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2021-03-12 10:29

(連載1)習近平の「海洋帝国」の建設と海警法施行

斎藤 直樹 山梨県立大学名誉教授
 コロナ禍の現在、習近平指導部の海洋活動は一段と過激かつ横暴となっている。このことは習近平氏がかねがね掲げる「中国の夢」の実現に結び付く。その夢とは習近平氏が好んで言及する「中華民族の偉大なる復興」を指す。より具体的には1949年の中華人民共和国の建国から100周年目を迎える2049年までに文字どおり、世界大国の実現を果たすという遠大な国家戦略である。習近平指導部はそうした国家戦略の実現に向けて猛進している感があるが、同国家戦略は「一帯一路」構想の推進、「海洋帝国」の建設、「核大国」の建設、「反分離主義闘争」などの柱から成り立つと捉えることができよう。しかも2021年の今年は中国共産党の結党百周年にあたる。世界大国の実現を目論む習近平指導部の国家戦略にとっても重要な節目となる年であることは明らかである。
 
 上述のとおり、同国家戦略の柱の一つが「海洋帝国」の建設であると考えられる。習近平指導部の狙いは多方面に及ぶ。第一は南シナ海ほぼ全域を領有しようとする動きである。このために南シナ海ほぼ全域を覆う形の、いわゆる「九段線」を引き、これを根拠にその内側に入る広大な海域に対する領有を主張してきた。1982年に採択された国連海洋法条約(「海洋法に関する国際連合条約」)に照らし、南シナ海のほぼ全域に領有を主張していることは露骨な条約違反である。しかも中国も同条約の締約国であるから、首をかしげたくなる。さらに「九段線」に反発するフィリピンは常設仲裁裁判所に中国を訴え、2016年7月12日に同裁判所は「九段線」に法的な根拠はないとし、中国による主張を一蹴した。これに対し、習近平指導部は同裁判所の判決を嘲り笑うかのように徹頭徹尾無視してきた。フィリピンだけでなくベトナム、マレーシア、インドネシアなど南シナ海に面する諸国は「九段線」に猛反発してきたが、国際法を何とも思わない中国に対し、これといった対抗手段を持ちえない。習近平指導部はこれらの国が無力であることを知りつつ、お構いなしに海洋進出を続けてきた。
 
 これと並行して近年、対立の焦点となっているのが南シナ海中央部に位置する南沙諸島である。南沙諸島には無数の島が点在するが、実際には環礁の集まりである。しかも中国は幾つかもの環礁を埋め立て「人工島」に造り替え、軍用滑走路を敷き、空軍基地、海軍基地やミサイル基地が建設されているとみられる。これが南沙諸島の「軍事拠点化」に向けた動きである。ここ数年でこれらの「人工島」が全く様変わりをしたことが報告されている。これに対して、近隣諸国は反論しているが無力である。こうした中で、米国政府は「航行の自由」作戦と称して近接海域に米海軍艦艇をしばしば派遣してきたが、これといった牽制になっていない。こうした南シナ海での動きと並行して進んでいるのが東シナ海での海洋進出であり、わが国にとって極めて憂慮すべき事態である。東シナ海での主な狙いの一つは外洋である太平洋への進出であると言える。山東省の青島に中国人民解放軍海軍北海艦隊の司令部が置かれている。中国海軍が太平洋に進出するためには幾つかの航路が考えられる。その中で、沖縄本島と宮古島の間の宮古海峡を航行する航路が太平洋に抜ける上で最も近道となることから近年、中国公船が宮古海峡をしばしば通過する事例が報告されてきた。
 
 しかもこの付近に位置するのがわが国の尖閣諸島である。コロナ禍の今、尖閣諸島の領有が中国に日々、脅かされていることは周知のとおりである。2020年4月以降、中国海警局船舶が尖閣諸島の領海の外側の接続水域にそれこそ連日のように侵入したのに加え、同領海への侵入も相次いでいる。2020年だけで接続水域への侵入は実に333日間に達した一方、領海侵入は29日間に及んだ。しかも尖閣諸島の領海内で操業していた漁船が海警局船舶に追い回わされるという事件が同年だけで6件も起きた。幸い、海上保安庁の巡視船がその度ごとに漁船を警備したおかげで事なきを得てきた。ところが不可解なのは現場で漁船や巡視船が四苦八苦しているのに対し、日本政府の対応はいつも決まって鈍いことである。一体、何を逡巡して毅然とした対応を日本政府がとれないのか、これまた首をかしげたくなる。こうした弱腰の日本政府の対応を見ながら、習近平指導部は尖閣諸島の実効支配に向けた行動計画を虎視眈々と練り上げ、周到に準備を進めているのではなかろうか。こうした状況を放置していたならば、習近平指導部が遠からず尖閣諸島を力ずくで実効支配しようと目論むことは疑う余地はない。しかも2021年2月1日施行となった中華人民共和国海警法第22条は「国家の主権、主権的権利、及び管轄権が海上において外国の組織、個人の不法な侵害を受けている、若しくは不法な侵害の切迫した危険に直面している場合、海警機構はこの法律及びその他の関連する法律、法規に従って武器の使用を含む必要な全ての措置を講じ、その場での侵害を阻止し、危険を排除する権利を有する」と規定した。この結果、海警局船舶が他国の船舶に対し必要と判断すれば、いつでも武器使用に訴えることが可能となった。同法が真っ先に適用されかねないのがわが国の尖閣諸島周辺海域であることは間違いないであろう。(つづく)
 
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