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2019-09-05 12:34

(連載1)文在寅によるGSOMIA破棄決定の衝撃

斎藤 直樹 山梨県立大学教授
 文在寅政権は、8月22日に懸案のGSOMIA(軍事情報包括保護協定)を突如、破棄する決定を行った。その事由として金有根(キム・ユグン)国家安保室第1次長は「・・日本政府がホワイト国リストから韓国を除外して両国間安保協力の環境に重大な変化を招いた。・・このような状況では、GSOMIA協定を持続させるのが国益に合致しない」と語った。しかも「米国はわが政府の立場を理解している」としたのである。他方、安倍内閣は幾度にもわたりGSOMIAを更新するとの方針を明らかにしていた。またトランプ大統領はポンペオ国務長官、エスパー国防長官、ビーガン北朝鮮政策特別代表など政権の高官を訪韓させ、文在寅政権にGSOMIAの更新を重ねて要請していた。トランプ自身、8月9日に「私は韓国と日本が互いに良い関係を結ぶことを願い、彼らは同盟国でなければならない」と力説した。しかも破棄決定発表の前日の8月21日に鄭景斗(チョン・ギョンドゥ)韓国国防部長官は「GSOMIAの戦略的価値は充分だ」と言及した。こうした状況下での突然の破棄決定であったことから、大方の予想を覆す形の決定であったことは間違いがない。破棄決定は日本だけでなく米国に対しても少なからず衝撃を与えざるを得なかった。
 
 トランプ政権は直ちに深刻な失望と懸念を表明した。8月22日に国防総省は「文在寅政権の決定に強い懸念を表明する」と発表した。国務省は「北東アジアの深刻な安保問題への思い違いを示すことになると繰り返し伝えてきた」とし、同様に強い懸念を表明した。加えて、ポンペオは「私達は韓国が情報共有協定に関して下した決定を見て失望した」とコメントした。「米国はわが政府の立場を理解している」と文在寅政権が触れたとおり、同政権はトランプ政権と綿密な協議を行いGSOMIAの破棄決定に至ったかのような印象を与えようとしたが、トランプ政権は破棄決定の事前通告を受けてなかったことを明らかにすると共に、失望と懸念を表明したのである。トランプ政権の失望と懸念表明を受け、文在寅政権は急場しのぎの釈明会見を余儀なくされた。8月23日、金鉉宗(キム・ヒョンジョン)国家安保室第2次長は「米国側が我々にGSOMIA延長を希望してきたのは事実」であると認め、「米国が表明した失望感は希望がかなわなかったことによる当然のものだと考える」と批判をかわし、「今回の決定が韓米同盟の弱化でなく、むしろ一段階アップグレードさせるきっかけになるよう努力する」と居直ったのである。
 
 他方、破棄決定は韓国の主要新聞メディアにとっても予想を覆す決定であった。『中央日報』、『朝鮮日報』、『東亜日報』などは破棄決定を厳しく批判した。これらの保守系の新聞は2018年12月の「レーダー照射事件」の際には概ね文在寅政権の支持に回ったが、GSOMIAの破棄決定では厳しい批判に転じた。8月23日付の『中央日報』の社説は「この政府は日本と永遠に敵対関係でいきたいと思っているのか聞かざるを得ない」と悲観的な論評を掲載した。他方、文在寅の破棄決定を擁護しているのは『ハンギョレ新聞』など革新系の新聞である。こうした状況の下で文在寅政権がとった策は日韓で係争中の島根県の竹島での軍事訓練であった。8月25日と26日の二日間にわたり文在寅政権が竹島で軍事訓練を強行すると、「日本と韓国の最近の対立を考えると、タイミング、メッセージ、そして規模の拡大は問題を解決するのに生産的ではない」と国務省がめずらしく同軍事訓練を批判したのである。
 
 この間、GSOMIAの破棄決定からしばしの間沈黙を保っていたトランプがパリで開催中のG7サミットの場で、文在寅への不満と不信感を爆発させた。「文在寅という人は信用できない」とトランプは述べると共に、「金正恩は『文大統領はウソをつく人だ』と私に言ったんだ」として金正恩の言葉を引き合いに出して文在寅を痛烈に非難し、「なんで、あんな人が大統領になったんだろうか」と吐き捨てたのである。トランプにここまで酷評された人物はそうそういない。文在寅が虚飾に満ちた人物であり信用はできないとの報道は一気に世界中に拡散することになった。文在寅の政治手法でみられるのは真偽の怪しい主張を平然と並べたてるだけでなく責任の所在を相手側に擦り付けることである。要するに、事実関係の捻じ曲げと日本への責任転嫁こそ文在寅の政治手法であろう。非難のはけ口を日本に向けることにより韓国民の反日感情をいたずらに煽り、韓国が直面する問題の所在があたかも日本にあるとする手法は対日本という文脈では通用したかもしれない。(つづく)
 
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