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2021-02-24 23:37

(連載1)議会襲撃事件とトランプ弾劾裁判

斎藤 直樹 山梨県立大学名誉教授
 2021年2月13日に米上院においてトランプ氏の弾劾裁判の票決が行われ、トランプ氏はかろうじて無罪となった。事の発端は、1月6日に米上下両院合同議会が開催されていた米連邦議会議事堂の近くでトランプ氏が熱烈なトランプ支持者達を集め、2020年大統領選での大規模不正について繰り返し訴え、断固敗北を認めないと声を張り上げると、これに焚きつけられた格好で暴徒と化した支持者の一部が同議事堂を襲撃するという事態へと発展したことは周知のとおりである。この機会を逃すまいと民主党議員達はトランプ氏を一気に弾劾しようと画策した。議会襲撃事件を受け、1月13日に民主党が多数を占める下院でトランプ氏を弾劾訴追する決議案が可決された。下院でのトランプ氏の弾劾訴追を受け、上院での弾劾裁判は2月9日に開始され、5日間で結審となった。弾劾裁判で争点となったのは、トランプ氏が支持者達による議会襲撃を扇動したかどうかであった。100人からなる上院で三分の二以上に当たる67人以上が有罪に投票すれば、弾劾は成立するところであった。票決は有罪が57人、無罪が43人であった。その内訳は民主党議員50人全員が有罪に投票した一方、共和党議員で有罪に投票したのは7人に止まった。これらの共和党議員はロムニー(Willard Romney)氏などトランプ氏と日頃から仲の悪い議員達であった。トランプ氏はかろうじて弾劾を免れたと言うべきであろうか。
 
 無罪の評決を受け相変わらず強気のトランプ氏は「米国を再び偉大にする歴史的、愛国的で素晴らしい運動は始まったばかりだ」と政治活動の再開を強く示唆した。これに対し、バイデン氏は「自分達の歴史におけるこの悲しい一章は民主主義がもろいことを私達に思い出させた」と述べたが、2020年大統領選で「民主主義がもろい」ことを実証したのはバイデン氏でなかったろうか。ところで、民主党議員達の狙いはトランプ氏を弾劾に追い込み、同氏の政治生命を絶つことにあったと言える。無罪評決により民主党議員達の目論見は失敗に帰したとは言え、1月6日の議会襲撃事件が米国の歴史に刻まれる不祥事になったことは明らかである。トランプ氏は一体何を考え、あの日、あの場所で、あの人達を集めて、あの集会を開いたのか。トランプ氏が2020年大統領選においてジョージア、ペンシルベニア、ミシガン、ウィスコンシン、アリゾナ、ネバダなど幾つかの激戦州で企てられた大規模不正の標的となったことは明らかであるとしても、1月6日の不祥事はトランプ氏の見識が疑われてもおかしくない。
 
 本来であれば、1月6日は米上下両院合同議会において今回の大統領選が大規模選挙不正により著しく歪められたことを審議できる日であった。大手メディアはほとんど伝えなかったが、1月6日の合同議会に向けて少なからずの共和党議員はバイデン氏を次期大統領とする認定を棄却するための異議申立ての準備を進めていた。合同議会でバイデン氏の次期大統領認定が棄却されかねない可能性が全くなかったわけではない。140人もの共和党下院議員が異議申立てを行ったのに加え、10人を超える共和党上院議員も異議申立てを行った。しかもクルーズ上院議員を筆頭とする上院議員達は超党派の選挙不正調査委員会の設置を求める提案を行った。少なからずの共和党の上下両院議員がバイデン氏の次期大統領認定に異議申立てを行った事実は重い。これほどの数の議員が異議申立てを行ったことは実際に大規模不正が企てられたと、これらの議員達が確信していることを物語る。彼らにとってみれば、1月6日はバイデン氏の認定が棄却されないまでも、大統領選で大規模不正が企てられたことを合同議会で広く周知できる機会であった。しかし暴徒達による議会襲撃事件がそうした共和党議員達の努力を台無しにしてしまったことは疑う余地はない。トランプ氏もまさか支持者の一部が議事堂を襲撃するとは考えてもみなかったであろうが、今振り返ると、ありうることであった。あの日、あの場所で、あの人達を前に大規模不正を声高に訴え、断固敗北を認めないとトランプ氏が声を張り上げれば、あのようなことは起こり得た。それが現実になってしまったのである。
 
 これに対し、1月6日は共和党議員達による異議申立てに苛ついていた民主党議員達にとってみれば、想像さえしなかった最良の日となったと言えよう。大規模選挙不正に激高したトランプ氏に扇動されたかのように暴徒達が議事堂を襲撃したのであるから、これを逆手に取るかのように同氏を政界から追放する手立てを得たと民主党議員達は感じたであろう。この結果、大統領選で大規模不正が企てられたかどうかという本来の論点が吹き飛んでしまい、トランプ氏が議会襲撃を扇動したかどうかに論点がすり替わってしまった。他方、1月6日の議会襲撃事件でトランプ氏が少なくとも道義的な責任を負うとしても、1月20日にトランプ氏が一般市民となった時点で、弾劾に向けた手続きは終了すべきであった。もはや大統領職にない人間を弾劾しようとするのはどう考えてもつじつまが合わない話である。こうしたことから、トランプ氏が「わが国史上最大の魔女狩り」であると、猛反駁したのは理解できよう。(つづく)
 
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