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2019-09-27 19:08

(連載1)文在寅の「積弊清算」と南北統一の夢

斎藤 直樹 山梨県立大学教授
 2018年秋から悪化の一途を辿っている日韓関係の中心にいるのは間違いなく文在寅韓国大統領その人である。この間、旭日旗掲揚問題、いわゆる「徴用工問題」、「レーダー照射事件」、日韓GSOMIA(軍事情報包括保護協定)の破棄決定など、日韓関係の根幹を揺さぶる事件が続発している。これらの問題への対応として文在寅の行っていることは、事実関係を都合のいいように捻じ曲げ、責任の所在を日本にいたずらになりつけようとしているように映る。そうした文在寅の言動は対応すべき事態に対する「思い違い」から生じたところもあろうが、それだけではないであろう。その背後に見え隠れするのは文在寅の確信的と言える信念であり、そうした確信的信念が文在寅を突き動かしているとも言えよう。文在寅の確信的信念は「積弊清算」としばしば呼ばれる文言に集約される。しかも文在寅の「積弊清算」は最終的に南北統一にむすびつく。その結果として起きているのが誠に不可解な一連の出来事と捉えることができよう。
 
 文在寅は政権発足後、「積弊清算」を掲げ、李明博、朴槿恵と続いた保守政権時代に積り重なった悪しき弊害の徹底的な除去に乗り出した。朴槿恵の逮捕劇に続いた李明博の逮捕劇もその一環として位置づけられる。文在寅の「積弊清算」が鮮明になったのは「三・一独立運動」の百周年記念日を三日後に控えた2019年2月26日の閣議での文在寅の発言であった。「親日を清算し独立運動にしっかり礼を尽くすことが、民族の精気を正しく立て直し正義のある国に進む始まりだ」と文在寅は断言した。ここに至り、「積弊清算」は「親日清算」を意味することが明らかになった。1910年の韓国併合から36年間に及んだ日本統治から朝鮮半島が45年8月に解放されたものの、米ソの思惑によって翻弄されることになった。朝鮮半島全域がソ連軍占領下に置かれることを恐れたトルーマンが北緯38度線での南北分割を盛り込んだ「一般命令第一号」を急遽、スターリンに発信しスターリンが受け入れたことにより、朝鮮半島の分断が決まった。38度線以北の北部朝鮮地域はソ連進駐軍による占領下に置かれた一方、以南の南部朝鮮地域は米進駐軍の占領下に入った。その北部朝鮮では「満洲派」、「延安派」、「ソ連派」、「南労党派」など様々な共産主義者達が集結したが、南部朝鮮は様相を異にした。
 
 文在寅の視点に立てば、南部朝鮮では日本統治時代に日本に加担した親日勢力がその後韓国の支配構造に与する形で温存された。すなわち、文在寅にすれば、北朝鮮で共産主義の下で親日勢力は徹底的に排除されたが、韓国では親日勢力が清算されないままぬくぬくと生き続けた。これらの親日勢力がやがて反共産主義勢力となり、その後保守系勢力へと変質していったことになる。そうした勢力の元祖こそ、戦後復興を遂げた日本と国交を回復し、日韓基本条約を結び日本からの莫大な経済支援を受け、韓国の工業化に邁進した朴正熙(パク・チョンヒ)やその周りの勢力であり、その系譜は保守系大統領であった李明博や朴槿恵の人脈につながるのであろう。文在寅にとって朴正熙時代に日本による巨額の経済支援を受け、経済発展を遂げ今日の経済繁栄の基礎になったこと自体が認めがたい負の遺産であろう。したがって、保守勢力として温存されたかつての親日勢力は今、徹底的に清算されなければならないことになる。保守勢力を韓国社会から一掃することこそ文在寅が捉える「親日清算」であり「積弊清算」なのである。
 
 そうした「積弊清算」の断行を通じ、韓国内の保守勢力の一掃と、北朝鮮との融和を進める左派勢力を団結させようとしてようにみえる。こうしてみたとき、文在寅が韓国内の保守勢力と敵対すると共に日本と鋭く対立し、ひいては南北統一を掲げ金正恩体制と結びつこうとしているのが見えてくる。日本との摩擦や関係悪化は当然の結果として生じることになる。「親日清算」、「積弊清算」と並行するかのように、日韓関係を揺さぶる事件が続発してきた経緯が理解されよう。このことは時系列にみたとき、明白である。特に、2018年9月中旬に開催された第三回南北首脳会談頃からこの動きは加速し出した感がある。2018年10月30日の韓国最高裁である大法院がいわゆる「徴用工」とされる原告に損害賠償を認める判決を行ったのに続き、11月29日にも同様の判決が行われた。続いて、生起したのが12月20日の「レーダー照射事件」であった。同事件は日本海の日本の経済水域内で哨戒活動を行っていた海上自衛隊哨戒機に韓国海軍駆逐艦が火器管制レーダーを照射した事件であった。安倍内閣は直ちに文在寅政権に抗議したが、これに対しレーダー照射の事実はなかったとし、哨戒機が韓国海軍艦艇に接近したことに問題があるとして文在演政権は猛反駁した。結局、同事件の事実関係はうやむやになった。(つづく)
 
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