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2019-12-20 13:58

(連載1)失効回避された日韓GSOMIAの憂うべき展望

斎藤 直樹 山梨県立大学教授
 2019年11月23日午前0時をもって、日韓GSOMIA(軍事情報包括保護協定)が失効する直前で同協定の失効が回避されたことは周知のとおりである。この背景にはトランプ政権による強い圧力があったことは間違いがない。同協定の失効を前にして米国高官が相次ぎ訪韓し、同協定に留まるよう文在寅政権に強く要請した結果、同協定の失効が一先ず回避されることになった。文在寅政権は8月22日に行われたGSOMIAの破棄決定の事由はすべて日本側にあるかのごとくトランプ政権に説明し、GSOMIAからの離脱はやむなしとの釈明を繰り返した。これに対し、同協定の失効間際になり訪韓した米国高官達と文在寅大統領が表向き上、にこやかに会談した模様がメディアを通じ伝えられた。しかし、トランプ政権側の怒りは頂点に近かったであろうと思われる。また同時期にトランプ政権が文在寅政権に在韓米軍の駐留経費の韓国負担額を5倍に引き上げる要求を行ったとの報道が行われた。2019年の韓国負担額は約9億ドルであったとされるが、その5倍増となれば、50億ドル相当に及ぶ。この引き上げ要求も尋常ではないが、懸念されるのはトランプ大統領による駐留経費の負担額引き上げ要求を拒否する大義名分を文在寅に与えかねないことである。法外というべき5倍増額とはそうした要求であろう。これでは在韓米軍の縮小や撤収を内心、望んでいるとみられる文在寅は実のところ歓迎しているのではなかろうか。こうした展開は日米韓三国安全保障協力の枠組みから離脱できる退路を文在寅に与えかねない印象を与える。
 
 日本による輸出管理の見直し措置や韓国のホワイト国からの除外に対する対抗措置としてGSOMIAの破棄決定が行われたとややもすれば見なされ易い。そうした側面は確かにあろうが、そればかりではない。その根底には文在寅が日米韓三国安全保障協力の枠組みから離脱し、中朝側に移ろうとしている側面が見え隠れするのである。そうした文在寅の思惑に危機感を抱いている韓国の保守派層は自前の核保有を目指すべきであるとの議論を行っている。保守派からみれば、事実上、核武装化した北朝鮮に対抗するための手段として核保有を真剣に模索せざるを得ないと映る。こうした展望こそ、トランプ政権が作り出している状況である。他方、将来、在韓米軍が撤収することがあれば、韓国の安全保障を確保するためにどのような選択肢を文在寅は検討するであろうか。今後、中国との安全保障協力の枠組みに移行することも文在寅は視野に入れているのではないか。このことは日米韓安全保障協力の枠組みから離脱して中国と同盟関係を結ぶことを意味しかねない。しかも中国と強く結びつくことにより北朝鮮による軍事的圧力をかわすこともできると文在寅が考えてもおかしくはない。つまり、文在寅からみて中国と強い絆で結びつくことができれば、金正恩による核の恫喝を封殺できるという論理に結びつく。こうしてみれば、トランプ政権による駐留経費負担額の要求が深刻とも言える問題を内包していることに気づかざるをえない。5倍の駐留経費負担を韓国に要求するのは文在寅をしてわざわざ習近平や金正恩に近づかせるようなものである。そうした法外な負担要求を突きつけるトランプの高飛車な姿勢に憤りを覚えるとしても、中国や北朝鮮に接近できることに対して韓国の左派層は歓迎するのではなかろうか。
 
 他方、既述のとおり、在韓米軍の縮小、ひいてはその撤収は必ずしも悪い選択肢ではないと文在寅が考えている節がある。このことは米韓連合軍の戦時統制権を米軍から韓国軍に移管しようと文在寅が目論んでいることからもうかがえる。2022年5月に退陣する文在寅は任期内に戦時統制権を移管できるように奔走している感がある。ところが、韓国軍への戦時統制権の移管は有事の際の米韓連合軍の連携にただならぬ影響を与えかねない。金正恩指導部による核の脅威が日々現実化しつつある中で、米韓連合軍の作戦能力を自ら削ぎ落とそうとする韓国大統領がいるであろうか。結果的に金正恩をして韓国を一層恫喝しやすい状況を作り出することになりかねない。文在寅の安全保障・防衛認識が疑われるのはこうした文脈からである。しかも一見して純朴であるがゆえに文在寅が思い違いをしているのではないかと思われるが、文在寅の言動から必ずしもそうとは限らないことが看取される。「積弊清算」と南北統一の実現という確信的とも言える信念に文在寅は突き動かされている節がある。こうしてみれば、文在寅は戦時統制権を在韓米軍から韓国軍に移管させ、その結果として米韓連合軍を弱体化することになっても特段、構わないと考えているのではないかと疑わせる。
 
 米国政権は以前からアジア・太平洋地域において北朝鮮の核ミサイル開発だけでなく中国による強引とも言える海洋進出と猛烈な勢いで進む核軍拡への対抗基盤を構築することに優先順位を置いてきた。そのために米国が推進してきたのが中国の封じ込めを骨子とするインド太平洋戦略である。同戦略の中で、日米安全保障協力は中核的な地位を占めるが、韓国も同戦略に組み込みたいのが米国の狙いである。朴槿恵政権時代の2016年7月に行われたTHAAD(終末高高度防衛ミサイル)の導入決定は同戦略にとって重要な試金石となった。ところが、朴槿恵が自らの醜聞で弾劾されたことを受け、2017年5月に文在寅政権が発足すると、トランプは日米韓三国安全保障協力を推進すべく文在寅に迫った。当時、金正恩指導部が大規模な軍事挑発を繰り返していたこともあり、文在寅はトランプの意向に沿って行動したような感があったが、いつしか習近平国家主席の顔色をうかがうようになった。(つづく)
 
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