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2022-10-31 09:54

劇場型政治の誤算-胡錦濤前国家主席の‘退席事件’

倉西 雅子 政治学者
 中国共産党にとりましては、毎年10月に北京公会堂で開催される党大会では、国民に‘政治’を見せる絶好の舞台なのでしょう。今年の大会では、胡錦濤前総書記があたかも連行されるかのように退出させられるシーンが報じられたようです。同大会では、習近平国家主席が規約に反して三期目を確実にし、長期独裁体制への足場を固めただけに、同退出事件は、国民に誰が帝国の頂点に君臨する皇帝であるかを見せつけるための、閉会式に相応しい‘ラスト・シーン’であったとする見方が有力です。
 
 政治の劇場化は、共産党一党独裁、否、主席による個人独裁体制が敷かれている中国のみに見られるわけではなく、近年、自由主義国にありましても、政治の劇場化が進行しているように思われます。劇場型政治の蔓延が、舞台で演じる側の政治家とそれを見入る客席側の国民との間にはっきりとした立場の違いを設け、政治家と国民の分離・分断による民主主義形骸化の要因ともなっているのですが、民主的選挙や議会という舞台を持たない中国の場合、党大会や全人代と言った大会こそが、全国民が注視する大舞台と認識されているのかもしれません。そうであるからこそ、その脚本の作成や演出は、用意周到に準備されていなければならないのでしょう。
 
 今般の胡錦濤前国家主席の‘退出事件’も、同前主席がシナリオを知っていたのか、知らなかったのかは不明ないものの、党大会の開催に先立って、習国家主席側が集団指導体制から独裁体制への移行を目に見える形で国民に印象づける象徴的な出来事として、事前に計画されたものと推測されます。二人の職員に脇を押さえられながら席を後にする胡前国家主席の姿は、あたかも連行される‘容疑者’のようでもありました。これまで敬われてきた長老の身柄が公然と拘束されるのですから、同連行は、習主席の指図による共産党青年団閥に対する政治的粛正であることを暗に示しているのです(因みに、上海閥を率いてきた江沢民元国家主席は欠席・・・)。
 
 脚本家が狙った通りに進めば、ここで、国民という観衆は、‘長老’を追い出して唯一の独裁者となった習国家主席に畏敬の念を込めて拍手を送り、‘現代の皇帝’を崇め奉るはずであったのかもしれません。しかしながら、観客の反応とは、しばしば脚本家の意図とは異なることがあります。実際に、習主席を頂点とする個人独裁体制に対しては、北京市内の橋に独裁批判の横断幕を張り、自らの行動で示した「ブリッジマン」のみならず、それが内面であれ、反発や抵抗感を抱いている国民も少なくないはずです。
 
 習独裁体制下にあっては、これまで以上に言論弾圧が強まることでしょうし、国民は、ITを駆使する当局によって徹底した監視下に置かれることでしょう。しかも、習国家主席は、台湾に対する武力侵攻の可能性を明言しています。台湾侵攻が米中戦争へと発展すれば、中国は戦場となるのですから、豊かな生活を経験した国民の多くは、戦時体制への移行による耐久生活を懸念し(改革開放以前への逆戻り・・・)、国土が破壊され、自国民の命が失われる事態の到来を警戒していることでしょう。一人っ子政策により若年層の人口も少なく、その多くが‘小皇帝’として育ってきたわけですから、できることならば戦争は回避したいはずです。
 
 その一方で、戦時体制と独裁体制には共通性があることから、今般の党大会における習独裁体制の長期化は、中国国外にあっても台湾有事のリスクを高めると共に、人民解放軍の活動も活発化するとする見方が広がっています。中国大陸から聞こえる軍靴の音は、日本国政府による防衛力増強に根拠を与えると共に、国民も戦争モードに引き込まれかねない状況をもたらしています。また、ウクライナ紛争と台湾有事がリンケージすれば、戦火は瞬く間に全世界に飛び火し、第三次世界大戦へと拡大してゆくことでしょう。党大会のシナリオ・ライターは、同大会を習主席の権威を海外に対しても見せつける舞台としたかったのでしょうが、第三次世界大戦を避けたい全ての諸国の国民は、習独裁体制の成立を歓迎していないのです(もっとも、世界権力のコントロール下にある各国の政府は、シナリオに従って戦争への道を急ぐかもしれない・・・)。
 
 しかし、内外共に習独裁体制に対して否定的な反応を示す、あるいは、粛正しきれなかった反習勢力による巻き返しが試みられていたとしますと、ここで、シナリオが大きく狂ってきているかもしれません。自らの望む方向に、国民も国際世論も誘導することができなかったからです。程なくして新華社通信が、胡前主席の退席は健康上の理由であったと報じたのも、シナリオの変更、あるいは、その破棄を迫られる事態が発生したからなのかもしれません。壇上に座っていた胡元主席の様子を見ますと、特に体調に異変が生じたようには見えません。新華社による‘取って付けたような言い訳’は、習主席の権力基盤が未だに盤石ではないこと、あるいは、内外の世論に配慮せざるを得なかったことを、図らずも示す結果となったとも言えましょう。
 
 何れにしましても、劇場型の政治は、遅かれ早かれ、国民にシナリオの存在を知られてしまいます。シナリオが狂った時点で、誰もが疑うような辻褄の合わない説明や見え透いた嘘をつかなければならなくなるからです。政治の舞台では、シナリオの変更や崩壊によるごたごたが続き、わけがわからなくなります。かくして、国民からの信頼が消えてゆき、自らの権力基盤を掘り崩してしまうのです。今般のシナリオ・ライターは、習主席自身であるのか、あるいは、同主席をもコントロールする世界権力であるかは明確には分かりませんが、劇場型政治の行く先には、見るに堪えなくなった観衆による離反が待っているのかもしれません(自ら席を立ってしまう・・・)。
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