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2020-05-18 11:05

(連載1)ウイルス発生源を巡り深まる謎

斎藤 直樹 山梨県立大学名誉教授
 以前から新型コロナウイルスの発生源は中国、湖北省の武漢市の海鮮市場ではなく武漢市のウイルス関連の研究所ではないかと疑問視する研究論文が発表されていた。(同論文では海鮮市場に近接する「武漢市疾病予防管理センター(the Wuhan Center for Disease Control Prevention (WHCDC))」が発生源でないかと疑問視された。『百家争鳴』「新型コロナウイルス発生源を巡るミステリー(1)(2)」(2020年4月2,3日)参照。)米国内での感染拡大が爆発的に続く中で、4月中旬に至り米国の主要メディアから武漢市のウイルス関連研究所を発生源とみる可能性を指摘する報道がなされるに及び、この可能性が急速に注目を浴びる中で、トランプ政権がその可能性について注視するという局面に至った。この発端になったのは2年前の2018年1月に米大使館の専門家たちが武漢市郊外に位置する「中国科学院武漢ウイルス研究所(Wuhan Institute of Virology, Chinese Academy of Sciences)」を訪問した際、研究所内の衛生管理や安全対策が極めてずさんであり、何らかの事由でウイルスが外部に流出する危険性があるとする公電を国務省に通知していたことを4月14日に『ワシントン・ポスト紙』が伝えたことである。報道によると、「コウモリのコロナウイルスが人に感染し、SARSのような病気を引き起こす可能性を強く示唆している。」同研究所はアジア地域では最大規模を誇るウイルスの保管施設であり、1500を超えるウイルス株を保管しているとされる。しかも病原体レベルで最高とされる4を扱う実験室があるとされている。『ワシントン・ポスト紙』の報道を契機として、一気に多くのメディアがこの可能性を疑いだした。続いて『フォックス・ニュース』は、同研究所においてコウモリに由来するウイルスに何らかの事由で感染した人物が「0号患者」になり、これが武漢市内でウイルスを拡散させたのではないかとする報道を伝えた。
 
 これを受け、トランプ大統領は17日の記者会見の席上、「中国科学院武漢ウイルス研究所」から流出した可能性を重視し、徹底的な調査を行っていると言明した。調査はトランプに提出され、トランプは中国に対する対応を判断するとされた。トランプの発言によりウイルスの発生源を巡る問題は一気に世界中が注視する問題に発展した感がある。これを契機に、新型コロナウイルスを巡る問題は米中関係だけでなく世界中を根底から揺さぶる大問題に発展する可能性が出てきた。これに対し中国当局は直ちに猛反駁に転じた。17日にこれまで何かと問題発言を行っている趙立堅(Zhao Lijian)中国外務省報道官は事実無根として猛然と反発した。その後、4月30日に米国家情報長官室(ODNI)はそれまでの調査結果を公表した。それによれば、「情報機関は新型コロナウイルスは人工的なものでも遺伝子操作されたものでもないとする、広範にわたる科学的コンセンサスと一致する見解を持つ」というものであった。
 
 4月30日に発表を受ける形でトランプの記者会見が行われた。その中で、トランプは新型コロナウイルスの発生源であると疑われる「武漢の研究所」について、何らかの証拠を見たのかという質問に対し、「そうだ、見た」と発言した。ただし、その詳細について「話すことはできない」とお茶を濁した。続いて、中国に対する損害賠償について、トランプは中国に対する莫大な額の関税を科す可能性を示唆した。とはいえ、これといった決定的な証拠があがったという報道はなされていないなかで、トランプも苛立ちを隠せないでいる。というのは、5月16日の時点で米国内での感染者数は143万人以上を数え、死者数は8万6744人に達している。また経済活動に与えた打撃も計り知れないものがある。この2ヵ月以前の失業率は3.5%の低水準であったが、5月8日に発表された4月の雇用統計によれば、失業率は14.7%を記録し、1930年代の「世界恐慌」以来となった。しかも4月の失業者は約2050万人に及んだ。数ヵ月前まで好調な経済を背景に確固たる支持を確保していたトランプにとって踏んだり蹴ったりと言えるであろう。
 
 トランプにとってみれば自分の責任というよりは感染者の流入という形でこうした災難に直面するとは全く想定外であったと言わざるを得ない。2020年1月下旬にいち早く中国からの入国を禁止した際にはしてやったりという感がトランプにあったが、まさかヨーロッパ方面から感染が流入するという事態を想定できていなかった。ところが、その想定外のことが起きてしまった。各世論調査でも11月の大統領選でトランプの再選に黄色信号がともっている。民主党の対立候補と目されるバイデンにリードを許している。5月6日の時点の世論調査において、トランプの支持が42.3%であった一方、バイデンの支持は47.6%であった。ほとんどこれいった選挙活動を行っていないバイデンに強い追い風が吹くといった状況を生んでいる。こうした中で苛ついたトランプは5月6日に「我々が経験した最悪の攻撃だ。真珠湾や世界貿易センタービルよりもひどい。決して起きるべきではなかった」と本音を吐いた。これは発生源で食い止められることができたはずなのに、何故、このようなことになっているのかという、やり場のない怒りをぶつけている発言と受け取れる。またこの発言はこうした事態を招いた全責任は習近平指導部にあり、同指導部の責任を厳しく追及する姿勢をにじませたものであろう。(つづく)
 
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