政策本会議
第105回政策本会議
「トランプ2.0下での世界経済秩序と日米関係」
メモ
2025年5月26日
東アジア共同体評議会(CEAC)事務局

第105回政策本会議は、片田さおり南カリフォルニア大学教授を報告者に迎え、「トランプ2.0下での世界経済秩序と日米関係」と題して、下記1.~6.の要領で開催された。
- 日 時:2025年5月26日(月)16時より17時30分まで
- 開催方法:日本国際フォーラム会議にて対面およびZOOMウェビナーによる併用
- テーマ:「トランプ2.0下での世界経済秩序と日米関係」
- 報告者:片田さおり 南カリフォルニア大学教授
- 出席者:55名
- 審議概要
(1)グローバライゼーションの否定と米国第一主義下の経済ナショナリズム
第二次トランプ政権は、「アメリカ・ファースト」をより一層前面に押し出した政策を展開している。就任直後には、①米国を再び安全な国にする、②安くて生活しやすく、エネルギー優位の国にする、③既得権益(泥沼)を排除する、④米国的価値観への帰還、という4つの最優先課題を掲げ、製造業の国内回帰や移民管理の強化、大幅な規制緩和や減税を推進している。とりわけ、「不公平で不均衡な貿易」の是正や国家安全保障などを理由にした関税政策が際立ち、「経済の武器化」が懸念される。
対中戦略は第一次トランプ政権からバイデン政権に受け継がれたものではあるが、第二次トランプ政権では、国内経済への影響を承知のうえで、一時は対中関税率を145%まで引き上げると宣告した。中国もこれに対抗し、トランプ支持層が多く関与する輸出品(エネルギー資源、トウモロコシなど)に対して特に報復関税を発表した。現在は、「90日間の猶予期間」により、双方が115%の引き下げを実施している。
こうした関税政策は世界経済に打撃を与えており、中でも輸出の約80%を米国に依存するメキシコやカナダは、米国・メキシコ・カナダ協定(USMCA)を締結しているにもかかわらず、追加関税が課され、深刻な影響を受けている。日本の対米直接輸出は輸出量全体の約20%だが、カナダ、メキシコ、中国などを経由した間接的な供給も多く、実質的な対米依存度はさらに高いと考えられる。このように、米国国内政治は、覇権国家としてのグローバライゼーションを支えてきた米国の力や意思次第に弱めている。
(2)多国間主義への対抗とルールに基づく秩序への挑戦
バイデン政権は多国間主義の回復を掲げていたが、環太平洋パートナーシップ(TPP)への復帰や世界貿易機関(WTO)紛争解決制度の改革には踏み込めずにいた。また、WTOにおいて安全保障上の理由で何らかの規制措置を採ることを例外的に認める安全保障例外条項の濫用も見られ、結果として、いびつなマルチラテラリズムの実行にとどまった。加えて、多国間連携を模索する中でインド太平洋経済枠組み(IPEF)を新規に創設するも、今後の世界経済を支えるような主導力を発揮することはなかった。
一方、第二次トランプ政権は、国際機関からのさらなる撤退を進めている。世界保健機関(WHO)、パリ協定の脱退に加え、国連パレスチナ難民救済事業機関(UNRWA)や国際連合教育科学文化機関(UNESCO)などの国連機関への拠出金や参加の一時停止を行っている。WTOの最恵国待遇(MFN)原則や、日本含む55か国が参加する多数国間暫定上訴仲裁アレンジメント(MPIA)も無視する形で独自の通商政策を進めている。今後、米国は自国にとって不利にならない範囲で制度を利用しつつ、それ以上の責任を果たさないという姿勢を保ち続けるだろう。
他方、日本は経済連携において大きな成果を上げている。自国の貿易の約80%は自由貿易協定(FTA)の署名国との間で行われている。特に、米国が脱退したTPPを日本が主導し、「環太平洋パートナーシップに関する包括的及び先進的な協定(CPTPP)」として再構築したことは象徴的な例である。米国は少数国間でのFTAから距離を置く中で、日本は様々なパートナーシップの中心となっている。米国が国際的な枠組みから離れつつある今、今後の日本の役割は重要である。
(3)米国内の政治・制度行き詰まりと権威主義の台頭
このような通商政策を推進する背景には、米国国内における経済格差の拡大と政治分断の加速がある。特に、2008年の世界金融危機以降、所得分配において高所得層の取り分は増加したが、中間層は経済回復の恩恵を十分に受けられなかった。経済的に困窮した元ミドルクラスの間では、フェンタニル中毒や乱用が深刻な社会問題化するなど、その結果、中間層を中心にポピュリズムが拡大し、ティーパーティー運動が活発化した。トランプ大統領の強固な支持基盤は、この運動に関わる人々が多くを占めており、政治的分断をさらに深める要因となっている。
分断は共和党内にも及んでいる。共和党員が上下院の多数派を占めているにもかかわらず、トランプ大統領はしばしば連邦議会の承認を回避し、大統領令によって政策を実行しているため、政権発足直後からの大統領令の発出件数は、過去の政権と比較して突出している。こうした傾向から、米国における権威主義的な政治の台頭が懸念される。
(4)日米関係と日本の対外戦略
現在、米国における日本からの対内直接投資の受け入れ額は世界一であり、良好な日米関係は日本にとって今後も大きな強みとなるだろう。しかし、両国の経済的互換性の高さは、貿易依存度の高さの裏返しでもあり、特に輸出における日本の脆弱性が懸念される。
このような状況を踏まえて、今後の日本の外交戦略では、「自由で開かれたインド太平洋(FOIP)」構想をより戦略的に活用し、その中でルールに基づく国際秩序の構築をいかに主導していくかが重要な課題となる。
(5) 結論
現在、米国で見られる国内政治の動きは、第二次トランプ政権に特有の一時的な現象ではなく、特に世界金融危機以降に進行してきた、政治・経済の根本的な変化を反映したものである。そのため、当面の間米国に対して、国際経済秩序の維持を担う役割を期待することは難しい。ゆえに日本は、現在の良好な日米関係のみに依存するのではなく、より広い国際的視野のもとで、自らの役割と戦略を再構築していく必要がある。
以上
文責:事務局