政策本会議

第110回政策本会議
「バングラデシュ政変後の政治動態と民主主義」
メモ

2026年3月26日
東アジア共同体評議会(CEAC)事務局


報告のようす

第110回政策本会議は、日下部尚徳立教大学異文化コミュニケーション学部准教授を報告者に迎え、「バングラデシュ政変後の政治動態と民主主義」と題して、下記1.~7.の要領で開催された。


  1. 日 時:2026年3月26日(木)16時より17時30分まで
  2. 開催方法:日本国際フォーラム会議にて対面およびZOOMウェビナーによる併用
  3. テーマ:「バングラデシュ政変後の政治動態と民主主義」
  4. 報告者:日下部 尚徳 立教大学異文化コミュニケーション学部准教授
  5. モデレーター:菊池 誉名
            東アジア共同体評議会常任副議長 / 日本国際フォーラム常務理事
  6. 出席者:31名
  7. 審議概要:

(1)日下部尚徳立教大学異文化コミュニケーション学部准教授による報告

冒頭、日下部尚徳立教大学異文化コミュニケーション学部准教授より、次のような報告がなされた。

(イ)政変と政治構造の変化

2024年の政変は、バングラデシュの公務員採用におけるクオータ制への反発を契機とした抗議運動の拡大により発生し、アワミ連盟(AL)による長期政権の崩壊をもたらした。この結果から、約15年にわたる一党支配の体制が終焉し、それまで抑圧されていた政治勢力が政治競争空間に参入契機となった。特に、学生勢力、暫定政権とイスラーム主義勢力の可視化は、政治競争の再活性化を示すものである。こうした変化により、従来の二大政党制を基軸とする構造は再編され、複数政党が競争する「選択肢のある選挙」へと移行しつつある。

(ロ)選挙結果と政治勢力の再編

2026年2月に実施された第13次国民議会選挙は、実質的な競争が回復した選挙として位置づけられる。バングラデシュ民族主義党(BNP)は209議席を獲得し、安定多数を確保した。一方で、ジャマテ・イスラミ(JI)も68議席を得て、主要野党勢力としての存在感を強めた。投票率も前回から大きく上昇しており、有権者の参加が回復したことが確認された。また、地域ごとに支持傾向の違いが見られ、政治的選好が社会経済や国境問題と関連している点も示唆される。

(ハ)バングラデシュ民主主義党(BNP)勝利の要因

BNPの勝利は、複数の要因が重なった結果といえる。第一に、新興勢力の組織的未成熟やイスラーム主義政党への一定の警戒感が存在する中で、BNPが「国家の舵取りが可能な政党」として認識され、相対的に現実的な選択肢として支持を集めた点が挙げられる。第二に、AL政権下における政治的抑圧への反発が、反体制票としてBNPに集約されたと考えられる。さらに、学生政党NCPの失速により若者層の代替的選択肢が限定されていたことも影響した。その結果、積極的支持というよりも消極的選択としてバングラデシュ民主主義党(BNP)への投票が行われた側面も見られる。

(ニ)ジャマテ・イスラミ(JI)の台頭

今回の選挙では、JIの躍進が注目されている。JIは長年にわたり政治的制約を受けてきたが、その経験が「抑制されてきた勢力」としてのイメージを形成し、一定の支持を集めたと考えられる。また、既存政党に対する腐敗イメージと対比される形で、比較的クリーンな政治勢力として評価された点も影響した。さらに、草の根的な選挙運動やSNSの活用により支持層を広げ、従来の急進的イメージの緩和が進んだことも指摘できる。

(ホ)歴史的背景とイスラーム政治

バングラデシュにおけるイスラーム主義の政治的役割は、独立当初に掲げられた世俗主義からの転換の中で拡大してきた。特に1975年以降、軍政期から軍出身指導者による政権期にかけて、イスラーム的要素が国家制度の中に組み込まれていった。こうした変化は、社会における信仰の深化だけでなく、政権の正統性確保や支持基盤拡大のための政治的手段として進められた側面が強い。具体的には、1977年の戒厳令下の布告により、憲法上の基本原則から世俗主義が削除され、1979年の第5次憲法改正でこれが追認された。また、1988年の第8次憲法改正ではイスラームが国教とされ、国家と宗教の関係は独立当初の世俗主義から大きく変化した。その後、1990年代の民主化以降、JIは制度内政治に再び組み込まれ、政権連合の一角を担うなど、一定の政治的影響力を有していた。しかし、2010年代には、戦争犯罪裁判の進展や政党登録の無効化などにより、AL政権下でJIの制度政治への参加は大きく制約された。他方で、社会的には宗教的言説の影響力が徐々に拡大しており、その背景には、中東への出稼ぎや教育制度の変化などがあると考えられる。このような長期的な変化を踏まえれば、2024年の政変を契機とするJIの政治空間への復帰と、今回の選挙における台頭は、突発的な現象ではなく、一定の連続性をもつ動きとして理解できる。

(ヘ)対外関係

BNP新政権は、中国、米国、インドなど主要国との関係を、国益重視の立場から多角的に調整する姿勢を示している。中国との関係では、「一帯一路」構想を軸としたインフラ投資や経済協力が引き続き重要視されており、経済成長の観点からも関係維持が図られている。一方で、米国との関係においては、安全保障や貿易分野での関与が継続しており、対中競争の文脈の中でバングラデシュの戦略的重要性が相対的に高まっているといえる。また、中東諸国との関係は出稼ぎ労働者の存在を背景に経済的に重要であり、外貨獲得の観点からも安定的関係の維持が求められる。他方で、対インド関係は最も複雑な課題を抱えており、水資源配分や国境管理、さらには前政権との関係をめぐる政治的緊張が残されている。これらを踏まえると、新政権の外交は、大国間競争と地域関係の双方を意識したバランス調整が求められているといえる。

(ト)結論と今後の展望

以上のように、2024年政変以降のバングラデシュ政治は、競争性の回復とともに構造的な変化が進んでいる。BNPの政権復帰とJIの台頭は、政治勢力の多元化を示すものであり、従来の枠組みでは捉えきれない動きがみられる。また、イスラーム主義の影響力拡大は、宗教と民主主義の関係をめぐる新たな論点を提示している。今後は、政治的多元性の中で安定した統治をいかに実現するかが課題となると考えられる。

(2)菊池誉名東アジア共同体評議会常任副議長/日本国際フォーラム常務理事によるコメントと質問

続いて、モデレーターの菊池誉名より次のようなコメントおよび質問がなされ、日下部准教授からの返答がなされた。

【菊池常任副議長】

今回のご報告では、2024年の政変を契機として、従来の二大政党制の枠組みが揺らぎ、複数の政治勢力が可視化されてきた点が非常に印象的であった。他方で、そのような政治変動をもたらした社会のエネルギーが、必ずしも制度政治の中での安定的な支持基盤には結びついていないようにも見受けられる。 この点について、近年のアジア諸国においても、Z世代の若者を中心とする社会運動が政治変動を引き起こす一方で、それが制度政治へと接続されにくい傾向が見られるように思われるが、今回のバングラデシュの事例をどのように位置づけて理解すべきか。

また、対外関係の観点からは、バングラデシュがインドや中国といった大国の影響が交錯する中で、各国との関係を使い分ける形で外交を展開している点も重要である。このような状況において、日本としては同国とどのように向き合っていくことが現実的かつ望ましいのかについても、ご示唆いただければと思う。

【日下部准教授】

まず、若者を中心とする社会運動と制度政治との関係についてであるが、今回のバングラデシュの事例は、社会のエネルギーが体制を揺るがす力を持ち得る一方で、それがそのまま制度政治の担い手としての支持に転化するわけではないことを示している。これはバングラデシュに固有の現象というよりも、近年のアジア各国に共通して見られる傾向であり、社会運動が既存の政治に対する不満の表出として機能する一方で、政党政治の枠組みの中で持続的な支持を獲得するためには、組織化や政策形成能力といった別の要素が求められるためである。今回の選挙においても、学生勢力は一定の存在感を示したものの、最終的には既存政党であるBNPが政権を担う結果となっており、社会運動と制度政治との間には依然として距離があると考えられる。

次に対外関係についてであるが、バングラデシュは特定の大国に依存するのではなく、インド、中国、米国など複数の国との関係を状況に応じて使い分ける、いわゆるバランス外交を展開している。これは同国にとって現実的な選択であり、今後も大きく変わることはないと考えられる。

日本との関係については、バングラデシュにおいて日本は比較的信頼度の高いパートナーとして認識されており、特に経済協力やインフラ整備の分野で重要な役割を果たしてきた。今後においても、特定の政治勢力に過度に依存するのではなく、中長期的な視点から関係を維持・強化していくことが重要であると考えられる。

(3)全体協議(質疑応答)

続いて、参加者全体による協議(質疑応答)が行われた。

以上
文責:事務局