政策本会議
第111回政策本会議
「揺らぐ同盟、残る基地―トランプ時代の『勢力圏』を考える」
メモ
2026年5月28日
東アジア共同体評議会(CEAC)事務局
第111回政策本会議は、川名晋史大東文化大学法学部政治学科教授を報告者に迎え、「揺らぐ同盟、残る基地―トランプ時代の『勢力圏』を考える」と題して、下記1.~7.の要領で開催された。
- 日 時:2026年5月28日(木)16時より17時30分まで
- 開催方法:日本国際フォーラム会議にて対面およびZOOMウェビナーによる併用
- テーマ:「揺らぐ同盟、残る基地―トランプ時代の『勢力圏』を考える」
- 報告者:川名 晋史 大東文化大学法学部政治学科教授
- モデレーター:菊池 誉名
東アジア共同体評議会常任副議長 / 日本国際フォーラム常務理事 - 出席者:50名
- 審議概要:
(1)川名晋史大東文化大学法学部政治学科教授による報告
冒頭、川名教授より、次のような報告がなされた。
(イ)米国の海外基地ネットワークとその特徴
米国は2025年時点で45か国に549の海外基地を展開しており、世界の約2割の国が米軍基地を受け入れている。軍種別では陸軍229、海軍122、空軍181、海兵隊31施設となっており、特に海兵隊の海外基地は日本と韓国のみにあり、そのほとんどが沖縄にある。日本には98施設が所在し、施設数ではウクライナ戦争後に増加したドイツに次ぐ規模であるが、基地面積および資産価値では世界最大となっている。
米軍の海外展開を考える上では、基地(ハード)と兵員(ソフト)を区別して捉える必要がある。つまり、今回トランプ大統領がドイツの駐留米軍削減を表明したが、それは基地自身なのか、あるいは駐留している米兵の数のことなのかで、意味合いが異なってくるからである。過去70年間を通じて基地受入国数は概ね30か国前後で推移しており、大きな変動はみられない。他方で海外駐留兵力は、朝鮮戦争やベトナム戦争など米国が関与する武力紛争の影響を受けながら大きく増減してきた。近年は固定的かつ大規模な基地よりも、アクセス権や共同使用を重視する方向へと変化しているものの、基地ネットワークそのものは高い継続性を有している。
(ロ)基地の粘着性――「兵は引けど、基地は残る」
米軍の海外展開においては、「兵は引けど、基地は残る」という特徴がみられる。基地には、フィリピンやシンガポール、ラテンアメリカ諸国などに見られるアクセス中心の「軽い基地」と、日本や韓国に見られる専用基地や管理権、自前資産、各種制度を伴う「重い基地」が存在する。
特に重い基地は、長年にわたる投資や制度化、集積効果、学習効果などによって高い持続性を持つ。仮に返還が行われた場合でも、自衛隊施設への転換や共同使用型基地として機能を維持することが多く、基地そのものは容易には消滅しない。このように、兵力配置の変更と基地の存続は必ずしも一致せず、基地は独自の「粘着性」を有していると考えられる。
(ハ)沖縄海兵隊撤退構想と基地再編の挫折
基地の粘着性を示す事例として、1968年から1969年にかけて検討された沖縄海兵隊撤退構想が挙げられる。当時の国防総省は、横田への航空機能集約、佐世保の閉鎖と横須賀への母港機能集中、普天間飛行場の閉鎖および在沖海兵隊の撤退を含む大規模な基地再編構想を策定していた。
その背景には、ベトナム戦争後の海兵隊駐留の必要性低下という戦略的判断、財政負担軽減、さらには沖縄返還を控えた政治的配慮が存在した。しかし、その後、太平洋軍(PACOM)や統合参謀本部(JCS)など軍部の強い反対に直面し、計画は白紙化された。むしろ沖縄は、西太平洋における前方展開戦略の中核拠点として位置づけられ、第3海兵師団や第1海兵航空団の展開拠点として機能が強化されることとなった。結果として、現在に至る在沖海兵隊の基本構造が形成された。
(ニ)基地から見た国際秩序と勢力圏
基地の問題は、単なる軍事施設の配置ではなく、国際秩序そのものと深く関わっている。国際法上の境界を重視する国務省的な発想と、安全保障上の境界を重視する軍部の発想は必ずしも一致しておらず、軍部は伝統的に主権国家の境界よりも戦略空間としての勢力圏を重視してきた。こうした観点からみれば、現在のトランプ政権の発想には、戦後初期に軍部が構想した勢力圏的世界観との連続性を見出すことができる。
第二次世界大戦末期に策定された米軍の基地計画(JCS570/2)では、米国、英国、ソ連、中国の「四人の警察官」による勢力圏分割を前提として、西半球と太平洋を一体の「アメリカンゾーン」として捉え、その周囲を「基地の鎖(chain of bases)」によって防衛する構想が描かれていた。この構想において、欧州や中東は米国の本来的な勢力圏には含まれておらず、西半球と太平洋こそが米国の中核的な戦略空間として認識されていた。
(ホ)「基地なくして同盟なし」――基地システムと平時同盟
しかし戦後、勢力圏分割の前提が崩れると、米国は欧州や中東を含むグローバルな基地システムの構築へと転換した。1945年のJCS570/40では、本土防衛のための「遠距離の緩衝地(cushion of distance)」として、前方展開型の基地ネットワークが構想されている。
他方で、海外基地の確保は容易ではなかった。基地受入国側には主権侵害や紛争への巻き込まれへの懸念が存在しており、基地交渉はしばしば難航した。その結果、米国は基地使用権と平時同盟を結び付ける形で基地網を拡大していくこととなった。デンマーク、ポルトガル、アイスランドなどは、基地の戦略的重要性ゆえにNATO加盟国として位置づけられた側面を有していた。この意味において、「基地なくして同盟なし」であり、戦後の同盟ネットワークは基地システムの維持・拡大と不可分の関係にあったと考えられる。
さらに軍部にとって同盟は目的ではなく手段であった。軍部が重視したのは同盟そのものではなく基地の自由使用権であり、その意味では「基地を得るために、しぶしぶ同盟に入る」という発想さえみられた。こうした視点からみれば、戦後の平時同盟は基地ネットワークを維持するための制度的枠組みとして理解することも可能である。
(ヘ)トランプ時代の同盟と基地の将来
以上を踏まえると、欧州における平時同盟と基地展開は、勢力圏分割が存在しない時代に形成された例外的な現象として理解することができる。他方で、西太平洋における基地展開は、米国自身の勢力圏防衛という論理の上に成立しており、その点で欧州とは性格を異にしている。
もっとも、将来的に何らかの勢力圏分割が成立した場合には、西太平洋においても従来型の前方展開が維持される保証はない。ただその場合でも基地権そのものは維持される可能性が高く、他方でアクセスや共同使用の重要性はさらに高まると考えられる。また、米国の地域関与が相対的に後退する可能性も念頭に置きつつ、日本、韓国、フィリピン、豪州などの連携を強化し、「座布団を温めておく」ための制度設計が重要になると考えられる。
(2)菊池誉名東アジア共同体評議会常任副議長/日本国際フォーラム常務理事によるコメントと質問
続いて、モデレーターの菊池誉名より次のようなコメントおよび質問がなされ、川名教授からの返答がなされた。
【菊池常任副議長】
本日のご報告では、基地の粘着性や「基地なくして同盟なし」といったご指摘が非常に印象的であった。特に、基地を単なる軍事施設ではなく、地域秩序や勢力圏との関係から捉え直す視点は、大変示唆に富むものであった。
その上で、本日あまりお話されなかった「巻き込まれ論」についてお伺いしたい。日本では従来から「巻き込まれ論」が議論されてきたものの、どちらかといえば、米軍基地反対等の議論と結びついた抽象的・理論的な問題として受け止められてきた。しかし、今回のイラン情勢では、中東各地の米軍基地が実際に攻撃対象となっており、米軍基地の存在そのものが地域紛争と直接結びつく状況が現実のものとなっている。
日本では各種の法整備が進んでいるが、国民的な議論ということでは、米軍基地による抑止力や負担については議論されてきた一方で、有事における基地の実際の使用や、日本側の意思決定の在り方については必ずしも十分な議論がなされてこなかったようにも思われる。また、こうした問題は単に基地の是非にとどまるものではなく、日本としてどのような地域秩序を望み、その中で日米同盟や米軍基地をどのように位置づけていくのかという、より大きな安全保障戦略とも関わる問題であるように思われる。今後、日本において、基地の「存在」だけでなく、「使用」や「運用」の段階に関する議論は、どのように進められるべきだとお考えでしょうか。
【川名教授】
この点については、二つの観点から考える必要がある。第一に、日本はこれまでもベトナム戦争、湾岸戦争、イラク戦争など、米国が関与した様々な紛争を経験してきた。その際、在日米軍基地は実際に活用されてきたが、多くの場合は戦闘作戦そのものではなく、兵員や装備の移動、補給、後方支援といった形で処理されてきた。事前協議制度は存在するものの、現実にはこうした「移動」の形で対応してきた側面があり、その意味では、日本は既に様々な戦争との関係を経験してきたともいえる。
第二に、今回のイラン情勢で注目すべきは、カタール、オマーン、UAEなどがイランから攻撃を受け、ミサイルを迎撃しながらも、反撃には踏み切らなかった点である。仮にこれらの国がイランに反撃していれば、紛争は容易にエスカレーションし、第一次世界大戦がそうであったように、戦域が拡大していた可能性がある。攻撃を受けてもなお「被害国」にとどまり、「交戦国」へ転じないことは、紛争拡大を防ぐ上で考えなければならない要素である。
この点を日本に引きつけて考えると、米軍基地が攻撃され、日本人が多数亡くなるような事態が生じた場合、日本政府が被害国にとどまり、交戦国に転じないという判断を下すのかどうかである。現在、日本では反撃能力の整備が進められており、また有事には情報戦が展開される。SNS上で「日本政府は何もしないのか」「日本人が多数犠牲になっている」といった情報が広がれば、反撃を求める世論が強まる可能性がある。
しかし、そこで反撃に踏み切れば、エスカレーション・ラダーを上ることになり、紛争拡大を避けることは難しくなる。今回湾岸諸国が反撃しなかったことは、自らを当該戦争の当事者にしないための判断でもあった。仮に湾岸諸国が反撃すれば、米国から「後は任せた」と言われ、イラン情勢への対処を米国の代わりに引き受けさせられることになっていたかもしれない。このように、攻撃を受けた際にいかなる対応をとるのか、非常に難しい判断が求められることを、あらかじめ考えておく必要があるだろう。
もっとも、日本の場合、単に国民に忍耐を求めればよいわけではない。仮に反撃をしないのであれば、いわば「ネガティブ・ケイパビリティ」を支える条件が必要である。シェルターの整備、食料や電力の備蓄、日常生活を一定期間維持できる体制、さらには事業者への補償など、市民生活を支える準備がなければ、社会が忍耐を維持することには限界がある。コロナ禍の経験を踏まえても、社会に我慢を求めるためには、それを可能にする制度的・物質的な備えが不可欠である。
(3)全体協議(質疑応答)
続いて、参加者全体による協議(質疑応答)が行われた。
以上
文責:事務局
