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2019-10-24 16:07

(連載1)INF全廃条約失効と米国によるINF再配備の展望

斎藤 直樹 山梨県立大学教授
 射程距離500から5500キロ・メートルの地上発射弾道ミサイルおよび地上発射巡航ミサイルの配備だけでなく生産、実験、保有を禁止したINF(中距離核戦力)全廃条約は1987年11月に米ソ間で締結され、91年12月のソ連解体に伴い同条約はロシアに継承された。同条約は締結以降、30年以上に及び核軍備管理の分野において象徴的な存在であった。しかしトランプ政権はプーチン政権に対し同条約の破棄を2019年2月1日に通告したことにより、6ヵ月後の8月2日にINF全廃条約はついに失効した。
 
 トランプ政権が同条約からの離脱に踏み切った主な事由には中国による中距離核戦力の大規模展開がある。この間、同条約の締約国でなかった中国はこれをよいことに中距離核戦力の大々的な開発・配備を進めてきた。言葉を変えると、中国の同戦力の開発・配備に対し同条約はいかなる縛りをかけることができなかったことになる。中国が保有するとされる地上発射弾道ミサイルの内、実に9割相当がINF全廃条約の禁止対象であった中距離核戦力であるとされる。その中には、射程距離約1500キロ・メートルに及ぶとされる東風-21(DF-21)や射程距離約4000キロ・メートルに達するとされる東風-26(DF-26)が含まれる。後述のとおり、中国領土に近接する海域を航行する米空母を含む米艦艇に深刻な脅威を与えると見られることから、東風-21は「空母キラー」と呼称される。他方、東風-26は米国のアジア・太平洋地域防衛の要と位置づけられている米領グアム島のアンダーセン米軍基地を確実に射程内に捉える。こうしたことから同ミサイルは「グアムキラー」とも呼ばれる。
 
 トランプ政権に衝撃を与えたのは2019年に強行されたこれらのミサイル発射実験である。2019年6月末から7月の初めにかけて南シナ海の南沙諸島の付近で東風-21D改良型あるいは東風‐26とみられる弾道ミサイルが6発、発射されたことが米インド太平洋軍から報告された。中国による中距離核戦力の配備が野放しで進んでいることがトランプ政権をして同条約からの離脱を決断させた主たる事由であるが、これに加え欧州のNATO諸国に脅威を与えるロシアによる地上発射中距離弾道ミサイルの開発も懸念材料となってきた。また中国と並び同条約の締約国でない北朝鮮が射程距離約1300キロ・メートルを誇り日本領土ほぼ全域を射程内に捉えかねないノドン・ミサイルに代表される中距離弾道ミサイルを開発・配備してきた。
 
 これまでINF全廃条約の存在を無視するかのように中距離核戦力を大々的に中国が配備してきた最大の事由は中国の軍事戦略と深く関連する。中国にとって特に目ざわりとなってきたのは米海軍が誇る世界最大の空母打撃群の存在である。中国領土の近海を航行する米空母打撃群に対する対抗策として中国が重視してきたのは「接近阻止・領域拒否(A2/AD: Anti Access/Area Denial)」戦略である。前述の東風-21などはまさしく中国領土の近海に接近する米空母を威嚇する。他方、米国の目にはINF全廃条約に縛られ身動きが取れなかった間に中国が中距離核戦力を大々的に配備し、「A2/AD」戦略を展開するに至ったと映っている。同戦略を掲げ中国はほぼ全域に自らの領有権を主張する南シナ海だけでなく沖縄県など南西諸島を始めとする東シナ海に対しても睨みを利かせているのが現実である。(つづく)
 
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