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2019-10-19 08:58

(連載1)決裂した米朝実務者協議と憂慮される展望

斎藤 直樹 山梨県立大学教授
 2019年2月末のハノイでの第二回米朝首脳会談から約7ヵ月ぶりの米朝対話となった米朝実務者協議が10月5日にスウェーデンのストックホルムで開催された。同協議の米国代表はビーガン北朝鮮担当特別代表が、北朝鮮代表は金明吉(キム・ミョンギル)北朝鮮首席代表が務めた。しかし数時間に及んだ米朝実務協議が決裂に終わったことは周知のとおりである。協議後まもなくして、金明吉は北朝鮮大使館でトランプ政権の対応を痛烈に非難する声明文を読み上げた。「・・今回の交渉が何の成果もないまま決裂したのは全面的に米国が旧態依然とした立場と態度を改めることができなかったところにある。・・我々の立場は明白である。朝鮮半島の完全な非核化は我々の安全と発展を脅かすすべての障害物が除去されて初めて可能になる。・・我々の核実験とICBM発射実験の中断が堅持されるか、再開されるかは全面的に米国にかかっている」と、金明吉は言明した。この声明文は金正恩指導部の姿勢を余すことなく表現したものである。同指導部からみたとき、実務者協議での米国の姿勢はハノイ開催の米朝首脳会談時と同様であった。北朝鮮の要求をトランプ側が受諾して初めて完全な非核化に応じる用意があるとし、北朝鮮の要求に応えないのであれば、核実験とICBM発射実験を再開するであろうと凄んだのである。
 
 同声明文に驚いたのはトランプ側であった。数時間後に、オルタガス米国務省報道官はトランプ政権の談話を発表した。「・・北朝鮮代表団の発表は協議内容と精神をまともに反映していない。米国は創造的な提案を行い、北朝鮮側とよい協議を行った」と同報道官が発言したとおり、双方の発表は全く食い違う内容であった。その後、米国務省報道官の発表を受ける形で平壌において北朝鮮外務省報道官がトランプ政権の姿勢を改めて批判した。「・・米朝対話の運命は米国の態度にかかっており、その期限は今年末までである」と、外務省報道官は重ねて大幅な譲歩をトランプ側に要求したのである。米朝実務者協議が決裂に終わったと金正恩側が断じたのに対し、トランプ側は良い協議を行ったと論じたことに標される通り、双方の評価が全く相反したが、一体どのようなことが実務者協議の席上で話し合われたのか。当初の報道によると、北朝鮮側はハノイでの米朝首脳会談で要求した対北朝鮮経済制裁を盛り込んだ国連安保理事会決議5件の解除と米韓合同軍事演習の中止を求めたとされた。これに対し、「寧辺プラスアルファ」としばしば呼称される通り、寧辺核施設に加えウラン濃縮施設の廃棄に北朝鮮が応じるならば、北朝鮮の主要輸出品目である石炭などの部分的な制裁解除をトランプ側が行う用意があると報道されたが、ことはそれほど単純ではなかったようである。
 
 米国務省報道官が述べた「創造的な提案」とは何か。トランプ政権はこれまで北朝鮮の「完全な非核化」が完遂するまで経済制裁を継続するとしてきたが、今回の実務者協議では非核化の完遂の前に経済制裁の一部の緩和を行う用意があることを示唆した。トランプ政権の姿勢は幾つかの要求に金正恩側が真摯に応えるならば、一定の見返りを与えるとするものである。この姿勢は「完全な非核化」の完遂まで経済制裁を解除しないとした従来の姿勢から多少なりとも軟化した感がある。トランプ側の要求の一つ目は、すべての核兵器と核物質を米国内に搬出すると共に、核や弾道ミサイル関連施設を含むすべての大量破壊兵器の関連施設を完全に廃棄することを約束することである。要求の二つ目は、寧辺核施設を廃棄し、ウラン濃縮活動を中断する措置を講じることである。ハノイでの米朝首脳会談においてトランプ大統領が金正恩朝鮮労働党委員長に対し寧辺核施設の廃棄に加え、他のウラン濃縮施設の廃棄を要求したが、今回の実務者協議での米提案はウラン濃縮活動の中断要求に止まっている。
 
 北朝鮮がこれらの要求に真摯に応えるならば、対北朝鮮経済制裁を定めた安保理事会決議に盛り込まれた石炭や繊維製品などの制裁を緩和する意思があることに加え、金正恩体制の保証措置として朝鮮戦争の終戦宣言を行う用意があると示唆したとされる。他方、上記の米提案は北朝鮮側にどのように映ったであろうか。米提案は制裁緩和に応じる用意があるとしたものの、北朝鮮が求めてきた制裁の全面解除ではなく一部の品目についての制裁緩和に過ぎなかったことに北朝鮮側が激しい憤りを感じたのは想像に難くない。米提案のいうところの制裁緩和では話にならないとし、制裁の全面解除を北朝鮮側は求めた。しかもハノイでの米朝首脳会談で金正恩がトランプに要求したとされる5件の安保理事会決議の解除に加え、15件に及ぶ米国による独自制裁の解除を要求したとされる。その背後には、米国による15件の独自制裁の解除が行われれば、金正恩が熱望するとされる南北経済協力事業の再開を含め様々な恩恵を享受できるとの読みがあったのであろう。(つづく)
 
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