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2020-07-02 23:05

なぜ北朝鮮は拉致被害者を返さないのか

荒木 和博 特定失踪者問題調査会代表
 私が大学で講義をしていると、しばしば学生からされる質問の一つに、「なぜ北朝鮮は拉致被害者を返さないのか」という素朴な疑問があります。金正恩氏には、「日本人の拉致は父と祖父の時代に行われたもので私は指示していないし責任はない」として拉致被害者を帰国させるという手もあるのではないか、という考えです。なるほど、そういう考え方もあるかもしれません。しかし、北朝鮮がそういう判断をしないのには、あるトラウマ体験があると思われるのです。
 
 平成14年(2002年)9月17日、小泉純一郎内閣総理大臣(当時)が北朝鮮を訪問したときのことです。彼の父、金正日氏は、小泉総理に対して、拉致問題の事実を認め、謝罪をしてしまったのです。これに先駆けて、当時の日本政府は、是が非でも日朝国交正常化を成し遂げたかったために、北朝鮮に対して前のめりな交渉をしていました。とはいえ、拉致問題に関する日本の世論は厳しかったため、「拉致を脇において国交正常化はできないので、なんらかこの問題に結論を出してくれ」と日本政府は北朝鮮に働きかけたのです。金正日氏は、対中関係も不調な中、当時のブッシュ政権の強硬な態度に焦燥感を強めていました。そのため、金正日氏は日本の友好的なシグナルに期待しました。日本との国交正常化を推し進めることで、日本から資金を得るだけでなく、日本を使って対米関係も改善させられるのではないか、という期待です。日本政府は「拉致問題を認めたならば、追及を終わりにする」ということだったので、金正日氏はこの誘いに乗りましたが、いざ拉致を認めて謝罪し、5人の拉致被害者を日本に送ったところ、日本の世論は沸騰して国交正常化どころではなくなってしまいました。北朝鮮からしてみれば、金正日氏自身が拉致を認めてしまった以上、もはやなかったことにすることはできないにもかかわらず、日本からは何も得ることができませんでした。
 
 日本政府はもちろん北朝鮮を騙そうとしていたわけはありませんし、また日本政府が無視できないほど世論が盛り上がらなければ、日本政府は拉致問題を棚上げして国交正常化に突き進んでしまったでしょうから、北朝鮮は拉致を認めることもなく5人の拉致被害者も帰ってこれなかったでしょう。そういう意味ではよくやったと思いますが、北朝鮮との間で、「5人の拉致被害者の引き渡しで終わらなかった」ことは大きなトラウマを残しました。北朝鮮は「日本政府は『拉致被害者全員を帰国させろ』というが『拉致被害者全員』というのは誰を指すのか」というのをしつこく問いただしていました。というのも、日本政府自体が具体的に「全ての拉致被害者」を把握していなかったために、明確に言わなかったからです。結果をみれば、5人の拉致被害者を日本に送ったことで拉致問題を終結させられるどころか寝た子を起こしたような状態になりました。北朝鮮からすれば、騙されたという認識になり、その後の対日方針は強行一辺倒に転換したのです。
 
 現在、金正恩氏であろうとも、金与正氏であろうとも、自ら拉致被害者を返すことはしないでしょう。ですので、安倍総理大臣なり、菅官房長官なりが、公の場で「拉致問題を解決するために取り組んでくれる者があれば、日本政府として、いかなる北朝鮮の人とでも手を携え、支援し、保護する」と言明しそれを北朝鮮現地の人々に知らせていくことが、大事だと思います。アプローチを粘り強く続けることで突破口が開かれるのだと思います。
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