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2019-06-27 23:08

(連載1)膠着する朝鮮半島情勢と韓国の安全保障

斎藤 直樹 山梨県立大学教授
 2019年2月末にハノイで開催された第2回米朝首脳会談が事実上、決裂して以降、米朝関係の膠着状態は依然として続いており、実務者級の米朝非核化交渉も開催されていない。この間、トランプ陣営と金正恩陣営の幹部達による激しい応酬が繰り返された。そうした応酬は今後、非核化交渉が開始された際に、自陣に有利なように進めるための駆け引きであり牽制ともとれるが、双方が歩み寄る兆しは一向にみえない。その主な事由は第2回米朝首脳会談においてトランプ大統領が金正恩朝鮮労働党委員長の真意をようやく理解できたことによると言えよう。それまでポンペオ国務長官やボルトン大統領補佐官は金正恩が「完全な非核化」に応じることはないとの金正恩の底意を冷徹に掴んでいた一方、肝心のトランプが「完全な非核化」に金正恩が応じるのではないかと何か淡い期待のようなものを抱いていたのではなかろうか。しかし同首脳会談で金正恩が応ずる余地があるとしたのは老朽化した寧辺核施設の廃棄だけであることをトランプが否応なく察したことにより、トランプが現実を理解したとみることもできる。それ以降、両首脳が向き合いその場で即決するようなトップ・ダウン式の非核化交渉の限界を思い知ったトランプは、実務者級の交渉で成果を着実に挙げ、それ次第で第3回首脳会談の開催を考慮する方向にシフトしているように映る。こうしたことがますます金正恩指導部をして過激さを増させているのであろう。
 
 この間、約1010万人もの北朝鮮国民が食糧難で困窮を強いられているとの内容を盛り込んだ評価報告書が国連専門機関の国連食糧農業機関(FAO)と国連世界食糧計画(WFP)から5月3日に公刊された。これにタイミングを合わせたかのように、翌日の5月4日に金正恩指導部はロシアのイスカンデルに類似した短距離弾道ミサイルの発射実験を強行し、5月9日にも同様の弾道ミサイルの発射実験を行った。これに対し、「・・北朝鮮は弾道ミサイル技術や核実験、またいかなる挑発を使用する追加の発射を行ってはならない」と定めた2017年12月22日採択の安保理事会決議2397に同ミサイル実験が抵触しかねない可能性を念頭に、事を荒立てたくないかのようにトランプ政権も文在寅政権も逆に自重している感がある。しかし今後、5月4日と9日に強行した弾道ミサイル発射実験や核実験などの大規模軍事挑発を強行したいと金正恩は誘惑にかられるかもしれないが、そうした軍事挑発を再開すれば、間違いなく国連安保理事会で対北朝鮮経済制裁審議が再開され、さらなる経済制裁が追加される可能性が高い。また追加の経済制裁が科されなくとも、現状の経済制裁が継続される共に、瀬取りなどに代表される海上違法取引に対する監視網が一段と強化されることに伴い、これまで以上に違法取引が摘発されることが予想される中で、制裁の効果は一層上がることが予想される。
 
 また国連安保理事会決議に基づく経済制裁であるだけに、中国やロシアも表立って経済制裁の緩和や解除に向けて踏み出すことは容易ではない。安保理事会常任理事国の責任において両国の指導部は国連による経済制裁を毅然と履行することが問われよう。またこれら両国の企業や金融機関は少なからず北朝鮮との違法取引にかかわってきたのではないかと疑惑視されている中で、そうした企業や金融機関に対する米国政府によるセカンダリー・ボイコットが発動される可能性がある。加えて、これまで北朝鮮による違法取引にどちらかと言えば傍観的であった感のある韓国の文在寅政権も同様である。違法取引に関与した韓国企業や金融機関へのセカンダリー・ボイコットもありうる。こうした現状に日々不満を強める金正恩に手を差し伸べるかのように、6月20、21日に習近平国家主席が初めて訪朝し、習近平と金正恩の双方が互いに親密さを世界に向けてアピールした。習近平が米朝両陣営の仲介役を買って出たとか、食糧やエネルギー支援を約束したとの推測が流れているものの、その会談の中身についてなかなか伝わってこない。
 
 確かに一時急速に高まった朝鮮半島の緊張が2018年1月以降、緩んだように映る。とは言え、この間、北朝鮮の軍事的脅威はむしろ増大していることが指摘される必要がある。言葉を変えると、韓国の安全保障上の相対的脆弱性は高まっている。その最大の事由は文在寅が南北融和を優先するがあまり、韓国の安全保障に穴が開きつつあることによる。文在寅が南北融和を叫べば叫ぶほど、韓国の安全保障の脆弱性が露になるのである。その一つは2018年9月の第3回南北首脳会談で成立した「南北軍事合意」なるものである。同合意に従い、北朝鮮と韓国を分ける非武装地帯内にある監視警戒所(GP)を双方とも10箇所ずつ破壊した。その結果、非武装地帯にある監視警戒所の数は韓国側が60箇所、北朝鮮側が160箇所にそれぞれ削減されることになった。言葉を変えると、韓国側の監視能力が相対的に削がれたことを意味する。またこのことに関連して、同合意はポンペオを激しく苛立たせた。同合意が軍事境界線の上空に飛行禁止区域を設定したことにより在韓米軍軍用機も飛行禁止となることを踏まえ、ポンペオが康京和(カン・ギョンファ)韓国外相に対し何を考えているのかと、激怒したとおりである。(つづく)
 
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