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2020-01-06 17:52

(連載1)金正恩からの新年プレゼント

斎藤 直樹 山梨県立大学教授
 金正恩朝鮮労働党委員長は2019年4月12日の北朝鮮最高人民会議において年内と期限を切り非核化交渉の継続か、それとも大規模軍事衝突をも辞さない覚悟で軍事挑発に打って出ると、トランプ大統領に迫った。年末が近づいた12月3日にトランプに大規模な軍事挑発を意味するクリスマスプレゼントを贈ると金正恩指導部は予告してみせたが、クリスマスは何もなく過ぎ年末を迎えた。トランプ政権は新年当初の軍事挑発に対し警戒態勢を強めている。特に警戒しているのは、金正恩の誕生日である1月8日と金正恩の父・金正日の誕生日である2月16日頃までの期間であるとされる。この期間内にトランプ側が譲歩に応じる可能性を金正恩は期待しているとみられる。言葉を変えると、金正恩が当初年末とした期限を多少、後ろにずらしているとも言えよう。これに対し年末にトランプは「武力誇示オプション」について事前承認を行ったとされる。「武力誇示オプション」を事前承認したことにより、金正恩指導部がいつ何時、どのような軍事行動に打って出たとしても、これに対処可能なように米軍は出動できる手続きをとったことになる。
 
 12月上旬に金正恩は年末までに朝鮮労働党中央委員会総会を開催すると予告していたが、その総会が12月28日から31日まで四日間にわたり開催された。同総会を総括し、金正恩は後述の通り、「正面突破戦」という言葉を繰り返し、大規模な軍事挑発に打って出ると示唆した。金正恩に言わせると、豊渓里の核実験場の廃棄に加えICBM発射実験や核実験の停止など非核化措置を自主的に講じたにもかかわらず、経済制裁は一向に解除されないことから、これ以上、公約に縛られる必要はなくなった。金正恩の言葉を借りると、「これまで人民が受けた苦痛や抑制された発展の対価を受け取るための衝撃的な行動に移る。」そして「米国が敵視政策を最後まで追求するなら、朝鮮半島の非核化は永遠にない」と述べ、「近く朝鮮民主主義人民共和国が保有する新しい戦略兵器を目撃するだろう」と、金正恩は断じたのである。続いて、「敵対勢力の制裁圧力を無力化させ、社会主義建設の新しい活路を切り開くための正面突破戦を強行しなければならない」と金正恩は力説し、「正面突破戦」という「新しい道」を打ち出した。このことは労働党中央委員会総会において2018年4月に採択された「経済建設総力集中」路線に終止符を打ち、それ以前に踏襲していた「経済建設と核武力建設の並進路線」に復帰することを意味する。

 中央委員会総会での決定は最高政策機関による機関決定であることを踏まえると、非核化を謳い文句とした過去二年間の戦術は終わりを告げ、これに代わり米国との対決を前面に打ち出すと思われる。しかも金正恩は「新しい戦略兵器」に言及し、「衝撃的な行動」に打って出ると脅したことから、「新しい戦略兵器」とは何なのか。「衝撃的な行動」とは何を意味するのか重大な疑問を生じさせることになったのである。1月8日頃から2月16日頃までに大規模な軍事挑発があるのではないかとみられる中、金正恩はいかなる軍事挑発を選択する可能性が高いであろうか。それには第7回地下核実験、多弾頭ICBM発射実験、潜水艦発射弾道ミサイル(SLBM)発射実験、人工衛星打上げを偽装した長距離弾道ミサイル発射実験など、様々な軍事挑発の可能性が取りざたされている。2020年初めの時期に強行される軍事挑発という点では第7回地下核実験の断行は考え難い。核実験の断行は米朝間での軍事衝突の可能性を一気に高めるだけでなく陸続きの中国の習近平主席やロシアのプーチン大統領までも激しく刺激することから、中露からも金正恩が突き放されるという事態に発展しかねない。こうしたことを踏まえると、この選択肢は現時点では考え難い。
 
 次の選択肢はICBM発射実験であるが、この段階でのICBM発射実験は低いと最近まで考えられてきた。と言うのは、もしICBM発射実験が強行されることになれば、2017年11月29日に強行された「火星15」型ICBMの発射実験以来となる。「火星15」型ICBMの潜在射程距離は13,000キロメートルにも及んだと推察される。この射程距離は米東海岸を含む米国本土全域を射程内に捉える距離に相当する。前回の発射実験がトランプ政権だけでなく米議会からも重大な反発を招いた。前回のICBM発射実験に強い衝撃を受けたトランプ政権はまもなく北朝鮮領内の核・ミサイル関連施設への軍事的選択肢の発動である空爆の可否を真剣に考慮した経緯がある。しかも中国とロシアも2017年の7月と11月に強行されたICBM発射実験の際に安保理事会での経済制裁決議の採択において支持に回った経緯がある。多少ならずとも金正恩指導部を中露両国が配慮しているとは言え、中露が安保理事会の常任理事国としての行動を求められることも事実である。ICBM発射実験が強行されれば、習近平やプーチンも事態を深刻に受け止めなければならなくなるであろう。こうしたことを踏まえ、この段階で金正恩がそのリスクをあえて冒すことはないと考えられた。(つづく)
 
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