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「東アジアにおける強靱な保健協力ネットワークの構築に向けて」
政策提言

「東アジアにおける強靱な保健協力ネットワークの構築に向けて」研究会

はじめに

東アジア各国では、ユニバーサル・ヘルス・カバレッジの実現などを通じて、保健医療システムの拡充に取り組んでいる。また各国では、高齢化の進展や疾病構造の変化などを考慮しつつ、さらに国境を超えた地域レベル、グローバルレベルでの保健分野での対策が必要な局面にも柔軟に対応する必要がある。特に、災害や新興・再興感染症の勃発などの危機には国レベルを超えた対応が必要であることに加え、平時から地域内の各国が協働できるような体制を構築する必要がある。また、高齢化や疾病構造の変化など東アジア諸国で共通の保健医療の課題に対しては、日本や韓国のように他国に先駆けてこの課題に直面し、それに取り組んでいる国の経験を生かし、地域として取り組むべきである。このような視点から、東アジアにおける強靭な保健協力ネットワークの構築が必要である。

東アジアにおいて保健協力ネットワークを構築するためには、様々な要件の整備が必要である。保健協力ネットワークの構築には、ネットワークにおいて主体的に活動する人材の育成と確保が必須である。特に、平時および危機時それぞれに医療の専門家の確保と活用が必要で、さらに保健協力ネットワークの維持・発展のために各国の保健医療政策に携わる担当官も必要となる。また、保健協力ネットワークを効果的に運用するための各種資源の確保・拡充も必須である。具体的には、ICTによる医療情報の整備に加え、各種医療資源の確保と拡充、災害時における医療物資の最適な配分などを実現する必要がある。

東アジアにおける保健協力ネットワーク構築は、各国の医療システムの向上に繋がり、WHOなどのグローバルレベルの保健分野の発展にも寄与し、グローバル・ヘルス・ガバナンスの構築に貢献することができる。さらに、保健協力ネットワークの構築に向けて、東アジア各国の研究者のネットワークの構築も実現できる。

本提言は、上記のような問題意識のもとで開催されたシンポジウム「東アジアにおける強靭な保健協力ネットワークの構築に向けて」(2018年1月15日開催、於東京)で議論された内容を取りまとめ、東アジア諸国における保健協力ネットワーク構築と維持発展に向けた提言を取りまとめたものである。

提言1 平時より災害医療を視野に入れた保健医療システムの構築・拡充と、国際的な協力体制の整備が必要である

規模の大きな災害医療への対応は、各国においてはユニバーサル・ヘルス・カバレッジの実現の一環として取り組むべき重要な課題である。特に、平時から災害の発生と災害医療の提供の必要性を視野に入れた対策が必要である。

災害医療の適切な提供には、災害医療を担当する人材育成が重要であり、そのための専門教育のカリキュラム整備が必要である。東アジア諸国では、災害医療教育が十分に提供されているとは言えず、東アジア各国が協力して災害医療教育のためのカリキュラム整備などその拡充に取り組む必要がある。災害医療に必要とされる人材は、災害医療を現場で提供する医師や看護師などの医療スタッフはもちろんのこと、災害時のマネジメントを担当する行政官や情報収集・伝達の担当官など多様であることから、様々な分野の人材育成が必要である。また、東アジア全体で災害医療に携わる人材の確保が重要であり、地域全体で取り組むべき課題である。さらに、規模の大きな災害医療への対応には、国レベルのみならず国際的な協力が不可欠で、国際チームの受け入れ態勢の整備など、国を超えた人材の活用が可能となるネットワークの構築が必要である。

災害発生時には、迅速かつ適切な対応が必要であり、正確な情報を迅速に入手することに加えて、例えば災害発生地域への医療スタッフの派遣やmobile hospitalや病院船などの運用、さらには災害対策に出動する軍隊等との協力体制の整備などを迅速に行う必要がある。また、災害発生時およびその直後には、当該地域において一次的な医療資源の大幅な不足が発生することがあり、その後に医療資源の集中的な供給が短期間に行われることもある。このような災害発生時の災害医療の適切な提供には、国全体また地域全体でのシステムとしての対応が重要である。災害医療への対応には、WHOを含むUN関係の国際機関などの国際機関、各国の中央政府、地方政府、医療機関、NGOなど様々な組織が複雑に関与し、時として東アジア地域のみならず全世界が関与することもある。このように多様なstakeholderと資源が短期間で増減するような災害時およびその直後の特殊な状態にも対応し、また適切なマネジメントできるようなインフラの整備が必須である。さらに、災害時には適切な情報の収集と伝達が不可欠であり、平時から適切な情報収集と伝達を可能とする東アジア諸国を網羅した省庁・地方政府・医療機関などを結合した情報ネットワークの整備も重要である。

提言2 東アジアにおけるより強固な感染症対策ネットワークの構築が必要である

東アジアは、世界の新興感染症の発生地域の一つとして知られており、東アジア諸国としてはその対策が急務である。東アジア地域における感染症対策については、WHOなど国際機関や各国政府、またJICAなどの援助機関による各種人材育成や制度整備支援等が実施されており、感染症対策ネットワークの構築については、WHO西太平洋地域事務局によるASPED(Asia Pacific Strategy for Emerging Diseases)や日本政府による感染症研究国際展開プログラム(J-GRID)などが実施されているが、未だ十分な対策ができているとは言い難いのが現状である。

東アジアにおける感染症対策としては、国際連携と専門家育成の拡充が重要である。感染症サーベイランスシステムは各国での整備と並行してWHOなど国際機関を中心として国際連携が実現されつつあるものの、迅速かつ正確な情報収集と伝達のため、東アジア全体を網羅するより強固な国際連携システムの構築が必要である。

感染症サーベイランスシステムの拡充を含む感染症対策の強化には、感染症専門家の育成が重要である。そのためには、東アジア諸国で感染症専門家を育成するプログラムの拡充が急務であり、各国の大学医学部や公衆衛生大学院など教育機関の協力が必要である。また、大規模な感染症発生時などに、感染症専門家が有機的に協力できるようなネットワークの構築が平時から重要である。

東アジア地域においては、十分な医療システムを備えるに至っていない国も存在しており、地域内の医療格差が感染症の制御に大きな障害となる。そのため、感染症対策の視点からも医療システムの拡充が重要であり、域内格差の是正に努める必要がある。

平時からの感染症対策として、薬剤耐性(AMR)対策の重要性が認識されている。東アジア地域においても、薬剤の適正使用に関する各国のガイドラインの策定などが急務であり、東アジア各国が協調した対策が求められている。また、ワクチンの整備と質の向上にも取り組むべきである。さらに、東アジア地域の感染症の特性を改めて確認し、当該地域に適した感染症対策について検討するための、各国や国際機関を交えた枠組みの整備が必要である。

提言3 高齢化社会に適応した社会・医療システムの構築が必要である

東アジア各国は、高齢社会・高齢化社会に突入しつつあるがその進展は各国で異なっており、それぞれの国でより正確な状況を把握した上で、対策を講ずる必要がある。高齢社会・高齢化社会への対応には、高齢者特有の疾病への対策を可能とする医療システムの構築が必要であり、また高齢者が生活しやすい社会システムの構築と元気な高齢者が暮らしやすい社会を目指したActive Agingの実現が重要である。

東アジア各国における高齢化社会の到来により、従来の感染症対策に加えて生活習慣病など高齢者に多い疾患への対策が必要である。生活習慣病は長期にわたるケアが必要であり、また認知症の増加など高齢化に伴った疾病構造の変化にも対応が必要である。そのため、病院や診療所での医療サービスの提供に加えて、在宅医療の拡充など多様なサービス提供体制の実現が求められる。そのためには、慢性期や介護ケアを提供する人材の確保と、ICTなどを活用した在宅でも適切で質の高い医療サービスを提供できる技術導入も有効である。また、がんや循環器系疾患の効果的な治療薬の開発や漢方・東洋医学の活用など、生活習慣病対策に向けた様々な資源の確保と活用が必要である。さらに、効果的な生活習慣病ケアの実現と人材の活用を目的としたmedical tourismの活用も推進すべきである。

また、東アジア各国では、生活習慣病の予防にも力を入れる必要がある。Active Agingの実現も視野に入れ、若い世代から食習慣や運動習慣を改善し、生活習慣病への予防につながるような方策が必要である。そのためには、生活習慣と疾病との因果関係を明確にし、エビデンスに基づいた予防対策の実施、また早期発見・早期治療を実現できるような医療技術の開発と活用を実現する必要がある。

高齢化は、東アジア各国に共通した課題である。そのため、各国の経験を持ち寄り、また問題点を共有することで、より効率の良い対策を講ずることが可能になると考えられる。そのため、高齢化に関連した保健協力ネットワークを東アジアで構築し、生活習慣病や認知症対策などを地域全体として取り組む体制づくりが重要である。

以上