政策本会議

第77回政策本会議
「北東アジアにおける安全保障メカニズムの動向」メモ

2017年12月5日
東アジア共同体評議会事務局


伊藤 剛 日本国際フォーラム研究主幹 / 明治大学教授

 

第77回政策本会議は、当評議会有識者議員の伊藤剛日本国際フォーラム研究主幹・明治大学教授を報告者に迎え、「北東アジアにおける安全保障メカニズムの動向」と題して、下記の要領で開催された。その概要は次のとおりであった。


  1. 1.日 時:2017年12月5日(火)午後1時より午後3時まで
  2. 2.場 所:日本国際フォーラム会議室
  3. 3.テーマ:「北東アジアにおける安全保障メカニズムの動向」
  4. 4.報告者:伊藤 剛 日本国際フォーラム研究主幹 / 明治大学教授
  5. 5.出席者:15名
  6. 6.審議概要

(1)冒頭、伊藤剛研究主幹から、次のとおり基調報告があった。

(イ)北東アジアの不安定化要因に対する認識の違い
 北東アジアは、安全保障上の様々な課題を抱えており、地域を不安定化させている要因について、各国で共通の認識を持つことすら出来ていない。日本にとっては、当然ながら北朝鮮による一連のミサイル・核開発、中国による力を背景にした海洋進出などが地域を不安定化させている要因ととらえている。しかし北朝鮮にとっては、ミサイル・核開発は自国の安全保障を追求する行為であり、むしろ自国に圧力をかける米国などを不安定化要因としている。中国にとっては、ハワイやフォークランドなど、本国から遠く離れたところに領土を持ちながら、中国の海洋進出は押さ込もうとする欧米の行為を不安定化要因としている。このように、北東アジアにおいては、各国が互いに、地域の不安定化の要因を他国の責任になすりつけようとする状況がつづいている。
 また同時に、問題をもつ当事国同士で同じ認識をもつことも困難になっている。例えば、中国は一帯一路による海洋進出において、そのルートに位置する国々に多額の資金投入を行っているわけであるが、それを自国の発展のために歓迎する国もあれば、自国への侵略の手段として警戒する国もあるからである。

(ロ)北東アジアの安全保障メカニズムとは
 ではこのような中で、現在の北東アジアの安全保障メカニズムはどのようになっているのか。北東アジアにおいては、中国と台湾および北朝鮮と韓国の分断など、冷戦時代の影響が未だに残っているようにみえる。しかし実際のところは、米国が圧倒的な軍事力および経済力をもち、そしてそれらを背景に米国主導の秩序を形成している。ただし、こうしたいわゆる「米国の覇権」による安全保障メカニズムは万全ではない。例えば、日本は米国が主導する戦争に「巻き込まれる」懸念があるが、韓国は北朝鮮の脅威に対して米国から「見捨てられる」懸念があり、同じ米国の同盟国であっても置かれている状況は異なる。そのため結局のところ、それぞれの国が同盟を利用しながら、自国の安全保障の強化に進まなくてはならないという状況にある。しかし、それを過度に進めてしまえば、他国に脅威を与え、他国も安全保障の強化に進み、結果地域を更に不安定にするというジレンマに陥ってしまう懸念がある。
 そのため北東アジアにおいては、地域主義を強化し、この地域の信頼醸成を高めることが必要になるだろう。しかし、ここにも課題が存在する。北東アジアを含む東アジアにおいては、経済的相互依存が進み、人やモノの移動に対する規制が殆ど撤廃されており、機能的な協力が進展している。ASEAN+3などの制度は、こうした機能的協力が進んだ結果として形成されてきた。ただ、このように東アジアの地域主義が、経済的相互依存という事実の後追いで制度が形成されているため、一旦政治的対立が起これば、今度はその政治的事実によって制度も地域主義も停止してしまうという問題を抱えているのである。
 そもそも地域の制度や枠組みが成り立つには、(a)参加国のフリーライドが小さいこと、(b)維持コストが小さいこと、(c)参加国が、二国間よりも多国間の枠組みに入っていることにメリットを認識できること、が重要である。この観点から、現在の北東アジアの地域制度や枠組み、特に六者会合、日中韓の枠組み、中国の地域主義への関与をみると、どれもそれらの要素を満たしてはいない。六者会合は「対話を継続する」ということ以外は参加国間で何も合意することができなかった。日中韓サミットなどの日中韓の枠組みは、韓国が、フリーライドになることは避けたいが、かといって日中の間でうもれてしまうのも避けたいがために、極端にバランサーの役割を果たそうとし、結果物事があまり進展していない。中国は、かつてと異なり現在は地域の制度や枠組みに積極的に参加しているが、これは自国の主張をその中で通すことが可能となる力をつけているから参加しているのであり、今後どの程度地域主義の進展に貢献していくつもりなのかは不透明である。

(ハ)北東アジアの安全保障メカニズム構築に向けて
 以上のような状況を踏まえると、現状、北東アジアの安全保障メカニズムを担える最も重要なアクターは米国ということになるだろう。ただし、その米国の動きにも陰りがみえている。これまで米国の対アジアコミットメントの基本は、「戦略的あいまい性」であり、例えば対立する中国および台湾の両者にそれぞれ何らかのコミッメントを行い、結果両者の動きを抑止するという政策をとってきた。しかし、次第にそれが通用しなくなり、さらにトランプ政権の誕生で先行き不透明にもなっている。
 それでは、今後の北東アジアの安全保障メカニズム構築に向けて、何が必要となるのか。何よりも重要なことは、まずこの地域における脅威を出来るだけ取り除き、メカニズムを構築していくことである。そしてそのメカニズムの構築には、ある程度、秩序を維持するために国家間の不平等さを許容することを認めなければならないだろう。結局のところ、すべての国家が満足できるメカニズムというものは存在しないのである。中国が、現状のように過去に失ったとされる利権や過去の他の国家の行動と比べて自国の行動に正当性を求めても、それを他の国は許容できない。EUでは、海洋問題の規制において、欧州法に当たるリスボン条約を国連海洋法条約よりも優先させることがある。このように、地域の取り決めを何としても遵守する姿勢が、北東アジアには必要であろう。そして同時に、トラック1による対話だけではこのようの環境整備は進まないことが予想されるため、日中韓三国協力所連合(NTCT)等のトラック2も併用しながら、この地域の脅威の削減とメカニズム構築に向かうことが重要となるだろう。

(2)その後、出席議員と伊藤研究主幹の間で質疑応答を行ったが、注目すべき点のみ追記する。

(イ)日本には、もはや自国で安全保障を強化していくだけの資金がなくなっている。貯蓄は国債でブロックされ、外債を出さなくてはならない状況にある。また、イノベーションが求められているが、産業革命以来の世界的改革であるAIについて行くことができていない。こうした現状を踏まえて、日本が進むべき政策を打ち出していくべきであろう。
(ロ)北朝鮮の脅威が増大する中で、今後局地的な紛争状態などにも発展する可能性がないとはいえない。そうした中で安全保障メカニズムの構築は益々重要となるだろう。

以上
文責:事務局