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2020-07-21 23:52

(連載1)習近平の目論見と反転攻勢に出るトランプ

斎藤 直樹 山梨県立大学名誉教授
 2020年1月の時点で、11月上旬に予定されている米大統領選におけるトランプ大統領の再選は固いように思われた。ところが、順風満帆と思われた流れを一変させたのが新型コロナウイルスの感染拡大であった。2020年1月頃、中国の湖北省武漢市を発生源する同ウイルスの感染が急拡大し始めた。1月20日頃までに同ウイルスが人から人への感染を起こす、いわゆるヒト‐ヒト感染が起きていたことが認められていたにもかかわらず、習近平指導部は武漢市を封鎖することにより中国外への同ウイルスの感染拡大を食い止めることができると楽観視した節があった。同指導部は1月24日に始まる「春節」に合わせ膨大な数に上る中国人旅行者が海外へ渡航するのに対し何の制限も加えなかった。わが国だけで90万人以上の旅行者が訪れたとされる。この結果、同ウイルスの感染が一気に各国に拡散したことは明らかである。しかもこの間、WHOのテドロス事務局長が終始、習近平国家主席のご機嫌をうかがうかのように、その対応を称賛し続けたのは少なからず違和感を与え続けた。「春節」を前に中国人旅行者の海外渡航を制限しなかったことが未曾有の「パンデミック」を引き起こす直接的な原因となったことは疑う余地はない。(「コロナ危機における習近平の隠蔽責任とトランプ(1)(2)」『百家争鳴』(2020年5月25,26日)参照。)
 
 その後、中国で同ウイルスの感染拡大は事実上、収束したとして延期となっていた中国の立法機関である全国人民代表大会(全人代)が5月22日から開催された。その全人代で5月28日に香港国家安全法が導入され、高度な自治を認められた香港の自治は事実上、はく奪されることが明らかとなった。(「香港国家安全法の衝撃とその影響(1)(2)」『百家争鳴』(2020年6月22,23日)参照。)各国がコロナ禍で身動きが思うままにとれぬこの時期を絶好の機会として、習近平指導部は現状変更を一気に企てたり、あるいは既成事実を積み上げようとしているように映る。香港の自治の事実上のはく奪に続き、南シナ海や東シナ海での覇権を一段と強め、海洋活動を露骨なまでに同指導部は活発化させている。この間、同ウイルスの感染拡大に対するトランプの初動対応が批判され、また人種問題への不適切とも言える発言が災いしてか、同大統領の支持率はみるみるうちに降下し、バイデン民主党大統領候補に引き離されつつある。米メディアの大半が反トランプ志向であることを差し引いたとしても、トランプの劣勢は動かぬ現実にみえる。このままでは、11月3日の大統領選挙でのトランプの再選には黄色信号はおろか、赤信号が点滅しつつある。4ヵ月間を切った大統領選までにトランプが劣勢を挽回することがあろうか。
 
 新型コロナウイルスの米国への感染拡大をトランプが首尾よく抑えていないのは事実とはいえ、この数ヵ月間の劇的推移には想定を超えるものがある。追い込まれた感のあるトランプは習近平へ非難の矛先を向け、追及する構えを崩していない。トランプがこれまでとりわけ問題視してきたのはウイルスの発生源はどこかであり、習近平指導部による情報統制の問題である。新型コロナウイルスの発生源が武漢市内であることに疑いの余地はない。(「新型コロナウイルス発生源を巡るミステリー(1)(2)」『百家争鳴』(2020年4月2、3日)。「ウイルス発生源を巡り深まる謎(1)(2)」『百家争鳴』(2020年5月18、19日)参照。)外部世界から疑惑の目が武漢市に向けられる中で、3月12日に趙立堅・中国外務省報道官が「米軍が持ち込んだかもしれない」と悪質な情報をツイッターに書き込み一時話題になったが、同ウイルスは武漢市に位置する二つのウイルス関連研究所から何らかの事由で流出した可能性が高いと推察される。トランプ政権もこの可能性を一時、真剣に疑ったとは言え、これらのウイルス研究所が発生源であることを裏付ける決定的な証拠はこれまで示されていない。同ウイルスの発生源はいまだに特定できず、今後もおそらく特定されることはないであろう。
 
 また同ウイルス感染による初の発症者が出たとされた2019年12月1日から2020年1月24日に始まる「春節」までの間にヒト‐ヒト感染を知りながら膨大な数の旅行者の海外渡航を習近平が制限しなかったことを裏付ける情報統制についても決定的な証拠が提示されていないようである。この間、お構いなしに現状変更を企む習近平指導部の行状が露骨かつ強硬になるのに対し、トランプ大統領は意を決したかのように対中強硬策に向けて舵を切った感がある。5月28日に香港国家安全法が全人代で導入されたか思うと、6月の終わりまでに香港国家安全維持法が制定され、直ちに施行に移された。その内容が次第に明らかになるにつれ、香港の自治が事実上、はく奪されたことは動かぬ事実となりつつある。これに対し、トランプは7月14日に関税や査証などをはじめとして香港に適用してきた優遇措置の停止や撤廃に関する大統領令に署名した。香港の「自由や権利が奪われた」とし、「香港は中国本土と同じように扱われる。経済的な特別扱いもしないし、先端技術の輸出もしない」と、トランプは断言した。(つづく)
 
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