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2021-07-28 13:27

(連載1)ウイルス発生源‐疑惑視される武漢研究所

斎藤 直樹 山梨県立大学名誉教授
 バイデン大統領が新型コロナウイルスの発生源を特定すべく米情報機関に対し90日以内に報告を行うよう5月26日に要請したことは周知のとおりである。ここにきて少なからずの専門家がウイルスの発生源は武漢市に位置する中国科学院武漢ウイルス研究所ではないかと疑念を抱いている。まもなくバイデン政権によって発表されるであろう報告の内容如何では、米中関係だけにとどまらず世界全体を揺さぶりかねない可能性があると推察される。そもそも同研究所がウイルスの発生源でないかと疑惑視されている背景には、幾つかの事由がある。武漢市で2019年12月に初の新型コロナウイルスの感染者が確認されたとされたが、その武漢市にはアジア地域を代表する最大規模のウイルス研究所である中国科学院武漢ウイルス研究所が所在する。しかも同研究所はBSL-4(バイオセーフティーレベル‐4)とされる高度安全実験室を備えている。ところが、2018年1月に同研究所を視察した在中国米大使館の専門家達は警鐘を鳴らす公電を米国務省に発信していた。それによると、高度安全実験室ではSARSコロナウイルスの研究が行われていたが、同実験室での衛生管理や安全対策が極めてずさんであり、将来、SARSと類似したウイルスに起因する感染症を引き起こすのではないか懸念されるという趣旨であった。こうした下で、2019年12月に新型コロナウイルスの感染拡大が起きた。こうしたことから、同実験室で何らかの事故が起き、これを発端としてウイルスの感染拡大につながったのではないかと推測するのは極めて自然の流れであろう。
 
 この可能性を真っ先に疑ったのはトランプ政権であった。トランプ前大統領は2020年4月中旬に米国家情報長官室(ODNI)に対し発生源に関する調査を指示したことを明らかにした。これを受け、4月30日にODNIは、「情報機関は感染した動物との接触により感染が始まったか、あるいは武漢市の実験室での事故の結果によるものであったかどうかについて判断するためウイルスの発生に関する情報を引き続き厳格な精査を続ける」とする暫定的な報告を行った。この報告は研究所を発生源と睨んでいたトランプ氏にとってみれば、中途半端で納得できるものではなかった。この結果、「研究施設の事故説」は一旦宙に浮く形となった。その後、2021年1月から2月にかけてWHO調査団が中国調査団と共同調査という形で武漢市で実施した現地調査に基づく「WHO報告書(“WHO-convened Global Study of Origins of SARS-CoV-2: China Part,” (Joint WHO-China Study14 January-10 February 2021) Joint Report.)」が3月30日に公刊された。「WHO報告書」は発生源について以下の4つの可能性に言及した。(1)動物からヒトへの直接感染、(2)中間宿主を介したヒトへの感染、(3)輸入冷凍食品を通じた感染、(4)中国科学院武漢ウイルス研究所の実験室での事故による感染。
 
 この中で、同報告書は実験室での事故による感染の可能性は極めて低いと考えられる一方、輸入冷凍食品を通じた感染はありうると論じた。これに対し、即日、日米を始めとする14ヵ国は同報告書を猛烈に批判する内容の共同声明(“Joint Statement on the WHO-convened COVID-19 origins study,” US State Department, (March 30, 2021.))を発表した経緯がある。この結果、「研究施設の事故説」の可能性は拭い去れないとの疑念を生むことになった。しかもここにきてそうした疑念をさらに深めかねない情報が流布された。それによると、武漢市でウイルスの感染拡大が始まったとされた2019年12月直前の11月に問題の研究所の3名の職員が緊急入院したという情報を米情報当局が掴んだとされる。これが「研究施設の事故説」の可能性に拍車をかけることになったことは言うまでもない。この情報機関の情報をバイデン氏は殊の外重視した。
 
 この間、米情報機関の一部は「動物との接触説」を唱えている一方、他の機関は「研究施設の事故説」を主張しており、統一的な結論に至っていないとバイデン氏は語った。5月26日にバイデン氏がウイルスの発生源の調査を急ぐよう情報機関に指示したのは、こうした経緯を踏まえてのことである。これに対し、直ちに習近平指導部は猛然と反駁した。趙立堅・中国外務省報道官は5月27日に、ウイルスの発生源を政治化しようとする米国の目論見を拒絶するとし、WHOの専門家達が「研究所からの流出説」の可能性は極めて低いとすでに結論づけていると断言した。こうした習近平指導部の反駁に激高したのが以前から「研究所の事故説」を持論としてきたトランプ氏であった。6月5日にトランプ氏は新型コロナウイルスを巡る中国による誤った対応に対する賠償金として10兆ドルを米国と世界各国に対して支払うよう中国に要求し、あらゆる国々が中国に対するすべての債務を放棄すべきであると断じたのである。(つづく)
 
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