政策本会議

第86回政策本会議
「メコン地域における新たなアーキテクチャー構築の可能性」
メモ

2020年12月3日
東アジア共同体評議会(CEAC)事務局


当評議会有識者議員の五十嵐誠一・千葉大学大学院社会科学研究院教授を報告者に迎え、「メコン地域における新たなアーキテクチャー構築の可能性」と題して、下記1.~5.の要領で開催された。


五十嵐誠一教授の写真
  1. 1.日 時:2020年12月3日(木)14時より15時30分まで
  2. 2.開催方法:オンライン形式(Zoomウェビナー)
  3. 3.テーマ:「メコン地域における新たなアーキテクチャー構築の可能性」
  4. 4.報告者:五十嵐 誠一 千葉大学大学院社会科学研究院教授
  5. 5.出席者:18名
  6. 6.審議概要

五十嵐誠一・千葉大学大学院社会科学研究院教授から、次のとおり基調報告があった。

(1)はじめに

「残された東アジアのフロンティア」等と評されるメコン地域は、地政学的な要衝であるとともに、豊富な天然資源や優秀な労働力を有しており、日本をはじめ各国から注目を受けている。このようなメコン地域は、多様な地域協力枠組みが形成された「メコン・コンジェスチョン」という状況にある。この一見複雑なメコン地域の現状を理解するには、「なぜこの多数の協力枠組みが形成されているのか」「それによってどのようなアクターが利益を得ているのか」「また地域秩序が協調的か競争的なのか」などに注目しつつ、国家のみならず非国家アクターがどのように地域秩序を形成しているのかという複眼的な視点から考えることが必要である。以上のような問題意識のもと、本報告では、「国家による協力枠組みの増加」、「市民社会の成長とメコン・コンジェスチョンの変容」、「メコン・コンジェスチョンにおける地方政府(地方行政単位)同士の越境協力の拡大」という3つの位相から考察していく。


(2)国家による協力枠組みの増加

メコン地域では、1990年代以降、国家間による協力枠組みが少なくとも14以上は形成され、メコン・コンジェスチョンと呼ばれる状況が生じている。主なものでも、日本が主導するAMEICC(日ASEAN経済産業協力委員会)および日メコン首脳会議、米国主導のLMI(メコン河下流域イニシアチブ)、中国主導のLMC(瀾滄江メコン開発協力)、インド主導のMGC(メコン・ガンジ協力)、韓国主導の韓国・メコン首脳会議(Mekong-ROK)、タイ主導のACMECS(エーヤーワディ・チャオプラヤ・メコン経済協力戦略会議)、マレーシアとシンガポールが主導するAMBDC(ASEANメコン川流域開発構想)などがある。この状況は、様々な国の利益や思惑が多様で重複しているために起こっているとみられるが、特に日本・米国と中国の三国が同時に参加している枠組みは1つもないなど、他の枠組みへの対抗を意識して運営されているものもある。例えば、日米欧州が主導しているMRC(メコン川委員会)という枠組みは、近年、中国主導のLMCとメコン川の水資源管理において対立している。ASEANでも、マレーシアとシンガポール主導のAMBDCやベトナムなどが主導するCLV-DTA(カンボジア・ラオス・ベトナムの開発の三角地帯)などが進展し始めると、タイが自国主導のACMECSを拡大する動きをみせるようになる。なお、全体をみると、それぞれの枠組みにおいて進められている協力分野は多岐にわたり重複しているが、総じて開発志向であることがメコン・コンジェスチョンの特徴といえる。

では、こうした地域枠組みを主導している各国のメコン地域への関心や利益はどのようになっているのか。まず日本は、33憶人の人口を有するアジアの莫大な新興市場の接合点として評価し、東西および南部経済回廊を重視し、近年では「自由で開かれたインド太平洋構想」の重要な結節点としてメコン地域を位置づける。中国は、アジア開発銀行が主導するGMS(大メコン圏)や一帯一路構想を通じて「中国―ミャンマー経済回廊」および「中国―インドシナ経済回廊」を進めつつ、LMCを通じてダムの安全運営や水資源管理などに強い関心をみせる。米国は、オバマ時代の「アジア回帰」以降、LMIの枠組みを用いて水資源管理などを重視し、本年にはLMIをパートーナーシップに格上げして中国への対抗姿勢を強める。インドは、ルックイースト政策・アクトイースト政策にもとづき、中国への警戒心からメコン地域に接近する。韓国は、THAAD配備により生じた中国との軋轢に鑑み、中国依存の貿易面からの脱却を企図して、新南方政策の下でメコン地域に接近する。タイは、地政学的にメコン地域の中核に位置していることもあり、全方位外交を展開し、主導するACMECSでは日、米、中、インド、韓国のすべての国を開発パートナーと位置づけている。

このように、各国はそれぞれの利益や関心のもとで地域枠組みを形成し、メコン・コンジェスチョンが生じているわけである。ただし、こうした状況を調整する動きが、2010年頃からみられるようになっている。例えば、日メコン首脳会議では、枠組みの間で効果的な機能を最適化する方法が追求されている。Mekong-ROKでは、他の二国間協力枠組みの強化と補完、既存の多国間メコン協力枠組みとの交流の拡大が掲げられている。LMIでは、意図しない重複を避ける調整を行うべきことが宣言されている。他にも、GMSプログラムでは各ドナー・枠組みの援助状況のリスト化が進み、MRCでは枠組み間の協調メカニズムの創設が提起され、日中メコン政策対話では互いの連携が呼び掛けられている。

以上のような動きを総評すると、メコン・コンジェスチョンは、対立を孕みながらも、大小すべての関係国の利益に応えるべく、衝突を回避し、秩序の制度化を試み、非効率性を解消しようとする協調的な方向に向かっていることがうかがえる。


(3)市民社会の成長とメコン・コンジェスチョンの変容

次に、市民社会の成長とメコン・コンジェスチョンの変容についてみていきたい。メコン・コンジェスチョンは、市民社会を含む様ざまな非国家アクターの地域枠組みへの参画の機会を拡大させている。前述の通り、この地域の枠組みは総じて開発志向であることから、その関連で環境、移民、人権などを重視する市民社会のネットワークが拡大し、市民社会の視座からメコン地域を共有遺産と捉える「メコン・コモンズ」という思想も提示されるようになっている。こうした市民社会の成長を受けて、アジア開発銀行では市民社会センターが創設され、GMSの生物多様性保護イニシアチブにはWWFというNGOが、MRCの越境漁業プログラムにメコン・ラーンナー天然資源文化ネットワークというNGOが参加するようになっている。メコン・コンジェスチョンを通じて市民社会と国家との協調的な関係が進み、「参加型地域主義」が実現しつつあるといえよう。ただし、その一方で、に国家が政策を実行するにあたり市民からの反対を抑えるための手段として用いられているのではないかといった参加の有効性を問う指摘もあることも付記したい。


(4)メコン・コンジェスチョンにおける地方政府(地方行政単位)同士の越境協力の拡大

最後に、地方政府(地方行政単位)同士の越境協力についてみていきたい。事例の1つは、MBDS(メコン流域疾病監視)である。MBDSは、1992年にメコン6ヵ国の保健省により創設された枠組みであり、疫病など突発的疾病による死亡リスクの減少を目的としている。MBDSでは、国境をまたぐ2つの地方行政単位が政策空間となって、国家主導の枠組みの欠点を補完しようとしている。具体的には、国境で接する2組の地方行政単位がペアとなって疫病の監視を行う。東西経済回廊の整備の過程で人の移動が活発化することが予想されたラオスのサワンナゲート県とタイのムクダハーン県、同じくラオスのサワンナゲート県とベトナムのクワチン省が先駆例であり、三社共同のWEBサイトを立ち上げるなどして、中央政府経由ではなく地方行政単同士で情報共有が行われている。もう1つは、MRCが行う越境対話プログラムである。MRCは、2010年頃から各地で地方行政単位の最下層に位置する「村」を主役にした越境対話プロジェクトを進めており、ラオスのボーケーオ県とタイのチェンラーイ県は先駆事例である。そこでは、メコン川を挟んでラオスとタイの4組の村をペアするというアプローチが採られている。4組8村、全てが漁業保護区(FCZ)を持ち、このFCZを軸に村のイニシアチブで国境を越えた漁業資源の保護と管理が目指されている。

(5)おわりに

以上述べてきたように、メコン・コンジェスチョンは、国家間の地政学的な要因を背景として出現してきたものであるが、現在のところは対立と競合を含みつつも協調に向かっているといえる。これは長期的な経済資源のシェア向上を目指した各国の動きと解釈しうる。こうしたメコン・コンジェスチョンの中で、市民社会や地方政府などの非国家アクターOの役割の重要性が認識されはじめており、地域枠組みへの参画の機会が拡大している。ただし、その参画が拡大しているからこそ、その有効性に対して懸念や疑問も出てきている。地方政府においては、メコン・コンジェスチョンを通じてそれらのイニシアチブが拡大し、中央・地方関係の変容も生じうることが予見される。

以上
文責:事務局