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2006-07-21 22:43
不可逆的な東アジア地域統合の流れ
上辻 宏
大学院生
日中・日韓の関係が冷却化し、東アジアでの地域統合について悲観論が広がっている。今後何十年もかかる将来の課題だという意見や、地域統合の深化は日本の中華経済圏への組み込みであり、日本の国益に反するという中国脅威論も台頭している。しかし、東アジアでの地域統合の流れは不可逆的な流れであり、東アジア共同体の成立の成否を論じたり、その構成国を論じたりする前に、いかにボーダレス化の進む東アジアにおいて日本がリーダーシップを発揮し、参加していくか議論することがもっとも重要であると考える。ここではなぜ、地域統合が不可逆的なものかまとめたい。
まず初めに、東アジア内での投資・貿易のネットワークの形成が挙げられる。日本の戦後賠償、ODA、プラザ合意以降の日本の東アジアへの直接投資が貿易・投資のネットワークを形成した。このネットワークの形成過程で東南アジア諸国は雁行的な経済発展を遂げ、NICsと呼ばれるようになった。この『アジアの奇跡』と呼ばれる経済発展はインドシナ諸国や中国に輸出指向型経済発展へのモチベーションを与え、ネットワークをさらに拡大した。さらに、投資・貿易のネットワークがヒトや文化の交流を促し、地域内での文化的一体感を強化している。カラオケはすでに地域の共通語であり、日本のアニメ・ポップカルチャーに対する人気も高い。最後に域内諸国を覆う技術・知識の流れがあることを挙げたい。域内諸国が経済成長を進める上で、日本からの投資を受け入れるとともに、技術・知識支援をも必要とした。このようにカネ・モノ・ヒトさらに文化・知識の分野で相互依存が進み、その流れが政治や制度の変革を求め続けるだろう。相互依存は豊かになりたい、幸せになりたいという欲求から生じているため不可逆的である。
上記のボーダレス化を前提条件として、アジアの人々の考え方を根本的に変えたのがアジア通貨危機だった。通貨下落に伴う経済危機や政治危機、そしてIMFやアメリカといったグローバルなものに対する不信感の増大は「自分たちを助けるのは自分たちしかいない」とか、「真に頼れるのは隣人だ」、という考えを東アジア域内で生み出した。東アジアを覆う「私たち」という意識が形成されたのだ。アジア通貨危機直後の緊急援助は必要に駆られての行動であったが、アジア通貨危機による経済危機を諸国が脱した後もチェンマイ・イニシアティヴやアジア債券市場構想といった制度化が続くのは東アジア諸国のアイデンティティの変化の影響が大きい。イタリアの思想家グラムシによるとオーガニック・クライシスのとき、古いアイデンティティが捨てられ、新しいアイデンティティが生まれるという。東アジア諸国にとってアジア通貨危機がオーガニック・クライシスだったといえる。
たしかに、日中・日韓関係の冷却ぶりをもって、アジアの中で「私たち」という考えが生じているとは考えられないという意見もある。今後も日本人はアジア人である前に日本人であるだろうし、国民国家建設中の中国・韓国ではなおさらそうだろう。しかしながら、どの人間集団も複数のアイデンティティを保持しており、時により強調されるアイデンティティが変化する。たとえば現代日本の場合、民主主義国家であり、OECDのメンバーであり、アメリカの同盟国であり、またアジアの国である。平和国家であるというアイデンティティも大きい。アジア通貨危機後の域内協力を通じて日本の内部でアジアとしてのアイデンティティが強まった、そして現在はそのゆれ戻しが起こっているのではないか、と考えられる。おりしも、アメリカが防衛力の世界的再配置を行っており、アメリカに撤退されては困る日本が周辺国との緊張関係を演出している可能性が高い。内部でアイデンティティの葛藤が起こっているのではないかと考える。
貿易・投資のネットワークは効率化向上のために、国境をさらに低くするよう要求してくるだろう。また、隣国の文化への憧れは国境を越えて移動するヒトの動きを加速するだろう。このカネ・モノ・ヒトさらに文化・知識の分野でのボーダレス化はアジア通貨危機を契機とする人々の認識の変化に後押しされ、さらに域内での統合を加速するであろう。地域統合は不可逆であり、日本は地域統合のひとつの最終形である東アジア共同体の成否を検討する前に、地域統合というチャンスをいかに生かすか検討すべきである。
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