政策本会議

第85回政策本会議
「新型コロナ危機と東南アジアの民主主義」メモ

2020年9月28日
東アジア共同体評議会(CEAC)事務局


報告の様子

 

当評議会有識者議員の本名純・立命館大学国際関係学部教授を報告者に迎え、「新型コロナ危機と東南アジアの民主主義」と題して、下記1.~5.の要領で開催された。


  1. 1.日 時:2020年9月28日(月)14時より15時30分まで
  2. 2.開催方法:オンライン形式(Zoomウェビナー)
  3. 3.テーマ:「新型コロナ危機と東南アジアの民主主義」
  4. 4.報告者:本名  純 立命館大学国際関係学部教授
  5. 5.出席者:13名
  6. 6.審議概要

本名純・立命館大学国際関係学部教授から、次のとおり基調報告があった。

(1)コロナ・ウイルス・パンデミックと非伝統的安全保障協力

この度のコロナ・ウイルス・パンデミックは、非伝統的安全保障協力の問題として捉えられている。非伝統的安全保障とは、敵対する国家による軍事的脅威に対する伝統的安全保障とは異なり、特に冷戦後に顕著になった非国家主体による非軍事的脅威、例えば麻薬カルテルやテロなどの脅威を所謂「安全保障化」して対応するという概念である。なかでも感染症が「安全保障化」されるようになったのは、9・11以降に生物兵器を利用したテロの懸念が高まってからであり、その後のSARS、MERS、鳥インフル等の拡大を通して、政策的な教訓が蓄積されて今日に至っている。では、その教訓とは何かというと、感染症のような共通の脅威に対しては、一国でなく共通で対処すること、つまり地域協力が最重要ということであった。そしてその地域協力を進めるには、それぞれの国家能力のある程度の標準化が必要である。具体的には、法的な整備、制度的整備の標準化であり、例えば、緊急時のクライシス・コミュニケーション、緊急医療体制、情報の集中化などであり、また、メディア、NGO、ボランティアなどをはじめとした複合的なステイクホルダーが関与できる体制整備などである。これらが制度として各国である程度共通レベルで整えられていなければ、地域としての共通対応、協力が難しくなってしまうのである。

こうした過去の蓄積を踏まえて、今回のパンデミックに対する東南アジアの地域協力の状況をみると、残念ながら不十分といわざるをえない。例えば、今般のコロナ危機のなか、ASEAN保健大臣会合が開催されたのは、感染拡大が深刻化してから3か月もたった4月7日である。これは、ASEANとしてコロナ危機に対する認識の共有や協力を後回にしている証拠といえよう。また、ASEANサミットも7月14日まで開催されず、その際の共同声明においても、感染リスクに対する域内の越境問題などをどうするかといった内容には触れられていない。如何にASEAN各国の指導者が、域内よりも域外パートナーとの二国間関係の方を重視しているのかということがはっきりしたといえよう。このようにASEANの中では、非伝統的安全保障分野に対する協力は求心力がなく、それはつまりASEAN Centralityの後退ということもいえよう。


(2)コロナ禍のASEANでみられた政治力学

こうしたなかで、各国で共通してみられたものとして、コロナ危機を過剰に安全保障化して、非常事態の名のもとに市民の自由を圧迫していくという対応がみられた。それらの例として、主に次の7ヵ国を上げていく。

(イ)シンガポールとベトナム

シンガポールとベトナムは、東南アジアで最もコロナ対策が評価されている国々である。シンガポールは、4月半ばに移民労働者が多くいる地域でクラスターが起こり、その対応について非人道的だと批判を受けることになった。こうしたなかで、シンガポールは報道やオンライン空間の規制を強め、昨年制定されていたPOFMAという反フェイクニュース法を利用して、独立系のメディアへの監視と規制を強化し、政府批判を抑圧した。その影響もあってか、7月の総選挙では与党のPAPが勝利している。ベトナムは、政府の発表する感染者の統計などに対して疑問を呈する団体をテロ組織として認定し、サイバーセキュリティ法を盾にFacebookやコロナ関連の集会の実施を抑制し、さらに4月に制定したフェイクニュース禁止法で、政府が恣意的に指定できる機密情報や発禁本などの公開を、ソーシャルメディアなどが行うことを規制した。

(ロ)フィリピンとカンボジア

フィリピンとカンボジアは、当初感染リスクを過小評価し、コロナに対する初動措置が遅かった。フィリピンでは、ドゥテルテ大統領がコロナを茶化すような発言を繰り返し、3月半ばに最初の感染者がでてから一気に感染拡大となり、4月半ばには人口一人当たりの死傷者数がASEANで最多になった。カンボジアでは、2月の初めにフンセン首相が中国を訪れて首脳会談を行うなど、中国との外交関係を重視してコロナ対策で遅れをとった。こうした両政府の対応の不備に対して国内から批判が噴出すると、両国政府とも強権的な対応をとって応じたのである。フィリピンでは、軍と警察を動員して都市封鎖、夜間外出禁止などを行い、非常事態宣言発出以降は軍などに発砲許可を与え、政府の命令に従わない人々への射殺を許可したのである。この恐怖政策の結果、多くの市民が逮捕され、その数は12万人といわれている。また、政府に批判的な大手の放送局に放送停止命令を出すなどもしている。カンボジアでは、フンセン首相のもと4月に非常事態法を国会で成立させ、SNSの通信傍受、メディの検閲などが行われている。またこうした対策によって逮捕者がでているが、それが野党の幹部などである点が注目されるところである。

(ハ)タイとミャンマー

タイとミャンマーでは、政軍関係に大きな変化がみられた。タイでは、プラユット政権が2014年に軍事クーデターで権力を掌握してから反政府勢力を弾圧してきているが、コロナ対策としてその弾圧を正当化している。特に、去年の総選挙で組織的に大きな不正が行われたと報道されているが、コロナ対策と称してそうした批判を抑えている。例えば、非常事態宣言を発出後に、「Covid-19 response center」を設置した。このセンターは、首相、軍、また首相の側近が独占的にコロナ対策の権限をもつ機関となり、恣意的に市民を罰するなどの行為が行われている。ミャンマーでは、当初アウンサン・スーチー国家顧問の「コロナ委員会」により対応されていたが、3月末に感染者がでると、軍が「コロナ対策タスクフォース」を設置して、対応の権限を掌握した。同タスクフォースのもとで、メディアへの検閲などオンライン統制を行い、すでに数百のニュースサイトがブロックされている、また、軍事政権時代を彷彿とさせる集会禁止令も出されている。さらに軍が少数民族武装組織への攻撃をエスカレートさせ、国連から強く非難される事態となっている。

(ニ)インドネシア

インドネシアは、コロナによる死者数が1万人を超えて東南アジアで最多となっているが、ロックダウンなどはせずに、ゆるい社会活動規制を行い、これまで挙げてきた国のような強権政策は行われていない。インドネシアでは、観光業などへのダメージを考慮してか初動対策が遅れ、3月末にようやくジョコ政権から非常事態宣言がされ、ステイホームを呼びかけ、学校の休校、宗教行事の中止などが要請されている。ただし、警察長官令として、政府批判を行う行為を犯罪化し、これまでの間、環境NGOの集まりが通信傍受されて開催を中止させられたり、資本主義を批判する文章をネット上に掲載した大学生が逮捕されるなど、サイバー監視が行われているところである。他に特異な現象として、与党が、雇用創出に関する法案の採択を強行し、さらにDV対応などジェンダー平等に向けた法案の採択を延期させるなど、パンデミックで市民による大規模な反対運動ができない状況を利用して、これまで国会で通せなかったような法案を次々と通すという「コロナ国会政治」とでも呼ぶようなことが行われている。


(3)まとめ

以上、ASEAN10ヵ国うち、7ヵ国の状況を述べた。これらの国家は、政治体制、文化、イデオロギーも多様であり、コロナの被害状況も異なる。ただ、どの国家の政権も、正しいコロナ情報を提供するという名目のもとに、メディアやソーシャルメディアの規制を正当化し、過剰に、市民の表現の自由を圧迫している。またその圧迫によって政治エリートによるフリーハンドを高め、今までできなかった政治アジェンダを断行している。このようなインセンティブが、各国共通でみられているのである。また、コロナウイルスとの闘いが、反政府勢力との闘いに転化されている側面があるともいえよう。これらの国では、コロナウイルスは、公衆衛生や人間の安全保障の問題ではなく、レジームセキュリティの問題になっている。ここに共通のパラダイムがみられている。

今後、こうした動きが一過性のもので終わるのか、どこかの段階でまた民主主義的な価値が見直されるようになっていくのか、あるいは不可逆的なものなのかを判断するのは時期尚早である。ただ、これらの国家の状況をみると、タイを除けば、民主主義を進めようとする原動力のようなものが弱体化してきているように見受けられる。こうなると、外部の要因が働かなければ、民主主義的な状況に戻ることは難しいかもしれない。本来であれば、民主主義を支援するはずの米国のトランプ政権は、そういった動きに関心を示していない。そのため、11月の米国大統領選挙がどうなるにせよ、日本がイニシアチブをもって米国を巻き込みつつ、日米協働にて民主的な価値を進めていく働きかけをしていくことが重要になるのではないか。

以上
文責:事務局