政策本会議

第92回政策本会議
「地政学的緊張と経済実態の乖離をいかにして克服するか」メモ

2022年10月18日
東アジア共同体評議会(CEAC)事務局


報告のようす

第92回政策本会議は、木村福成・慶應義塾大学教授 / 東アジア・アセアン経済研究センター(ERIA)チーフエコノミストを報告者に迎え、「地政学的緊張と経済実態の乖離をいかにして克服するか」と題して、下記1.~5.の要領で開催された。


  1. 1.日 時:2022年10月18日(火)14時より15時30分まで
  2. 2.開催方法:オンライン形式(Zoomウェビナー)
  3. 3.テーマ:「地政学的緊張と経済実態の乖離をいかにして克服するか」
  4. 4.報告者:木村 福成 慶應義塾大学教授 / 東アジア・アセアン経済研究センター(ERIA)チーフエコノミスト
  5. 5.出席者:55名
  6. 6.審議概要

木村福成・慶應義塾大学教授 / 東アジア・アセアン経済研究センター(ERIA)チーフエコノミストから、次のとおり基調報告があった。

(1)地政学的議論と経済実態

米中あるいはG7対中ロの対立が理念・経済・パワーの3次元で高まっている。その中で、サプライチェーンのデカップリングの動きも進行している。しかし一方で経済活動は活発だ。「中立」を保つ発展途上地域のみならず、G7と中国の経済関係も止まっていない。米日やG7における政府周辺の地政学的な政策論議と企業活動との間の断絶が顕著になっている。アジアおよび発展途上地域との付き合いを考えたとき、この両面を検討することが重要ではないか。

(2)COVID-19とサプライチェーン断絶の誤謬

「新型コロナの到来によって露呈したサプライチェーンの脆弱性を頑健化する必要がある」という言説が広まっている。しかし私は、東アジアのサプライチェーンはそれほど脆弱ではなかったと考えている。東アジアは機械産業を中心とする国際的生産ネットワーク(IPNs)を展開してきた。この点が最大の強みである。過去の自然災害や経済危機に際しても、民間企業はレジリエンスを示してきた。IPNsは新型コロナ危機による「負の供給ショック」、「負の需要ショック」を数ヶ月で克服したし、特に東アジアのIPNsは「正の需要ショック」を受けて早期に成長軌道に戻った。「脆弱なサプライチェーン」とのレトリックは、地政学的議論を喚起するためのものと解釈できる。

(3)貿易・投資管理の現状と貿易動向

輸出・輸入管理は、国によって異なるシステムに従い、品目別・関連技術別・貿易相手国別・貿易相手企業別などの形で行われている。軍事用・民生用の境目が不明確となる傾向があることから、「安全保障」の範囲特定では広く網をかけられている。しかし一方では積極的に許可も出す体制であり、貿易が政府の管理下に置かれても全く認められなくなるわけではない。実際、集計レベルで見れば貿易は依然として活発で、2021年の米中貿易や日中貿易は史上最高であった。米国政府の論調も、中国をパートナーとも競争相手とも表現しており、部分的なデカップリングにとどまる可能性が高いだろう。

日本についても同様の見方だ。日系企業にもサプライチェーンを見直す動きはあるが、多くの場合、その理由は貿易管理の厳格化ではない。日系企業は2010年以降、「チャイナ+1」戦略を進めてきており、自主的なデカップリングは既にかなりの程度進んできた。

(4)日本の経済安全保障論議

2022年5月に経済安全保障推進法が成立公布された。同法は、サプライチェーン強靱化支援、重要インフラの安全確保、軍事転用可能な機微技術の特許非公開、先端技術の研究開発支援という4本柱から成り立っている。そのうち、サプライチェーン強靭化支援では「特定重要物資」を指定する。指定の条件は、国民の生存に必要不可欠、供給が特定国に偏り外部に過度に依存している、輸出停止などにより供給途絶の蓋然性がある、供給途絶の実績があるなど特に必要と認められる、という4つだ。まず供給途絶を防ぎ、供給元の分散や支援を行うという点において、いわゆるディフェンシブなデカップリングといえ、リーズナブルな条件と考えられる。他方、第4の柱のもと、「特定重要技術」の絞り込みに向けた調査研究を20の技術領域を対象に行うとのことで、こちらはオフェンシブなデカップリングを含むものと考えられる。

(5)直近の経済情勢

地政学的緊張が高まる中、食料・エネルギー等の価格高騰、インフレ、利子率の上昇、マクロファンタメンタルズの悪化、不況など、直近の世界経済の変調にも注意を払う必要がある。アメリカ経済は依然好調だが、中国経済の成長は明らかに減速している。貿易・直接投資も鈍化の兆候がある。G7諸国の内向き志向が強まり、発展途上地域への関心も薄れつつあり、特に最貧国等の動向を注視していく必要がある。不確実性が上昇することにより、サプライチェーンのみならず世界経済全体の成長を鈍化させる危険性が高まっている。

他方、そのような中でも、ASEAN経済は現在のところ好調である。中国と西側諸国の両方に密接につながっているからだ。ASEAN諸国は「正の貿易・投資転換効果」を享受しつつも、踏み絵を踏まされることを恐れている。

(6)ASEAN、アジアとのお付き合い

日本は安全保障への備えを進めつつも、経済が動いていることもしっかりと認識し、バランスのとれた対応をしていく必要がある。貿易・投資管理等では、範囲を明確にし、特に民間企業に不確実性を与えないよう工夫をしたり、効率的な運用を行って、経済が自らシュリンクしてしまうのを防ぐべきだ。

経済の「その他の部分」については、ルールに基づく国際貿易体制の下に置くことが重要である。例えば、中国も参加しているRCEP(地域的な包括的経済連携協定)やCPTPP(環太平洋パートナーシップに関する包括的及び先進的な協定)等のRTAs(地域貿易協定)を活用し、政策リスクを軽減したい。また、WTO(世界貿易機関)上級委員会問題への対応、暫定的な多国間上訴制度(MPIA: Multi-Party Interim Appeal Arbitration Arrangement)への参加、RTAsの紛争解決の活用などを通じ、紛争解決機能の復活を図るべきである。日本自らWTOの規律を違反することは避けたい。

他方、第3国に対しては、安全保障についてのself-judgment(自己判断)を尊重しつつ、ルールに基づく国際貿易秩序を守り活力ある国際経済を維持していくことの重要性を訴えていくべきだ。第3国としても、地政学的緊張の高まりに対して一定程度の対策は必要である。

インド太平洋経済枠組み(IPEF)については、「経済アジェンダ」と「経済安保アジェンダ」を意識して分け、内容を盛り込んでいく必要がある。「経済アジェンダ」として、例えばASEANが特に大きな関心を抱いているデジタルとグリーン・エコノミーなどを含めると良いだろう。また、インドが第1の柱に参加しないこの機を捉え、電子商取引のルール化を進めたい。「経済安保アジェンダ」では、経済安全保障のための政策システム作りから中に入り込んでいくべきである。

日本では安全保障に関する議論ばかりが目立つが、他のアジア諸国では実際に経済が動いている。アジア・発展途上地域とのお付き合いは、日本にとって貴重なバランサーの役割を果たしうるだろう。


以上
文責:事務局