフォーマンスに違いないが、その影で実は重要な政治的なプロセスが進んでいる。

 オバマ大統領がアフガニスタンを訪れたのは、むしろカルザイ大統領とのある「協定」の締結に目的があったようである。2024年までアメリカが非戦闘部隊を駐留させることを認める協定で、任務は主にアフガン軍の指導などであるようだが、アメリがこれによってアフガニスタンという西にイラン、北に中央アジア諸国とロシア、東にパキスタンや中国と接する要衝を影響力の下に置くことが可能となることは明らかである。まさに南西アジアに楔を打ち込む重要な「協定」であろう。

 2001年10月にアフガニスタンを攻撃して以来、最大時には10万人を越える部隊を駐留させ1800人を越える戦死者、15000人を越える負傷者を出し、4430億ドルのコストをかけさらに今後10年にわたって関与し続けるのであるならば、オバマ大統領は誰もが納得する大儀を示す必要があるだろう。

控訴は古希の小沢に戦略崩壊の直撃   
投稿者:杉浦 正章 (神奈川県・男性・政治評論家・70-79歳)  [投稿履歴]
投稿日時:2012-05-10 06:50 [修正][削除]
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1774/1781
 不死鳥の如く返り咲くかに見えた民主党元代表・小沢一郎であったが、舞台は暗転、奈落の底へと落ちかかっている。党員資格停止処分解除という判断をした首相・野田佳彦と幹事長・輿石東は、そろってまれに見る誤判断をしたことになる。野田には内閣支持率低下だけがその“ご褒美”として残るだろう。指定弁護士の控訴は、5月24日で70歳の古希を迎える小沢にとって、またとない誕生日プレゼントとなった。ひそかに党員獲得など代表選の準備に着手していた小沢は、出馬どころか、グループ崩壊の危機に直面したのだ。輿石の判断の背景について、政界の一部には「控訴を予想して、その前に党員資格を回復しようとした」という見方がある。しかし、控訴後の反応を見れば、その逆だ。小沢自身が「理解に苦しむ」と反発、盟友鳩山由紀夫が「想定外」と述べているように、弁護士を含めて「控訴は出来ない」という判断が支配的であった。その証拠に、小沢は自分の事務所に代表選での一般党員の支持獲得に動くよう指示している。事務所は党員の資料を集めるなど準備を開始していたのだ。輿石は、控訴できまいと楽観視して、資格停止解除をしたのだ。

 輿石に丸投げしてしまった野田も、同様の判断であったのだろう。野田と首相官邸の情報不足と判断力の欠如は、民主党政権樹立以来の3年間全く変わっていない事の証明でもある。民主党政権はもうダメだとさじを投げたくなるのだ。指定弁護士の3人は控訴を挙手で決めたと言うが、その根拠は何か。弁護士らは「共謀がなかったとする1審判決には重要な事実誤認がある」と述べただけで、明確にしていない。専門家の間では、1審判決の“核心部分”である「小沢の共謀したとことへの“認識”が立証されていない」という指摘に無理があり、指定弁護士はこのポイントで覆すことが可能と判断したとの見方が強い。それにしても東京地検が2度にわたって起訴を断念し、1審で無罪となった事件を控訴しても、厳しく立証を求められることは確かだ。指定弁護士側には、判決後強制起訴した検察審議会の在り方にまで議論が及んでいることや、また世論の判決批判の強さも考慮した、「政治控訴」の側面があることも否めまい。

 指定弁護士の思惑がどうあれ、小沢に突きつけられた現実は、「天網恢恢(かいかい)疎にして漏らさず」そのものだ。天罰を逃れることはしょせんできないのである。政治的には野田・小沢・自民党総裁・谷垣禎一の政局トライアングルの一角が崩れ始めた事を意味する。小沢の勢いが萎(な)えるのだ。「代表選出馬」でチルドレンらの気を引き、グループを束ねる作戦が、もろくも崩壊するのだ。いくら民主党でも刑事被告人が次期首相になり得る党代表選に出馬することは認めないだろう。したがって、解散がないまま代表選となれば、野田の続投は確定する。解散があれば民主党は大敗するから、野田の首相としての地位も、代表としての地位も危うくなる。小沢が萎えるということは、グループの求心力が遠心力に変わるということだ。消費税反対でグループ内全部をまとめることは難しいだろう。さすがの半可通のチルドレンも、有権者から「疑惑の小沢派」と受け取られては、選挙にならないことくらいは理解できるだろう。しかし野党が反対した場合、衆院議員56人の造反で否決できるから、それくらいの力は残す可能性もある。

 一方で、野田の「小沢切り」は、やりやすくなってくるだろう。小沢の党員資格回復で全国紙の社説が期せずして一致した点は「消費税に反対するなら離党せよ」である。もともと水と油だ。小沢とその一派を野田が切れば、世論は歓迎、自民党は消費増税法案に賛成する流れであり、野田にとってはプラスに作用する要因だ。したがって、小沢は、消費税に真っ向から反対して激突、解散・総選挙のコースを避けるためにも、消費税での方針の転換を迫られていることに変わりはない。また小沢は、大阪市長・橋下徹ににじり寄ろうとしているが、橋下も刑事被告人から秋波を送られても困るだろう。小沢も、橋下人気を活用してチルドレンを生かそうとしても、しょせんは悪あがきにすぎないのだ。ここは野田が、小沢グループと、露骨にも小沢べったりの正体をあらわにした輿石に対して、リーダーシップを発揮して押さえ込みにかかるべき局面だろう。国家の将来を考えるなら党内融和などより消費増税法案を取るべきだ。それなくして袋小路脱出はあり得ない。小沢も、福田赳夫のように72歳で首相になった例がないわけではないが、福田は刑事被告人ではなかった。どっちみちここ2~3年は裁判で身動きが取れまい。そろそろここらで観念して、年相応に好きな釣りでもして暮らしたらどうか。

フランスの「政権交代」に寄せて   
投稿者:櫻田 淳 (東京都・男性・東洋学園大学教授・40-49歳)  [投稿履歴]
投稿日時:2012-05-09 10:17 [修正][削除]
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1773/1781
 丁度5年前、筆者は、フランス政府に招かれ、パリにいた。そこで、ジャック・シラクからニコラ・サルコジへの政権移譲の瞬間を観た。そして、サルコジは、5年でエリゼ宮を去ることになる。サルコジは、ある意味で、「不運な」政治指導者である。彼が就任して僅かに数ヵ月にサブプライム・モーゲージの焦げ付きが表面化し、後に続いたのは、リーマン・ショックから欧州債務危機である。こういう局面の「より悪くなることを防ぐ」対応に忙殺されたら、執政の成果を国民にアピールするのは難しい。「より悪くなることを防いだ」成果は、説明が難しいのである。サルコジの執政期、フランス国民の眼に映ったのは、「悪くなった」結果でしかないのであろう。

 もっとも、サルコジは、「フランス気質」を余り感じさせない政治家であった。マリーヌ・ル・ペン、フランソワ・バイルといったように、「政策だけなら近そうな政治家」が続々とサルコジに距離を置いたというのにも、そうした事情が反映されていよう。それに比べれば、フランソワ・オランドは、「普通のフランス政治家」である。ただし、オランドは、サルコジが「小賢しい」趣きを持っていたとすれば、「小物」臭が濃厚に漂う。フランソワ・ミッテランの「カリスマ性」を思い起こせば、そのことは瞭然としている。故に、オランドが政権の座に就いたところで、フランスの直面する状況が劇的に好転するわけでもあるまい。

 フランソワ・ミッテランが政権の座に就いた時、その当初の社会主義的な経済政策は、無残な失敗に帰した。ロナルド・レーガンやマーガレット・サッチャーは、ミッテランの失敗を横目で見ながら、その「新自由主義」施策を加速させた。だから、1980年代以降の「新自由主義」路線の乳母役を果たしたのは、実はミッテランである。その後、ミッテランは、「コアビタシオン」(保革共存政府)を形成し、首相に任じたジャック・シラクに内治を任せることで、経済復調を実現させた。翻って、オランドである、彼は、年収100万ユーロの層には所得税75パーセントとか、15万ユーロの層には所得税45パーセントとかという政策を出している。「パイを増やす」方策を出せていないのが、相変わらずといったところか。

 彼の執政初動において注目すべきは、ドイツとの関係である。おそらく、サルコジがアンゲラ・メルケルととともに積み上げてきたような「欧州債務危機」対応策を一気に反故にするような対応は、できないであろう。彼に手掛けられるのは、財政支出による景気刺激の余地を幾分か広めるという程度の対応であろう。そうでなければ、オランドは、メルケルの顔を潰すことになる。オランドが対独関係において「我を張る」ようなことをしたら、ヨーロッパの将来も危ういであろう。古今東西、どの国々でも、「緊縮政策」は評判が悪い。民衆は「ばらまき」が大好きである。だが、その後には、失望が来るのである。

政局は、「小沢切り」か「野田降ろし」かの正念場に   
投稿者:杉浦 正章 (神奈川県・男性・政治評論家・70-79歳)  [投稿履歴]
投稿日時:2012-05-07 04:59 [修正][削除]
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1772/1781
 連休明け政局は、早々から元代表・小沢一郎の党員資格停止解除問題で幕を開ける。自民党は最終的には「小沢切り」を求めており、停止解除問題はその試金石となる。首相・野田佳彦は、まずここで“壊し屋”小沢に対処する力量を問われ、対応次第で終盤国会にかけて消費増税法案、原発再稼働の成否に大きな影響を及ぼすだろう。「切れない野田」の印象は内閣支持率を含めすべてにマイナスに働く。野田、自民党総裁・谷垣禎一、小沢の“政局トライアングル”がいよいよ正念場を迎える。要するに政局舞台のすべては、野田が指導力を発揮してコントロールできるかどうかにかかっているのだ。まず小沢問題だ。小沢裁判の控訴期限は5月10日。検察官役の指定弁護士3人はさる2日に控訴問題を協議した。同弁護士・大室俊三は「高裁で判決を覆すことは容易ではない。慎重に判断する」と控訴に消極論を述べたようだ。あと2人が同調すれば、無罪判決は確定することになり、逆に控訴となれば、一審無罪が党員資格停止解除に相当するかどうかが、党内議論を巻き起こす。無罪確定なら、小沢は党員資格を文句なしで回復し、いよいよ、歌舞伎で言う“大見得”を切るだろう。控訴なら、動きは削がれる。小沢は消費税法案に対する野田の姿勢を「国民に対する裏切りだ」と断定して、事実上の「野田降ろし」を宣言している。今後の戦略は、党員資格を回復し、野田が「政治生命をかける」とする消費増税法案を阻止し、あわよくば党代表復帰を狙うだろう。

 既に小沢寄りの姿勢を露骨に示し始めた幹事長・輿石東は8日の民主党常任幹事会で、党員資格回復を決定する意向を表明している。輿石は消費増税法案について、幹事長職を活用して、実に巧妙な形で“葬り去る”動きを舞台裏で展開している。野田が連休前を望んでいた消費増税法案を扱う衆院特別委員会の審議入りを、何と5月16日まで先送りさせた。衆院の選挙制度改革をめぐる各党協議も暗礁に乗り上げさせている。党分裂回避が輿石の大義だが、何のことはない、小沢の意向を受けて消費増税法案を廃案か継続審議に持ち込む動きをしているにすぎない。国家財政存亡の危機という大局など眼中になく、一介の政治屋の本性を見せ始めているのだ。こうした輿石を野放しにしているのが野田であり、今後はその指導力が待ったなしに問われる局面となる。ところが、最近の野田に目立つのは、自分が直接前に出ない“前さばき”ばかりだ。

 野田は、党員資格問題を「役員会、常任理事会で議論して決めることに尽きる」と党に丸投げした。党が決めることとなれば、輿石ペースで事が進むことを容認したことに他ならない。原発再稼働についても、ワシントン市内で同行記者団に、「あくまで地元の一定理解があるかどうかだ」と述べるなど、腰が引け始めた。谷垣が「まるで他人事みたいだ」と批判するゆえんだ。どうやら野田は思考など高次機能を司る大脳のキャパシティが、消費増税法案で満杯となっているようだ。パソコンのメモリが足りなくなったのと同じ状態で、フリーズ寸前のようにも見える。ところが、事態は野田が消費増税法案だけをやっていればよい状況を遙かに超えて、激動要因がひしめいている。野田は小沢の党員資格を回復させたら、世論の矛先は自分自身に向かうことに気付いていない。新聞の見出しが「首相、小沢氏の党員資格回復を容認」と踊るのだ。原発再稼働も、野田が逃げれば半数はいる推進論者の支持を失う。結果は虻蜂(あぶはち)取らずとなることが分かっていない。20%台乗せと危険水域に入った内閣支持率は、このままではさらに急落して、内閣崩壊寸前の10%台に落ち込むことも時間の問題となる。

 谷垣が「消費増税に『政治生命をかける』と言ってきた首相の本気度が試される局面だ」と述べているのは、まさにポイントを突いている。谷垣ら自民党執行部の狙いは、野田に“意地悪”して気力を萎えさせ、「小沢切り」して自民党に付かざるを得ない状況に追い込むところにある。狙いは「話し合い解散」であり、これに応じるしかないと野田に思い込ませる“高等戦術”だ。野田は、そもそも水と油の小沢一派との関係をどうするか問われるが、小沢の消費増税法案反対に関しては「何人たりとも党員なら方針に従ってもらいたい。賛成が当然だ」と言いきっている。どっちみち「解散・総選挙即小沢切り」につながるのであり、腹をくくって対処するしかあるまい。まずは党員資格回復などには応じず、原発は臆(おく)せずに、かつて自分が述べたとおり、地元説得の先頭に立って、夏前に再稼働させる。消費増税法案は野党と協力して成立を目指す。問責2閣僚を更迭し、場合によっては輿石を切って、内閣を改造してでも国会を延長して、所期の目的を達成する。1票の格差問題も0増5減だけを先行して処理して、違憲状態を解消する。これが連休明け政局に取り組む野田の選択肢の“王道”だ。これを野田がやりきれるかどうかの正念場なのだ。そのリーダーシップを発揮できなければ、敵を作って自らを“誇示”することだけが習性の大阪市長・橋下徹ら疝気(せんき)筋がつけいる隙をますます露呈させることになるだけだ。

高額買取は、FITの趣旨に合わない   
投稿者:高峰 康修 (福岡県・男性・日本国際フォーラム客員主任研究員・30-39歳)  [投稿履歴]
投稿日時:2012-04-28 18:38 [修正][削除]
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1771/1781
 今年の7月から、再生可能エネルギーの固定価格買い取り制度(FIT)が始まる。これは、再生可能エネルギーによって発電された電力の全量を、発電方式に応じて予め決められた価格によって、電力会社に強制的に買い取らせる制度である。これによる負担を、電力会社は電力料金に転嫁することができる。FITの制度趣旨は、コストが高い再生可能エネルギーによる発電に対して、固定価格による買い取りという形の補助金を与え、再生可能エネルギーによる電力(RES電力)の競争力を高め、その比率を高めることに繋げるというものである。買い取り価格は、技術の進歩と、再生可能エネルギーの規模拡大による「規模の経済」によるコスト下落に伴って、漸減させていく。

 FITは、あくまでも再生可能エネルギー導入の後押しとして、控え目な買い取り価格を設定し、再生可能エネルギーの割合を長期的に増大させるという制度設計をするのが常識である。高い買い取り価格を設定すれば急速な増大につながる、などということは全くあり得ず、そういうことをすれば、逆に、補助金による経済的歪みによる弊害ばかりが発生し、制度はサステイナブルでなくなり、結局、目的の達成にもつながらない。経産省の調達価格等算定委員会が25日にまとめた、RES電力の電力会社による買い取り価格の委員長案は、RES電力発電業界の要望に対して、満額またはそれを上回るような高額の買い取り価格を示した。新聞の見出しを賑わしたのは、風力発電の42円/kWhだが、風力が22~25円の要望に対して23.1円、マイクロ水力が50~55円の要望に対して57.75円、地熱が25.8円に対して27.3円、バイオマスが14.5~39円の要望に対して13.65~40.95円などとなっている。政府が昨年12月にまとめた試算では、発電コストは大規模太陽光が30.1~45.8円/kWh、陸上風力が同9.9~17.3円などとなっている。

 上記の中で、問題視すべきは、やはり太陽光である。FITの趣旨から言って、買い取り価格は、コストが低下してきている技術に対しては低めに設定しなければならない。太陽光発電は、中国製の安価なソーラーパネル等の部品が出回り、発電コストは低減しているのだから、高い買い取り価格を設定するのは全く適切ではない。中国製の安価な太陽光発電部品は、FIT先進国というべきドイツの太陽光電力の固定価格買い取り制度を成り立たなくさせ、ドイツは買い取り価格の大幅切り下げを余儀なくされた。また、米国は、中国の安価な太陽光発電部品はダンピングであると主張して、貿易摩擦に発展する気配を見せている。また、高すぎる買い取り価格の設定が、一種のバブルを発生させ、経済的混乱をもたらすことは、2008年のスペインの「太陽光バブル」崩壊が如実に示している。調達価格等算定委員会は、こうした海外の事例によく学んで買い取り価格案を決めたのか、また、なぜ太陽光偏重を改めないのか、疑問に思う。

 高額の買い取り価格は、早々に制度を破綻させ、結局、再生可能エネルギーの拡大にもつながらない。一部の業者に目先の利益を与えるだけである。家計の負担は月に150円程度ではないかとされているが、過小評価のように思われる。もしも、我が国のエネルギー安定供給に資するのであれば、ある程度の負担を国民が分かち合うことは決して不合理ではない。しかし、一部の業者に目先の利益を与えるだけの制度であれば、負担増加の多寡に関わらず全く筋が通らない。大規模事業者にとっては、少しの電力料金値上げでも深刻な影響を受け、産業の空洞化が急加速することになる。また、現在のところ、RES電力は不安定であり、精密産業に必要とされる良質な電力の供給源とはなり得ない。単に価格だけの問題ではなく、蓄電池やスマートグリッドといった技術と併せて総合的に制度設計がなされなければならない。もちろん、調達価格算定委員会にそこまで求めるのは酷であり、これは政府が適切な方針を示していないのが最も責められるべき点である。しかし、そうはいっても、このたびの調達価格等算定委員会の案は、FIT制度の趣旨に合致しておらず、日本経済に混乱を引き起こすばかりであろう。再考を強く促したい。

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投稿者:河村 洋 (東京都・男性・市民政治運動家・40-49歳)  [投稿履歴]
投稿日時:2012-04-25 09:45 [修正][削除]
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1770/1781
 北朝鮮の非核化に関しては、リチャード・アーミテージ元国防次官補が春原剛氏とのインタビューで「ソ連崩壊後のロシアは北朝鮮への影響力が急速に低下した」と嘆いている。しかしハドソン研究所のリチャード・ワイツ上級研究員は3月のディプロマット誌で「ウラジーミル・プーチン次期大統領が最近になって北朝鮮ではイラン以上に非核化に積極的に取り組む」という論文を出したと指摘している。それだけの理由はある。ロシアは南北朝鮮鉄道を自国の鉄道網に連結し、韓国にヨーロッパへの貿易ルートを提供しようとしている。またロシアは北朝鮮領内を通るエネルギー資源パイプラインの建設を望んでいる。

 日本との関係では北方領土問題が注目されがちである。日本のメディアはプーチン氏の大統領当選が領土交渉に及ぼす影響に目を奪われがちである。しかし大統領が誰であれ、ロシアの東アジア政策の全体像を理解する必要がある。クレムリンは政治的な問題を棚上げして日本との経済関係の強化を模索しているかも知れない。しかしウクライナ危機でロシアが天然ガスのパイプラインを閉鎖してヨーロッパのほとんど全てを混乱させたことを考慮すれば、我が国としてはそうした考え方を易々と受け容れるわけにはゆかない。

 他方で日本は全世界の住民の利益のためにもシベリアの森林保護には一役かえる。日露関係を考えるうえでは2009年の日本製中古車紛争で見られたように、クレムリンの国家中心の視点が東シベリアの住民との間で認識のずれを生じさせていることに留意する必要がある。極東ロシアの住民は、プーチン首相がロシアの自動車産業保護を国際競争から保護するために日本製中古車の輸入を制限したことに反対して立ち上がった。ロシアは今年の9月にAPECウラジオストック首脳会議を主催するので、東アジアでの自らの政策と経済的な目的を発信する必要がある。ロシア国民は帝政時代からソビエト時代の精神構造から抜け出し、世界を相手に情報発信してゆくべきである。

 これまでのところ、ロシアの東アジア政策はあまり注目されてこなかった。しかし開発の遅れたロシア極東地域には日中韓をはじめとするアジア近隣諸国の投資が必要なのは明らかである。ロシアがアジア転向を進めるようになると、アメリカの政策形成者もロシアのアジア太平洋政策を注視する必要が出てくる。また東アジアの側でも、政治家や外交官から千島列島の漁師にいたるロシア人とより多くの対話の機会を求めるべきである。サラ・ペイリン氏が2008年の大統領選挙で不用意な発言をしたことは、ペイリン氏よりもむしろロシアにとって恥ずべきことである。(おわり)

橋下「反原発発言」の虚構を突く   
投稿者:杉浦 正章 (神奈川県・男性・政治評論家・70-79歳)  [投稿履歴]
投稿日時:2012-04-25 07:06 [修正][削除]
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1769/1781
 「原子力発電の位置づけを理解し、自覚したうえで議論すべきで、政治的な材料にすべきではない」と福井県知事・西川一誠が大阪市長・橋下徹を真っ向から批判した。確かに橋下の主張が明確になるにつれて、自己都合の「暴論」で、国のエネルギー政策を「政局化」しようとする意図が、鮮明になって来ている。橋下発言は、国民の感情を刺激するワンフレーズ・ポリティックに徹しており、西川の指摘するように、とても「理解し、自覚」しているレベルではない。心ある自治体の長は橋下を軽蔑していることが、これで分かる。国のエネルギー政策がポピュリズムに蹂躙(じゅうりん)される前に、橋下発言に徹底した論理的反論を加えておく必要がある。橋下と大阪府知事・松井一郎は4月24日上京して官房長官・藤村修と会談し、関西電力大飯原発3、4号機の再稼働反対の意思表明をしたが、藤村は反論して、物別れに終わった。この後、橋下は「安全性について政権はごまかしている。政治家が安全宣言をしたということは絶対におかしい。科学者はだれも安全性にお墨付きを与えていない」と述べた。

 まずこの発言から分析すると、橋下発言に共通しているのだが、独断と偏見に基づくものと言わざるを得ない。「科学者は誰もお墨付きを与えていない」というが、我が国最大の原子力専門家集団は、首相・野田佳彦に稼働を進言した原子力保安院ではないか。その保安院が専門の科学者集団ではないというのなら、日本のどこに専門家がいるのかと問いたい。自分の回りに群がる「御用学者」「御用官僚」の甘言だけを根拠にしてはいけない。「政権は安全と言うが、科学者は言っていない」と言うが、科学者とはどこの誰か。野田は思いつきで安全宣言をしたわけではなく、一年間にわたる専門家集団の積み上げの上に立った発言をしていることが分かっていない。橋下は「科学的知見がないまま、政権が安全宣言を出した」というが、自分の科学的知見がみのもんたとそのコメンテーター集団並みのレベルであることを早く自覚すべきだ。

 橋下は「大飯原発の安全性は非常にあやふやだ。生活の利便性は、安全性がはっきり見えるまで我慢すればよい。冷房を我慢するのと大飯原発再稼働とをてんびんにかけるべきだ」と主張するが、20%の電力不足が意味することを全く分かっていない。停電と節電を繰り返していては、まず地域の経済が持たない。日本は世界でもまれに見る電力依存度の高い産業構造を作り上げている。ビルの窓は開閉が出来ない。大阪の蒸し暑さがオフィスを襲う。蒸し風呂の中で冷房なしでは人間の体が持たない。より重要なのは、橋下が近代都市がコンピューター社会であり、すべてが電子機器によって管理されていることが分かっていないことだ。病院のカルテも企業のデータ管理、処理も不可能となる。まず大阪から企業が逃げ出すのだ。工場だけでなく、オフィスも逃げ出す。停電は弱者を襲う。生命維持装置は稼働しない。年寄りの熱中症による死亡者が続出する。仙谷由人が「集団自殺」と形容し、藤村が「命の問題に関わる」と指摘したが、これはまぎれもなく橋下行政による「停電殺人」となる話ではないか。米国なら訴訟が相次ぐだろう。中小企業は電力不足の上に電力料金の値上げで息も絶え絶えとなる。原発の停止でそのエネルギーをLNG輸入に置き換えれば、年間4兆円が必要となるという計算がある。国民1人当たり4万円の負担となるが耐えられるか。戦争直後のようにローソクを灯して生活する覚悟があるのか。

 「揚水発電がある。ピーク時の節電でしのげる」と言うが、科学的、数学的根拠を全く示していない。揚水発電と簡単に言うが、揚水のためには電力が必要だ。そのための夜間電力が原発なしでは余らないのだ。ピーク時の節電と言っても、企業、工場がもっとも活動する時間帯だからピークになるのであって、これに規制をかければ、生産性はがた落ちとなって、企業存続の危機となる。余剰電力を他の電力会社から回す」と言うが、すべての原発を止めてしまって四国も中国も九州も余剰電力など生じない。橋下の発言の癖は、小泉の真似で、テレビを見る一般大衆向けにワンフレーズで訴えることを得意としている。「電力が足りないから原発が必要というのは、霊感商法と同じ」と決めつける。国のエネルギー政策を犯罪者集団と同じだというのである。この言葉はミニ・ヒトラー橋下の全体主義志向発言の中でも極めつけであり、自らが大衆催眠術的な霊感商法の教祖みたいなものであることを自覚していない。冒頭西川が指摘しているように、国のエネルギー政策を政治的な材料にすべきでない事は言うまでもない。橋下はエネルギーが天から降ってくるとでも思っているのか。「安全宣言は本当に恐ろしい。民主党政権を倒すしかない」とおっしゃるが、市政棚上げで、「風」だけを頼りに自らの政治的野望達成のため国政をろう断するつもりか。小沢一郎の政治と同じで、必ず馬脚を現す。

 
 

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投稿者:加藤 朗 (東京都・男性・桜美林大学教授・60-69歳)  [投稿履歴]
投稿日時:2012-04-24 12:46 [修正][削除]
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1768/1781
 さて、この化石燃料のエネルギーがいつまで持つかだれにもわからない。石油や石炭、メタンハイドレート、オイルサンド、シェールガス等の埋蔵量を合わせれば、ここ数十年、数百年は問題はない、との予測がある。しかし、いずれは限界が来る。また過去の太陽エネルギーの放散が原因である温暖化の弊害を考えれば、いつまでも化石燃料には依存できない。いつかは化石燃料以外の燃料すなわち地球上のほぼ全てのエネルギーの源である太陽エネルギーを直接利用することによってまかなわなければならなくなる日が来る。しかし、化石燃料分のエネルギーを太陽エネルギーで補おうとすれば、植物のように効率的に太陽エネルギーを炭素エネルギーに変換したり、また化石燃料のように太陽エネルギーを大量に貯蔵できる技術ができるかどうかにかかっている。仮にそうした技術ができたとして、はたして環境にどのような影響が及ぶか、実は誰にもわかっていない。

 太陽エネルギーがあたかも究極のエネルギーのように語られているが、実は太陽エネルギーの多くを人類が利用した場合、他の動植物や気象、海象等にどのような影響がおよぶかは未知である。しかし、これだけは言える。その程度はわからないが、環境に影響を与えることは間違いない。というのも、一年間に太陽エネルギーが地球に与えるエネルギーの総量は今も昔も、多分未来も変わらない。光エネルギーに換算しておよそ174PW(ペタワット)である。現在の地球上のほぼ全ての生物が太陽エネルギーを受け、生存している。その一部を、たとえば地表面を太陽光パネルで覆うことで収奪した場合、その影響はたとえば微生物や昆虫、草等の地中、地表のレベルで大きな影響を与えるのではないか。食物連鎖の結果、最終的には、人間の食料生産にも甚大な影響を与えかねない。また風力、波力発電も元をたどれば太陽エネルギーである。太陽エネルギーを電力エネルギーとして取り出した場合、その程度がどれほどのものになるかはエネルギーの簒奪の規模によるが、気象、海象に何らかの影響がでるのではないか。

 現在は、こうした太陽エネルギーの利用がごくわずかなために、太陽の地球への入射エネルギーと宇宙への放射エネルギーのバランスがとれており、地球規模の環境にはほとんど影響を及ぼしていない。しかし、現在の原発のエネルギーや化石燃料全てを太陽エネルギーに代替させようとすれば、環境に大きな影響が出てくるのではないか。環境問題はひいては社会や政治の問題をも惹起する。現在の太陽光パネルの技術レベルで、人類のエネルギーを全て太陽エネルギーで代替させようとすれば、ゴビ砂漠の半分に太陽光を敷きつめればよいという。しかし、それはたんに計算上の問題であり、実現は不可能である。太陽光発電に適した国や地域もあれば、まったく不適な場所もある。

 環境への影響を避けようとすれば、太陽エネルギーや化石エネルギーへの依存を減らし、エネルギー消費を減らせばよい。たしかに先進国では必ずしも人間の生存に直接関わるギリギリのエネルギー消費のレベルではない。だから節電も可能である。しかし、発展途上国では、エネルギーがそもそも不足している。たとえば煮炊きに使う薪を節約すれば、それは直ちに死を意味する。それを防いでいるのが先進国からの食料支援だ。その食料は元をたどれば豊富な化石エネルギーの賜物である。要するに現在の70億人の人類が生存可能なのは、我々が太陽から得ているエネルギーと、石油、石炭等の化石燃料に蓄えられた太陽エネルギーそして核エネルギーがあるからだ。もし原子力発電も化石燃料も止めて、全てを現在の太陽エネルギーによってまかなおうとすれば、単位時間あたりの太陽エネルギーの量が同じである以上、人類全体からみて核燃料や化石燃料のエネルギーに依存していた人口は生存できなくなる。太陽エネルギーの時代には、単位時間当たり限りある太陽エネルギーをめぐって、あるいは太陽エネルギーが豊富な地域をめぐって、植物が日当たりのよい場所を求めて生存競争をするように、国家や人類同士で戦争をすることになるかもしれない。太陽エネルギーは我々に決してバラ色の将来を約束するわけではない。(おわり)

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投稿者:河村 洋 (東京都・男性・市民政治運動家・40-49歳)  [投稿履歴]
投稿日時:2012-04-24 12:44  
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1767/1781
 しかしロシアの対中関係には懸念材料もある。トレニン氏は政治面と経済面での問題点を述べている。政治的には中国の政府関係者は、バイカル湖が両国の共有遺産だといったようなロシア極東地域での領土について両国関係を悪化させかねないことをしばしば口にする。他方でロシアは尖閣列島と南沙諸島に関しては中立を守り、中国の領有権主張を支持していない。より根本的なことには、ロシアは中国の軍事力増大に相反する感情を抱きはじめている。2006年に中国が瀋陽地区で大規模な軍事演習を行なったことがロシアの反発を招いている。

 トレニン氏はアジア太平洋地域での潜在的な脅威について、ロシア陸軍参謀のソココフ中将の「数百万人もの大軍が伝統的な戦闘作戦観に基づいて行動している。明確に言えば、大規模な兵員数と火力を機軸としている」という発言を引用している。経済ではロシアには極東国境地域の開発のために中国資本が必要ではあるが、「中国企業はシベリアの一次産品を搾取するだけで現地ロシア人の雇用機会の拡大には何ら貢献しない」という批判の声もある。ロシアはソ連から人口の半分を引き継いだに過ぎず、労働力不足を補うには中国人労働者が必要である。しかし中国の企業と労働力が大規模に流入するようになると、極東のロシア人の間では土地の占拠と犯罪組織の増大を恐れる声が挙がるようになる。

 トレニン氏が述べた政治と経済の問題の他に、私はロシアの自然環境に対する中国の脅威にも言及したい。中国企業はシベリアの亜寒帯林を違法伐採により破壊し、中国でのあくなき木材需要を満たそうとしている。シベリアの広大なタイガは全世界住民の共有財産で、地球環境のうえでもアマゾンの熱帯雨林の劣らず重要である。生物多様性に関しては、ロシア極東地域にはシベリアトラ、アムールヒョウ、バイカルアザラシのようによく知られた固有種が生息している。さらに、地球温暖化対策にタイガが果たす役割も、もっと注目されるべきである。

 亜寒帯林の泥炭土壌は、膨大な二酸化炭素を貯蔵している。無軌道な伐採によって温室効果ガスが大気中に放出されてしまうのである。またアムール川がシベリアの森林からの栄養分を海洋生物に運んでいるので、違法伐採によってオホーツク海の漁業にも被害が及ぶ。ロシアが東アジアの安全保障で果たす役割について語る際に、朝鮮半島は重要な場所である。現在、北朝鮮は新しい指導者キム・ジョンウンの下で、国際的な核不拡散体制に逆らっている。歴史的に見ても朝鮮半島はロシア、中国、日本、アメリカによるグレート・ゲームの舞台である。(つづく)

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投稿者:加藤 朗 (東京都・男性・桜美林大学教授・60-69歳)  [投稿履歴]
投稿日時:2012-04-23 20:05  
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1766/1781
 旧聞に属するが、エネルギーに対する新たなパラダイムを中沢進一が『日本の大転換』で披露している。原子力発電について、彼はこう記している。「原子炉で起こる核分裂連鎖反応は、生態圏の外部である太陽圏に属する現象である」。これとは対照的に「石油や石炭を使った他のエネルギー利用とは、本質的に異なっている」(22頁)。全く中沢の指摘の通りである。つまり、われわれは太陽からのエネルギーとは全く無関係の核分裂エネルギーを地上で創り出し、利用してきたのである。原子のエネルギーが取り出せれば、人類は永遠のエネルギーを手に入れることができる。

 しかし、残念なことに、核融合エネルギーである太陽エネルギーとは異なり、核分裂エネルギーである。核分裂エネルギーはプルトニウムを生産する増殖炉が実現すれば、人類にとって永遠のエネルギーになるはずだった。たった一つの問題を除けば。それは核のゴミ処理問題である。今のところ核廃棄物を処理する方法は見つかっていない。その意味では、核分裂エネルギーを利用した原発は欠陥のある技術である。たしかに、吉本隆明のいうように科学技術の進歩を止めることはできない。しかし、少なくとも核分裂から核融合へ、あるいは核から他のエネルギーへと科学技術の方向を変える必要はあるだろう。

 ただ新たなエネルギーとしてもてはやされている太陽エネルギーにも決してバラ色の未来があるとは思えない。現在地球上に70億人もの人類が生存している。これほどの人口増加したのも、ひとえに化石燃料のおかげである。単純に計算して、人間一人が生命を維持するのに必要な最低限のエネルギー総量は決まっている。太陽エネルギーを植物が蓄え、蓄えられた太陽エネルギーは草食動物によってさらに蓄積され、それを肉食動物や人間のように植物や動物も食べる雑食動物が食べて生存している。つまり生命の全てのエネルギーの源は太陽にある。全てのエネルギーを太陽に依存していた時代が農業時代である。農業時代は太陽のエネルギーを食料としてほとんど蓄積できなかった。塩漬けや乾燥した肉や野菜のように動植物の貯蔵には限界があった。だから家畜を飼い、穀物や野菜をつくり、それらをすぐに消費するか、短期間貯蔵できる範囲でしか人間は生きられなかった。

 ところが化石燃料の発見が状況を一変させた。化石燃料とは、太陽エネルギーの缶詰である。地球が過去に受けた太陽エネルギーを植物や動物として蓄え、さらにそれを濃縮して貯蔵したのが石油や石炭のような化石燃料である。この化石燃料のおかげで食料生産は飛躍的に増加し、貯蔵もほぼ半永久的に可能となり、何よりも交通網の発達で余剰生産物を足りない地域や国に運搬することが可能になり、多くの人間が生存できるようになった。つまり、現代のわれわれは過去の太陽エネルギーの恩恵を受けて生存しているのである。だからこそ、この50年間だけでも世界人口は倍になり、現在70億人もの人口を支えることができるのである。(つづく)

(連載)ロシアは東アジアに何を求めるか明確にせよ(1)  ツリー表示
投稿者:河村 洋 (東京都・男性・市民政治運動家・40-49歳)  [投稿履歴]
投稿日時:2012-04-23 19:53  
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1765/1781
 2008年の大統領選挙で、サラ・ペイリン元アラスカ州知事がロシアについて認識不足の発言をしたことで厳しく批判された記憶は生々しい。しかし考えてみれば、ロシアがアジア太平洋地域でどのようなビジョンを持っているのかはきわめて不明確である。ペイリン氏は外交政策に疎い『田舎者の政治家』かも知れない。しかし自分の州益に重要であったなら、ペイリン氏もアメリカの国家安全保障に対するロシアの挑戦にもっと鋭敏な問題意識を抱いたであろう。

 政策形成者の中には、東アジアの三大国である日米中のパワー・ゲームでロシアが重要な役割を果たすとの声もある。ロシア自身もアジアへの転向を必要としている。今年はウラジオストックでAPEC首脳会議が9月に開催される。また、ロシアにとって今世紀初頭の石油景気から取り残され、開発の遅れた極東と繁栄するヨーロッパの地域格差の是正は重要な国内問題の一つである。ロシアの東アジア転向は、特に中国、朝鮮半島そして日本に対する外交政策に何らかの変化をもたらすだろう。

 ロシアのアジア転向は、ともに欧米に対抗するための枢軸を築いてきた中国との間に潜む緊張を刺激しかねない。人口希薄な極東ロシアの住民は、中国という巨大な隣国の存在を快く思っていない。カーネギー国際平和財団モスクワ・センターのドミトリー・トレニン所長はヨーロッパ改革センターが2月に発行したレポートで、中露関係について「アメリカの覇権に挑戦するという共通の国益はあるものの、両国は同盟関係にはない。モスクワが北京への従属を受け容れることはなく、一方で中国はロシアを衰退しつつある大国と見なしている」と論評している。トレニン氏によるとロシアの外交政策はソ連崩壊によって「ポスト帝国主義」となり、それは帝政からソビエト時代の拡張主義とは全く異なるという。

 トレニン氏は「現在のロシアは列強植民地帝国でもなければ超大国でもなく、二番手クラスの勢力として自国の安定を第一に考えている。ロシアはヨーロッパでNATOの圧倒的な通常兵力と対峙し、核戦力によってかろうじて欧米との均衡を保っている。よってロシアにとっては中国と強固な関係を維持することが国益に適う。また、中国にとってもヨーロッパ連合と近い関係にあるリベラルなロシアなどあって欲しくない。ロシアにとっても中国にとっても国際体制でアメリカ支配に挑戦し、グローバル・ガバナンスで自分達の影響力の拡大をはかることが多いに国益に適っている」と述べている。上記の観点から、ロシアは中国の台頭を肯定的にとらえている。アメリカのネオコンサーバティブとは違い、トレニン氏は中露枢軸を体制の性質よりも地政学から見ている。(つづく)

官僚に呪縛されない政治をどう構築するか   
投稿者:田村 秀男 (東京都・男性・ジャーナリスト・60-69歳)  [投稿履歴]
投稿日時:2012-04-20 11:16 [修正][削除]
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1764/1781
 小生は特に官僚とか、特定の階層に幻想を抱かないのですが、それにしても、国家のGDPの過半を牛耳る官僚が自身の既得権益や利権拡張動機で政策を弄するとは、共産党支配の中国を笑えませんね。

 かの国は、共産党独裁で利権が当たり前、露骨で目立つので時折権力闘争の過程で一部が露にされメディアに報道される。日本では、顔の見えない官僚がメディアをマインドコントロールし、呪縛している。民主主義を逆手にとった官僚主導システムができ上がってしまった。

 デフレで経済は成長できない、だから限られたパイをどう頂くか、というのが今の日本の官僚社会の最大関心事であり、自分たちのパイを小さくするような改革をすべてつぶし、増税しかないと言い張る。それが今回の消費増税騒ぎの真相なのです。

 これは明らかに「亡国の道」あるいは国家の「死に至る病」とも言えましょう。成長に向け、指導層が全身全霊で奮闘する主要な国なら当たり前の行動が排除される。すると、官僚に呪縛されない政治をどう構築するかが課題になりますね。有権者の多くがその点に気付き始めたと思います。

「尖閣4月購入」など大風呂敷に過ぎない   
投稿者:杉浦 正章 (神奈川県・男性・政治評論家・70-79歳)  [投稿履歴]
投稿日時:2012-04-20 06:38 [修正][削除]
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1763/1781
 長い間世俗の経験を積んで狡猾になることを「老獪」というが、この男の発言は常日頃から、トリッキーに満ち満ちている。まさに老獪が背広を着て歩いているようなものだと思った方がよい。都知事・石原慎太郎の記者会見をつぶさに分析すれば、来年4月に尖閣諸島を買うというより、政府に国有化させるためにうった大芝居であることが分かる。民主党政権を揺さぶり、中国をけん制する。石原独特の“手口”である。記者会見で石原は、はしなくも無知をさらけ出した。これだけの大きな買い物を議会に諮らなくて済むと思い込んでいたことが露呈したのだ。石原は、購入の時期については、現在地権者と国が結んでいる賃貸契約が切れた直後の来年4月とした。ところが、記者から「議会に諮らなくていいのか」と聞かれ、「これは専決事項だから知事の権限だ」と胸をはった。しかし「2万㎡以上、2億円以上の購入は議会に諮ることが義務づけられている」と突かれて「豊島園購入計画を議会に諮ったか」と職員に尋ね、職員が「議会にかけています」と答えた。これには意表を突かれたかのように沈黙して、石原は「合法的な手続きを踏んでいく」と答えざるを得なかった。

 つまり、知事を13年間もやっていながら、議会との関係という基本中の基本の問題に考えが及んでいなかったことになる。これが意味するものは、尖閣諸島購入構想が石原の全くの独断で進められており、知事部局は関与していないことが判明する。関与していれば、当然議会対策を練っているはずであり、石原の“真剣度”と“底意”が分かるのだ。さすがにまずいと思ったのか、石原は「東京が引いた引き金で、国がもっと積極的に乗り出して、所有権を含めて万全の体制を敷くのなら、いつでも東京は下がります」と発言した。要するに、本音はここにあり、語るに落ちたのだ。思いつきで、購入問題を民主党政権への絶好の揺さぶり材料ととらえ、「石原新党」構想失速のばつの悪さをカバーして、あわよくば石原待望論台頭を夢見たのであろう。

 「石原新党」構想で「国会の政治構造をシャッフルする必要がある」と散々あおっておきながら、失敗すると「新党のことは本当に迷惑だ」と他人事にする。石原程度の政治家に「綸言汗の如し」を求めるのは、魚屋で大根をくれというようなものだが、発言は三文小説のように言葉遊びが先行して、自己都合の度が過ぎる。公人としての矜持がない。だいたい民主党も自民党も議会で賛成するとは思えない。いくら都議会レベルでも、半可通な議員ばかりが集まっているとは思えない。事の本質は、領土保全を国が行うか、東京都が行うか、の荒唐無稽な問題設定であることぐらいは、わきまえるだろう。従って「4月購入」の大風呂敷は、たとえ石原が本気になっても、まず実現しない方向であろう。

 一方、政府は首相・野田佳彦が国会で4月19日、「所有者と私どももコミュニケーションを取ってきた」と、国有化に向けて地権者と交渉を続けていることを初めて明らかにした。地権者は、その弟によれば、「兄は年齢を考えると、この際公的所有に移した方がよいと思っている」ということのようだ。国に売却する意志があるように見える。疝気筋に外交・安保の“急所”をろう断させてはなるまい。野田が「あらゆる検討をさせていただきたい」と言うのなら、国有化を真剣に考えるべきだろう。中国とは、今年が日中国交正常化から40周年の節目である。様々な行事も予定されている。平地に波乱を起こすような、石原の狙いには乗らず、時期を見て国有化を進めればよい。それにつけても石原は、息子の自民党幹事長・石原伸晃の訪中が自分の尖閣購入発言のため中止になったことを、父親としてどう思っているのだろうか。新党構想で息子を弁明に駆り立て、今度は重要なる政党の外交活動を妨害する。不肖の息子という言葉があるが、不肖の父では息子もやりきれないだろう。

一筋縄ではいかないアフガニスタン「合意」   
投稿者:川上 高司 (東京都・男性・拓殖大学教授・50-59歳)  [投稿履歴]
投稿日時:2012-04-18 09:43 [修正][削除]
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1762/1781
 米国とアフガニスタンは、米軍が行ってきた「夜間襲撃(あるいは拘束作戦)」について合意に達した。かねてから夜間に民家を襲撃して家人を拘束する特殊部隊による「夜間襲撃」作戦は、アフガン人の怒りと反米感情を高めてきた。それでも米国はこの夜間襲撃作戦を対タリバン作戦として有効なツールとみなしてその回数を増やしつつあった。そこへ米兵が基地の近くの民家を襲撃して17人もの民間人を殺害する乱射事件が起こった。アフガン人の怒りは頂点に達しもはや反米感情を無視することはできなくなり、2014年の撤退スケジュールすら危機にさらされるような状況になった。

 そこでようやく米側も歩み寄り、夜間襲撃の権限をアフガン軍に委譲することで合意した。詳細は明らかにされていないが、大筋では夜間襲撃はアフガン軍が主として行い米軍はあくまでその支援にとどまるというのである。また襲撃作戦の合法性には疑問が投げかけられていたが、アフガン司法当局の令状を得るという方法で違法性をクリアしようとしている。この合意にパネッタ国防長官はじめ米側は満足で、アフガン人によるアフガンの治安維持というそもそもの目標に大きく近づいた、そう米側は評価している。

 つまり、あくまで「夜間襲撃」作戦は続けるという米側の意志は変わらないのである。それはピンポイントでテロリストを狙い撃ちするというオバマ政権の対テロ政策は確固たるものだということの表れである。だが夜間襲撃でアフガン人が怒っているのは作戦の違法性に対してではない。外国軍であれ自国の軍であれそもそも襲撃自体がプライパシーの侵害であり、人権無視で理不尽なのである。さらにこの「合意」は大きな危険をはらんでいる。

 夜間襲撃の対象はおもにパシュトゥ人である。アフガン軍を構成するのはウズベク人やハザレ人などかつて北部同盟を構成していた民族や部族も多い。異なる宗派も混在する。襲撃の目的が民族間や宗派対立に根ざす可能性は依然としてあり、アフガン軍による夜間襲撃が米国の意図する方向とは違った方向へ向いていく危険性はかなり高い。それに対するパシュトゥ人の怒りが膨らんでいけば、もはや米国のコントロールは効かず熾烈な内戦へと突き進んでいくことになる。手放しでは喜べない合意なのである。潜在的に対立するグループの一方だけに軍事支援をするとどうなるか。米国は、イラクやリビアでの教訓を是非活かしてほしい。

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