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2018-04-04 07:58

(連載2)中朝首脳会談の衝撃と金正恩の揺さぶり

斎藤 直樹  山梨県立大学教授
 これと並行する形で米朝対立が日々深まる中で習近平指導部はメディアを通じ中国の基本的立場を明らかにすると共に、米朝対立から一線を画する姿勢を堅持しようとした。朝鮮半島において米朝間で軍事衝突が勃発するといった事態が起きようとも中立の姿勢を中国は堅持すること、かりに米国が北朝鮮の核・ミサイル関連施設への空爆を断行することがあるとしても中国は黙認する用意がある一方、米軍が南北を分ける軍事境界線を突破、北進する場合、米軍の北進を座視することなく中国人民解放軍は軍事介入に踏み切るなどを中国共産党系メディアの『環球時報』を通じ事ある度に習近平指導部は発信してきた。これに対し金正恩指導部は北朝鮮国営メディアの『朝鮮中央通信』を通じ習近平指導部の姿勢を批判した。この間に『環球時報』と『朝鮮中央通信』の間で繰り広げられた論争はかつての「中ソ論争」ならぬ「中朝論争」を連想させるほどであった。その後、国連安保理事会での対北朝鮮経済制裁を巡る審議において石油の全面供給禁止が米中間での論点となった。トランプが石油の全面供給禁止を習近平に要求すると、習近平は猛反発に転じた。
 
 これに対しトランプが中国にセカンダリー・ボイコットを突き付けるに至り、習近平はトランプに同調する格好で決議採択の支持に回った。しかも中国はこれまでと違い決議の履行に協力するようになった。2017年の終りまでに対北朝鮮経済制裁が実効性を持つに至ったと考えられるのは習近平指導部が制裁の履行に前向きになったことが大である。これが対米核攻撃能力の獲得に向けて狂奔を続けていた金正恩指導部の目論見を狂わした重要な事由であったと推察される。金正恩が2018年元旦に急遽、戦術転換を図り平和攻勢に打って出た背景には経済制裁が殊の外効果を発揮し始めたことがあろう。とは言え、金正恩指導部が急に非核化への取組みに言及したことは習近平としても歓迎せざるをえなかった。金正恩が非核化への取組みを唱える以上、習近平は評価せざるを得ない。朝鮮半島の平和と安定は中国にとって極めて重要な戦略上の利害であり、朝鮮半島情勢が劇的に変化することを習近平指導部は望まない。習近平は金正恩の首脳会談の申し出を快諾した。3月26日の中朝首脳会談において習近平と金正恩は「漸進的・同時的措置(progressive and synchronous measures)」に合意したとされる。

 これは金正恩の持論である段階的かつ同時並行的な非核化の取組みに習近平が同調したことを意味する。非核化への取組みについて習近平の理解を得てトランプに相対したい金正恩は、米朝首脳会談において一方的にトランプに押し切られないがために後ろ盾を得た気分であろう。中国が朝鮮半島情勢で久々に存在感を表し始めたことで非核化は複雑な様相を呈し始めてきた。これに対し、トランプがどのように動くかが注目される。既述の通り、20188年元旦に机の上には「核のボタン」が置かれていると吹聴した金正恩が習近平を前にして3月26日、「祖父の金日成主席と父の金正日総書記の遺訓に基づき、朝鮮半島非核化の実現に力を注ぐのは我々の終始一貫した立場」であると言明した。舌の根の乾かぬうちに非核化について申し出るところも祖父と父譲りである。金正恩の言う非核化への取組みについては関係国は皆、半信半疑であろうとは言え、金正恩本人が非核化を口にする以上、表向き上、否定はできない。結局、米朝首脳会談において非核化への取組みを巡り米朝が鋭く対立する際、どうなるのか。

 金正恩が習近平に接近したい最大の動機は非核化への取組みについて同意を習近平から得ることにより米朝首脳会談が決裂した際の対抗基盤を確保することにある。もし首脳会談が決裂するようなことがあればトランプの強硬姿勢のためであると断じ、習近平を味方につけ対北朝鮮経済制裁網から中国を金正恩は離脱させたいところであろう。これに対し、トランプはどのように対処するであろうか。金正恩が対話路線に戦術転換を図ったのも経済制裁が次第に効き始めていることの裏返しである。中国が経済制裁網から離脱するようなことがあれば、経済制裁は遅かれ早かれ実効性を失ってしまう。したがって、米中間で非核化の取組みへの相違があるとしても、経済制裁の堅持への理解を習近平から引き続いて得る必要がトランプにあろう。もしも中国が制裁の履行を緩和するようなことがあれば、対北朝鮮経済制裁網は崩れかねないからである。したがって、トランプは最大限の圧力を堅持しながら金正恩に非核化への取組みを確実に履行させる必要があろう。もし金正恩が真摯に非核化に応じることがないことが確認されれば、これまでに増して厳格な経済制裁に打って出て体制を瓦解に追い込むこともトランプは辞さないのではなかろうか。(おわり)
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