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2008-09-26 19:09

(連載)食品衛生問題と東アジア地域協力(2)

佐藤考一  桜美林大学教授
 食品衛生問題についても、既にASEANと中国は、2007年11月のASEAN中国首脳会議の際に「衛生と植物衛生に関するASEANと中国の覚書」を取り交わしており、各国のコンタクト・ポイントの設立や、少なくとも2年に1回の関係閣僚会議の開催などが決められている。ASEANを中心にしたこのような会議外交のインフラを拡充する形で、日本や韓国も含めた東アジア大の食品衛生協力が始まることを期待したいが、実はここに大きな障害が横たわっている。中国とASEANが取り交わしたこの覚書をよく読むと、他国からもたらされる情報や文書の秘匿性を維持すること、国家安全保障、公共の秩序、あるいは公衆衛生などのために覚書の内容の履行を、外交チャンネルを通じた通知によって、一時的に停止できること、などの留保が付されているのである。2007年も食品衛生問題を起こしたのは中国であるから、この文言の背景に中国政府の意思があることは明らかである。中国は、2003年のSARSの問題の時も、WHOとの協力に消極的で、なかなか情報の提供や視察に応じなかった。その理由は何か。
 
 国際社会で、自国政府の面子を失いたくない、というのもその理由の1つであろうが、もっと大きな理由は、中国国内での政府の不作為あるいは管理能力の低さを、国民に知られ、それが政府批判を呼び、「社会の安定と団結」を損なうことへの恐れであろう。オリンピック前にチベットや新疆で生じた各種の暴動事件や四川大地震への中国政府の必死の対応を見れば、それは明らかである。2007年8月に中国政府が発表した「中国の食品の品質と安全性」に関する白書を見ると、2006年1年だけで中国政府の摘発を受けた、梱包や表示・商標の不正に関する食品事件は45,000件、非食品原料を使った偽物・不良品に関する食品事件は49,000件ある。海外で問題になったのは氷山の一角なのである。これからさらに、多数の食品衛生問題が暴露されることになれば、胡錦濤国家主席の政府は、李長江局長の更迭だけではすまされなくなると考えているのである。
 
 こうした状況の下で、一部の日本のマスコミのように感情にかられて中国叩きをするのは簡単である。だが、食品衛生問題解決の基礎になる情報を握っているのは中国共産党政府だし、彼らが倒されて、効率的な代替政権が直ぐに現れる事を、今の中国に期待するのは無理である(さらに言えば、共産党の一党独裁の体制である以上、平穏な政権交代は期待できない)。東アジア地域協力の推進者である日本政府には、ASEANの会議外交の成果であるコンタクト・ポイントの設定などのアイディアを取り入れつつ、中国政府の情報提供を促し、かつ中国国内の混乱の拡大を避けるような形で問題を収拾し、軟着陸させることを支援する必要がある。そのための東アジア大の外交努力が求められる。麻生政権は最初から難しい宿題を負わされてしまったのである。 

 しかし、自由貿易協定(FTA)のような華やかな夢のある協力でない代わり、これによって中国側と日本側の官庁間の地道な機能協力のパイプが出来れば、将来また靖国問題のような感情的な政治家同士の摩擦が起こった際は、摩擦の緩衝装置として働く可能性もある。また、これまでの東アジアでの非伝統的安全保障問題における地域協力を振り返ると、海賊情報共有センターの活動については伊藤嘉章事務局長と松本孝典事務局長補、SARSの封じ込めにはWHOの尾身茂西太平洋地域事務局長(2003年当時)といった日本人専門家の活躍も目立っている。食品衛生問題についても、日本政府は優秀な人材を活かして、是非、外交と技術力で東アジア地域協力における存在感を示してもらいたい。(おわり)
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