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2020-07-27 20:10

(連載1)米中新冷戦の起源

斎藤 直樹 山梨県立大学名誉教授
 今日、米中間で新冷戦が勃発した様相を呈し始めているが、こうした事態を招いた最大の事由の一つは、オバマ前政権の8年間において中国、ロシア、北朝鮮などが既存の国際秩序の現状を覆すべく行った目論見や企てに対しオバマ政権が的確な対応を講じなかったことに根差すように思われる。現状への挑戦を見逃し、目を背け続けたという事実が2017年1月に発足したトランプ政権の背負うことになった過重な負担となって跳ね返ったと言うべきであろう。2009年4月5日にオバマ大統領はチェコで「核兵器のない世界」について語り掛けたことは、皮肉なことであるが、現状への挑戦を目論む国々に格好の機会を結果的に提供したのではないであろうか。「・・今日、わたしははっきりと信念を持って、核兵器のない世界の平和と安全保障の実現に米国が取り組むことを宣言する」とオバマは語った。核廃絶に向けて米大統領が指針を示したことは重大な意味を持っていた。とは言え、核廃絶という途方もなく遠大な目標はすべての核保有国が真摯な努力を行って初めて前に動き出すものである。既存の核兵器国がこれに反する動きをとることがあれば、「核兵器のない世界」が実現に向かうはずがなかった。実際に、NPT(核拡散防止条約)の下でロシア、イギリス、フランス、中国といった核保有が公式に認められた「核兵器国」のいずれもオバマによる核廃絶に向けた訴えを真摯に受け止めることはなかった。NPT第6条の下でこれら「核兵器国」は核軍縮交渉を誠実に実施しなければならないが、残念ながらオバマの声は届かなかったことになる。またイスラエル、インド、パキスタンなどはNPTに加盟しておらず、これら事実上の核保有国は核兵器を平然と保持し続けている。加えて、北朝鮮は2003年にNPTから脱退して核兵器開発に向けて猛進した。
 
 現在も米露の核戦力が突出しているとは言え、START諸条約を通じ膨大な数に上る核弾頭が徐々にではあるが削減傾向にある。それでも上限は相変わらず高く今後、削減努力が必要である。これに真逆の動きを示しているのが中国の核軍拡である。約280発とされる中国の核弾頭数は米国の6450発、ロシアの6850発と比較すれば一桁以上低水準にあるとは言え、中国が開発保有する核戦力の9割以上は射程距離が500から5500キロ・メートルである中距離核戦力である。(「世界大国を目論む中国の核軍拡への猛進(1)(2)」『百家争鳴』(2020年7月13、14日)参照。)近年猛烈な速度で開発配備を続けている中国の中距離核戦力はハワイ諸島以西のアジア太平洋地域の大半の諸国に深刻な脅威を与えている。南シナ海や東シナ海で強引かつ傲慢と言える海洋進出を習近平指導部が推し進めているが、その背景にはこれらの地域の諸国を威嚇する中距離核戦力の大量配備があることは間違いないであろう。「核兵器のない世界」を語ったオバマが習近平指導部による中距離核戦力の大量配備に何の牽制も行わなかったことは誠に不可解である。またINF(中距離核)全廃条約の締約国であったロシアが2008年以降に中距離巡航ミサイルの飛翔実験を強行したが、そうした条約違反の動きに対してもオバマ政権は目を背けてしまった。
 
 加えて、核ミサイル開発に向けて北朝鮮が猛進したが、これに対しても、的確な対応をオバマ政権が講じることはなかった。ブッシュ政権は金正日指導部に核兵器開発を放棄させるために6ヵ国協議を断続的に開催したが、2008年12月までに同協議は頓挫した。その最大の事由は金正日が核の放棄に真摯に応じることはないと、ブッシュが結論づけたからにほかならない。金正日の後を継いだ金正恩も核ミサイル開発に向けて猛進したが、一時期、核兵器開発とミサイル開発を凍結する素振りをみせた。この結果、2012年2月に北朝鮮が核実験やウラン濃縮活動などの核兵器開発に加え長距離ミサイル発射実験などの凍結を行う見返りに、24万トン相当の食糧支援を米国が行うとした米朝合意が結ばれた。しかし人工衛星の打上げであればオバマを欺けると金正恩は考えたのか、わずか2ヵ月後の4月に人工衛星打上げを偽装して長距離弾道ミサイル発射実験を金正恩が強行した。これに態度を硬化したオバマは同合意を無効としたが、その後の対応が不十分であった。オバマは「戦略的忍耐」の名の下で金正恩を突き放してしまったからである。「戦略的忍耐」は金正恩に核ミサイル戦力の開発をさらに邁進させる格好の機会を与えたと言える。「戦略的忍耐」を逆手にとるかのように、核ミサイル戦力の開発に向け金正恩は文字通り、狂奔した。2013年2月に第3回核実験、2016年1月に第4回核実験、同年9月に第5回核実験を強行したにもかかわらず、こうした核実験の度にオバマは深刻な顔つきで批判を行っただけで、金正恩の核ミサイル開発を見逃し続けた。気が付けば、北朝鮮は事実上の核保有国になっていたのである。
 
 2009年4月に「核兵器のない世界」を訴えたオバマは在任期間を通じ「核兵器のない世界」に向けた実効的な取組みをほとんどといって示すことはなかった。わずかに2015年4月にイランとの核合意をオバマ政権が達成したぐらいであった。そうしたオバマの弱みと限界を見抜いていたのが習近平中国共産党総書記であった。親中的なオバマは現状を揺るがす目論見や企てをとりたてて制止しないであろうと習近平に勘繰られてしまったと言えよう。この結果、現状に挑戦を企てる千載一遇とも言える機会を習近平に提供することになった。「中華民族の偉大なる復興」を意味する「中国の夢」の実現を目指す習近平にとって2013年に発進させた「一帯一路」構想は米国が優越する国際経済秩序を覆しうる鍵となる目論見であり企てであった。(「コロナ禍で揺れる「一帯一路」と「債務の罠」(1)(2)」『百家争鳴』(2020年7月7、8日)参照。)同構想は巨大経済圏の建設を謳っているものの、習近平の狙いはそれだけでなくその実、中国の覇権下に組み込まれた巨大勢力圏の建設であることは次第に明るみになりつつある。(つづく)
 
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