政策本会議

第84回政策本会議
「ポスト・コロナ時代のアジア経済連携」メモ

2020年9月15日
東アジア共同体評議会(CEAC)事務局

 

当評議会有識者議員の篠田邦彦政策研究大学院大学教授・参与を報告者に迎え、「ポスト・コロナ時代のアジア経済連携」と題して、下記1.~5.の要領で開催された。


  1. 1.日 時:2020年9月15日(火)14時より15時30分まで
  2. 2.開催方法:オンライン形式(ZOOMウェビナー)
  3. 3.テーマ:「ポスト・コロナ時代のアジア経済連携」
  4. 4.報告者:篠田邦彦政策研究大学院大学教授・参与
  5. 5.出席者:17名
  6. 6.審議概要

篠田邦彦政策研究大学院大学教授・参与から、次のとおり基調報告があった。

(1)世界秩序の揺らぎと米中貿易摩擦

最初に、コロナ禍以前の世界秩序を振り返りたい。2008年のリーマンショック以降、新興国を中心に世界経済が拡大していった。その牽引役となったのが、グローバリゼーションをもとにした財・サービス貿易の増加、世界規模で進展したデジタル化である。とくにデジタル化では、電子商取引をはじめ中国が抜きんでている。こうしたなか、新興国が成長し、先進国との格差が縮まってきている。特に中国の世界経済に占める割合は、1991年の1.7%から2018年に16%にまで拡大し、反対に先進国であるG7の同割合は、91年の66%から44%まで落ち込んでいる。またそれら先進国では、国内の所得格差が広がっている。中国は、「デジタル一帯一路」という構想のもと、デジタル経済・社会を国外にも拡大し、また今や世界の時価総額ランキングでもテンセントやアリババといった中国企業がトップ10に入り、AIスタートアップへの投資額でも中国が世界の48%を占めるようになっている。

このように中国の拡大が目立つなか、世界の多角的経済システムを支えてきたWTOは機能不全に陥っている。1948年に発足した前身のGATTが23ヵ国の加盟国数だったのに対して、WTOは発足時に123ヵ国、そして現在は164ヵ国と拡大し、コンセンサス方式による意思決定が困難になっている。今後WTOは、貿易自由化・貿易ルールの改善などの「交渉機能」、多国間の監視による保護主義的措置の抑止などの「監視・透明性機能」、WTO紛争解決手続きによる貿易紛争の司法的解決などの「紛争解決機能」の改善が必要であろう。

また、2018年より深刻化した米中対立の深まりも、こうした機能不全を深刻化させている。中国は、2017年の党大会で、2049年の建国100周年までに「社会主義現代化強国」となると打ち出し、米国から経済面だけでなく安全保障面での警戒を受けはじめていた。こうした警戒感から米国は、中国による強制技術移転、先端技術取得等を問題視し、通商法301条を中国に適用し、以来、米中双方から関税を引き上げるなどの対立が続いている。米中の対立は、もはや通商の争いではなく、技術覇権をめぐる争いになっているのである。今後も米中貿易協議は継続されるだろうが、このまま対立が長引けば、経済圏の二分化が進み、国際社会におけるデカップリングに陥るかもしれない。トランプ政権は、貿易赤字を問題視して一方的に関税を引き上げ、多国間や地域間よりも二国間のディールを志向し、さらに安全保障と通商の課題を一体化して投資の恣意的誘導をすすめる、といった米国第一主義、保護主義的な政策をとっており、こうした対立に拍車をかけている。

米中対立は、日本が深く組み込まれているサプライチェーンに大きな影響を与えており、一部の日本企業は最近、労働集約的な製品や北米向けの輸出品の生産拠点を中国からASEAN、南アジアに移転するなどの措置をとっているところである。では今後日本は、どのような立ち位置を目指すべきであろうか。もともと日本は、米中にとって世界最大の付加価値貿易相手国であり、米中の投資残高においても世界最大の国である。そのため日本は、米中の間にたって貿易・投資を拡大し、またルールを基軸とした橋渡しの役割を担うことができるのではないか。また、WTO改革などの通商分野、投資管理・技術管理などの技術分野、信頼に基づくデータフリーフローなどのデジタル分野、質高インフラ原則などのインフラ分野で、国際ルール形成を基軸に、世界各国との協力を通じて対話を強化し、国際ルールの遵守、ルールづくりへの参画を慫慂していくべきであろう。


(2)東アジア広域経済圏の模索

日本は、今後アジアでどのような広域経済圏を構築していくべきであろうか。そのキーワードとなるのが「自由で開かれたインド太平洋」である。この概念自体は、インドを中心とした南アジア及びアフリカの経済成長が顕著となり、こうした地域に東アジアからサプライチェーンを拡大していくことが求められていること、また中国が台頭し、「一帯一路」構想なども打ち出すようになっているなかで、とくにシーレーンをはじめ安全保障面での対応をする必要に迫られていることから、安倍首相が2016年のTICADで、「法の支配、航行の自由、自由貿易等の普及・定着」、「経済的繁栄の追求」、「平和と安定の確保」、の3つの柱からなる構想として打ち出したものである。この「自由で開かれたインド太平洋」構想は、実質的に、中国の「一帯一路」構想の代替案を各国に示す側面をもつものである。2013年に打ち出された「一帯一路」構想では、2017年および2019年の2回にわたり北京で「一帯一路国際協力ハイレベルフォーラム」が開催されている。興味深いのは第2回の同会議において、「普遍的な国際ルール」の重要性を強調するなど、中国が国際スタンダードを受け入れるスタンスを示したことである。このことは、米中対立、またそれまで親中であった欧州からも特に安全保障面で懸念を持たれていることが影響しているのだろう。

次に、「自由で開かれたインド太平洋構想」について、各国はどのような反応を示しているのであろうか。まずASEANでは、昨年の首脳会議においてASEAN版のインド太平洋構想である「ASEANアウトルック」(AOIP)を採択した。同構想は、海洋協力、コネクティビティ、SDGs、その他経済分野の協力を進めようとするものであり、昨年の東アジア首脳会議で、ほかの各国からも賛同をえている。次に、日本のほか、米国、豪州、インドで構成されるQUADのそれぞれの国においても、内容の違いはあるがインド太平洋構想を打ち出している。今後は、このインド太平洋構想を欧州、カナダ、ニュージーランドなどの諸国にも協力を広げていくことが重要であろう。また将来的には、共通の国際ルールの下で、ロシア、中国も含めた広域経済圏の可能性を探ることも重要であろう。


(3)年内署名を目指すRCEP

RCEPは、ASEAN+6による地域包括的経済連携として2013年から交渉が開始され、約7年がたち、インドの離脱の動きがあるものの、本年中の交渉妥結が目指されている。RCEPは、日本にとっては中国や韓国、中国にとっては日本やインド、インドにとっては中国、オーストラリア、ニュージーランドなど、16ヵ国のなかでFTAを締結できていない国々同士を結ぶことができ、かつ既存のASEAN+1FTAの強化にもつながるものである。特にルール分野では、東アジア地域で経済のサービス化やデジタル化が進展しているなかで、RCEPによって電子商取引や知的財産などにおける高いルールづくりができることは大きな利益となる。

長い交渉を経て、2019年11月時点のRCEP首脳会議の時点で、20分野でほぼ交渉が完了したが、インドが首脳レベルで離脱の意思を伝え、その後の記者会見などで、インドの商工大臣からはRCEPがもはや中印FTAになってしまっているとの批判が述べられた。インドの状況をみると、対中国の大幅な貿易赤字があり、RCEPに対する農村・低所得者による反対があり、またモディ政権による「メイク・イン・インディア」政策がうまくいかず、関税引き上げによる保護主義的な政策をとっていること、さらにコロナ・ウイルス拡大の影響で中国との経済・貿易が政治問題化していること、などRCEPの参加を阻む国内問題を抱えていることは確かである。インドからは、原産地規制の厳格化と税率差ルールの適用、中国等を対象とした自動発動セーフガードメカニズムなどがRCEP加盟の要求事項として挙げられているが、実際それらが満たされたとしても、インドがRCEPに戻ってくるかどうかはわからない。加えて、インドはRCEP加盟国の複数の国との間で、まだ二国間の市場アクセスの交渉を残している。コロナ禍によってRCEP早期署名の重要性は高まっているが、本年6月と8月に開催されたRCEP閣僚会合の結果をみると、11月の首脳会議においてRCEPがインド抜きの15ヵ国で締結されることになるリスクは高い。ただ、すでに閣僚会議においても表明されているように、RCEPは今後もインドの参加に関しては開かれたものになっていくだろう。日本にとって、インドのRCEP参加は、「自由で開かれたインド太平洋」の実現に寄与し、インド太平洋地域の自由貿易推進の柱となるものであり、ASEANや北東アジアとインドのサプライチェーンの拡大・強化においても極めて重要である。

以上のRCEPのほか、日本はすでにAJCEPの改定を進め、また、RCEPからさらに高い付加価値を目指す日中韓FTA交渉を進めていくことになる。またCPTTPにおいて、タイや英国など、より多くの国の参加も目指していくことになるだろう。


(4)コロナショック後の東アジア協力の可能性

この度のコロナ・ウイルス・パンデミックは、局地的でなく全世界的に、サプライチェーンの寸断による「供給ショック」、消費サービスなどの停止による「需要ショック」、そしてそれらによって所得・雇用が急減する「所得・雇用ショック」をもたらし、経済悪化のさらなる連鎖をもたらしている。今年6月時点のIMFによる今後の世界経済の成長予測は、4月時点の予測をさらに下方修正して前年比マイナス4.9%と大恐慌以来の悪化を予測している。これまで世界経済の発展の原動力であったグローバリゼーションによるヒト・モノ・カネ・データの移動が、物理的な移動の制約を受けて、今後はデジタルの進化によってそうした移動を担っていくことになるかもしれない。こうしたなかで、中国は「健康シルクロード」などをスローガンに、マスクや医療物資などを提供する積極的な対外支援を行っている。その一方で米国は、一国主義に陥り、WHOへの資金拠出の停止など国際枠組みからも離れている。こうしたなかで、世界は国際協調を更に強化していかなくてはならず、日本の役割は大きくなるだろう。日本は、コロナ危機を踏まえ、あるべき経済社会の方向性(=「新常態」)を見定めた上で、リスク・シナリオの顕在化を回避するため、求められる政策効果の時間軸に応じた、具体的な政策対応を考えていく必要があるだろう。

日本は、ASEAN諸国に対しては、本年4月のAPT特別首脳テレビ会議にて、ASEAN感染症センターの設立に向けた全面的な支援や、JAIFを通じた約55億円の新規拠出の決定を行っている。その後も、7月の日ASEAN経済大臣特別会合にて、50を超えるプロジェクトを盛り込んだ「日ASEAN経済強靭化アクションプラン」が発出され、さらに「イノベーティブ&サステイナブル成長対話」の創設なども合意された。他に、APTや日メコンなどのそれぞれの枠組みにおいても各種の協力が進められている。

以上
文責:事務局