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2008-06-05 00:08

「自衛隊機中国派遣」騒動の舞台裏を知りたい

大江志伸  江戸川大学教授・読売新聞論説委員会特約嘱託
 中国・四川大地震の災害支援のため、日本政府が検討していた航空自衛隊C130輸送機の中国派遣が見送られた。実現すれば、旧日本軍に国土を蹂躙(じゅうりん)された中国に、自衛隊の部隊が初めて降り立つ「歴史的な一歩」となるはずだった。「中国で慎重論が出ていることも考慮し」(町村信孝官房長官)たことが、取りやめの理由である。だが、派遣騒動の経過を冷静に振り返ると、腑に落ちない点が残る。中国から「正式な派遣要請」はあったのかなかったのか、騒動の発端となった「中国から派遣要請」という報道が、なぜあの時点で出てきたのか、という2点である。

 「派遣要請」の有無については、日本側メディアの追跡報道で輪郭がかなり見えてきた。今回の派遣構想は、中国側が5月27日、在北京日本大使館の駐在武官にさらなる救援物資の提供を求めてきたことをきっかけに始まった。毎日新聞によれば、コンタクトしてきたのは「人民解放軍の少佐」で、「輸送手段は自衛隊機を含めて検討してほしい」との「要請」だったという。5月12日の地震発生直後、日本政府は支援策として、資金援助、物資援助、緊急援助隊派遣、医療チームの派遣、そして自衛隊派遣の5つを中国側に提示している。自衛隊派遣を除く4つの支援策は次々と実行に移され、中国の対日感情の大幅改善という二次効果まで見られた。そこにきての「自衛隊機派遣要請」である。「防衛省だと課長にも満たない少佐レベルの要請」は「単なる打診だった可能性があった」にもかかわらず、外交的な成果を焦るあまり、日本側が「前のめり」になった可能性は十分にあろう。

 「前のめり」の対応以上に気になることがある。北京の日本大使館が早い段階から「そうした情報は聞いていない」と自衛隊機の派遣要請を否定していたことだ。北京の駐在武官に対する要請連絡はあったが、大使館本体には要請も連絡もなかった、という事実は何を物語るのか。単純に推理すれば、駐在武官は「派遣要請(もしくは打診)」を現地大使館の公式ルートに乗せずに、防衛省に直接報告した可能性が浮上してくる。在外公館ではこの種の縄張り争い、連携不足が起きやすい。私自身、海外勤務中にそうしたケースを何度か目撃した。今回の騒ぎの背景に、類似の内部齟齬(そご)があったとすれば重大事だ。「昨日(27日)、北京の日本大使館に中国政府から要請がありました」と発表した町村官房長官、外務省、防衛省には、さらなる説明責任があるはずだ。
 
 「自衛隊機派遣要請」はNHKが28日正午のニュースで、特ダネとして伝えた。全国紙もその日の夕刊で「派遣を検討」と追った。先にも触れたように、町村官房長官は同日午後の会見で要請の事実を確認し、翌29日付の新聞各紙の大報道へと展開していく。結果的に、日本側メディアの報道ぶりや要人発言が、中国の反日感情を刺激して反発を招き、自衛隊機派遣は幻に終わった。なぜ情報は漏れたのかーー。1つは、政治的背景はなく、単純に情報が漏れて、NHKがこれをキャッチしたケース。もう1つは、意図的にリークしたケースが考えられる。情報管理という点から見て、前者ならば論外。後者なら、派遣妨害がリークの目的だった可能性が高い。

 5月31日付の読売新聞は、「派遣可能性はまだ五分五分なのに、(報道は)先走り過ぎだ」という「外務省筋」のコメントを紹介している。中国軍少佐が「要請」したにせよ、「打診」したにせよ、「あの情報リークがなく、日本側が細心の対応を重ねていれば、派遣は実現したかもしれない」と見る当局者は少なくない。報道機関が「取材源の秘匿」といった自己原則に抵触しかねない取材に及び腰なのは理解できる。しかし、日本の政治、外交の世界で、情報操作がどのような構造で行われているのかを、読者、国民に伝えるのも、マスコミの重要な使命のはずだ。自衛隊派遣騒動の追跡取材を期待したい。
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