政策本会議

第79回政策本会議
「東アジアにおける日米中関係の行方」メモ

2018年7月13日
東アジア共同体評議会事務局


秋田浩之日本経済新聞コメンテーター

 

昨年11月12~14日、当評議会有識者議員の秋田浩之日本経済新聞コメンテーターを報告者に迎え、「東アジアにおける日米中関係の行方」と題して、下記1.~6.の要領で開催された。


  1. 1.日 時:2018年7月13日(金)午後2時より午後4時まで
  2. 2.場 所:日本国際フォーラム会議室
  3. 3.テーマ:「東アジアにおける日米中関係の行方」
  4. 4.報告者:秋田 浩之  日本経済新聞コメンテーター
  5. 5.出席者:21名
  6. 6.審議概要

(1)冒頭、秋田浩之日本経済新聞コメンテーターから、次のとおり基調報告があった。

(イ)米朝交渉の現状

さる6月12日に米朝首脳会談が開催されたが、これら米朝交渉の現状と見通しについての分析を述べたい。最初に結論を述べると、北朝鮮の問題は米中の戦略問題である。つまり米中間の問題が深まるほど、北朝鮮問題は解決が困難になるだろう。

米朝首脳会談以降の北朝鮮の動向は、トランプ政権側から出てくる情報とは逆行している。トランプ大統領は、「北朝鮮とは良好な話し合いを重ねている。順調だ」と発言し、ポンペオ国務長官は、7月の訪朝後の記者会見で「重要なすべての分野で進展があった」と述べた。しかし、米メディアのNBCなどが報じたところによると、北朝鮮は複数の核施設で核兵器を増産中で、弾道ミサイル発射車両などの生産も続いているとのことである。ポンペオ国務長官は、一連の訪朝において、北朝鮮に対して次の5項目について解決することを示したいわれている。一つ目は核、二つ目は生物・化学兵器、三つ目はミサイル、四つ目は米国による北朝鮮の体制保障、五つ目は拉致を含む人道問題である。しかし、これらに対する北朝鮮側の返答は「認識はしている」といった曖昧な返答だったようである。米朝首脳会談では、朝鮮戦争の「終戦宣言」に関する協議も行われたが、会談以降、現時点までそのための実務者協議は行われていない。

他方でこの間、金正恩朝鮮労働党委員長は3回も訪中を行っている。あきらからに金正恩委員長は、米朝首脳会談の手前から中国と歩調を合わせて、米国との協議に後ろ向きになっているのである。中国側の動きを注視すると、非核化を先送りし、米朝の接近に歯止めをかけようとしている。中国も非核化を目指していることは間違いないであろうが、それが米朝のペースで進むことを恐れているのだ。

以上の次第で、米朝間の協議が進展しているというトランプ政権側の主張は、ほとんど事実とは異なっていることがわかる、つまり半分はハッタリなのである。では、なぜトランプ政権はこうしたハッタリを主張しているのか。一つは、中間選挙に向けて、外交上の成果を出さなければならないということがあるだろう。もう一つは、トランプ政権内の3つの派閥のせめぎあいが影響しているものとみられる。派閥の一つ目は、ボルトン国家安全保障問題担当大統領補佐官を中心とする強硬派のグループであり、北朝鮮にレジーム・チェンジをさせることを画策している。さる6月の首脳会談が一端延期されたのも、この派閥のトランプ大統領への働きかけによるとされている。派閥の二つ目は、ポンペオ国務長官をはじめとする現政権の主流派グループであり、北朝鮮のCVID(完全なる非核核)の履行を諦めておらず、このまま交渉を続けることで問題を解決しようとしてる。派閥の三つ目は、スティーブン・ミラー大統領上級顧問などのトランプ大統領の政治参謀を務めているグループであり、ともかくトランプ政権の生き残りが重要であり、どんな形でも中間選挙に向けた成果を生み出そうとしようとしている。以上の3つの派閥の政策を、トランプ大統領は適宜採用しつつ政権を運営しており、それぞれの成果を打ち出すために、米朝交渉が進展しているとの発言を行っているものとみられる。なお、トランプ政権では、基本的にポンペオ国務副長の第2の派閥の政策を主に採用している。


(ロ)米朝交渉の見通し

以上のように、トランプ政権の北朝鮮に対する発言はハッタリが多いのであるが、そのうちの半分は本気で発言しているものとみられる。なぜなら、トランプ政権における対中戦略という点では、成功しているからである。というのもトランプ大統領は、これまで米国の対北朝鮮政策がうまくいかなかったのは、米国が中国に依存していたためであると考えているからである。そして、中国に依存しつつ対北朝鮮政策を進めてきたことで、結果的に中国に借りをつくることになり、現在進めようとしている対中貿易戦争を進める足かせになっていたと考えているからである。つまり、今回の一連の米朝首脳会談の動きによって、米国の対北朝鮮政策における中国の影響を減少させ、その分米国の対中政策をより強硬にすることができるようになり、これが大きな成果と判断しているからである。実際トランプ大統領は、米朝首脳会談以前に、中国に対して、中国が通商面でどれだけ良い条件を米国から得られるかは中国が北朝鮮問題にどれだけ協力するかにかかっている、との旨の発言をしており、中国に対して対北朝鮮政策と通商問題をリンクさせていることがわかる。そして、米朝首脳会談の開催によって米朝間の直接の関係が構築された後、わずか5日後にトランプ政権は中国に対して500憶ドルの関税をかけることを発表し、現在は2000憶ドルの税率引き上げの検討まで発表されているのである。

では、以上のような米朝の接近に対して、中国はどのように対応したのか。米朝首脳会談前後に3回の金正恩委員長の訪朝が行われているが、特に2回目の訪朝の際に、中朝両国の間で、重要な戦略にかかわることは互いに事前に通知することが確認された。このことは、中国が北朝鮮に対して、米朝の関係を進展させるような場合は北朝鮮が中国に事前に相談をしなければならいという釘を刺したということがわかる。このことによって、中国にとっては米朝の接近が、地政学的な恐怖を及ぼすものであるということが推測できる。歴史的に、朝鮮半島を侵略してきたのは米国ではなく中国であり、今後北朝鮮が中国ではなく米国を頼みとするような関係が成立しないとは限らない。中国では、非核化の代わりに、米国が北朝鮮との関係を正常化し、平壌に米国大使館が設置されるようなシナリオは避けたいのであろう。以上の次第から、北朝鮮の問題は、米中関係の対立の結果ではなく、原因として起こっているのである。


(ハ)米朝関係の見通し

ではこうした米中関係は、今後どうなっていくのか。現在の米中貿易戦争には2つの側面がある。米国による中国への鉄鋼、アルミなどに関する関税強化は、単なる貿易赤字の解消や中間選挙に向けたアピールであり、大きな問題ではない。問題は、知的財産の侵害に対する貿易戦争である。知的財産の問題は、米国にとって国家安全保障問題なのである。例えばAIやデジタルの発展は、今後の軍事力の在り方を大きく変化させるものであり、この新技術で中国に先んじられることは米国にとって憂慮すべき事態だからである。トランプ政権になって打ち出されたインド太平洋戦略は、各種の政策文書などから推察すると、これまでのリバランス政策にとって代わる新たな戦略となっていくようである。そもそも米国と中国のDNAという観点では、ひたすら拡大する米国と、周辺を敵で囲まれていたために広大な地域を囲いこむ中国という違いがある。これらの違いから、米中の対立は必然なのかもしれない。

このように米国の対中政策は、今後も強硬なものとなっていくものとみられる。日本にとっては、これらの状況は一時的には追い風になるだろう。中国側からの対日改善の動きは拡大するであろうし、実際、日中間の緊急メカニズムの急な合意などがなされている。ただし、中長期的には、米国側にくすぶる日本の同盟の「軽乗り論」などが浮上することも考えられ、日本の防衛路線に大きな影響を及ぼすかもしれない。


(2)その後、出席議員と秋田コメンテーターとの間で質疑応答を行ったが、注目すべき点のみ追記する。

((イ)AIとデジタルの技術によって、簡単に空母などを壊滅させることができるようになるかもしれない。つまり、これまでの軍事バランスを大きく変動させる可能性をもっており、米国はこの能力で中国に抜かされたくないのだろう。

(ロ)中国は、一帯一路戦略に加え、「運命共同体」の概念まで待ちだすようになってきた。つまり、一帯一路を進めることで、各地に中国ルールの拠点を構築し、それを「運命共同体」の概念によって補完しようということである。そのため、これらの中国の動きは新たな国際秩序を構築しようとの世界戦略であり、そこに如何に対応するかが求められている。

以上
文責:事務局