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2019-05-27 21:44

(連載1)対北朝鮮経済制裁の影響と金正恩による違法取引

斎藤 直樹 山梨県立大学教授
 2019年2月27、28日に開催された第2回米朝首脳会談で明になったことは、金正恩・朝鮮労働党委員長がトランプ大統領の言うところの「経済制裁の全面解除」の要求に殊の外拘ったことである。ボルトン大統領補佐官がまとめたとされる米国案には、朝鮮戦争の終結宣言や連絡事務所の設立などが北朝鮮の「完全な非核化」の見返りとして盛り込まれていたとされるが、金正恩にとってそうした見返りは必ずしも魅力的なものではなかったらしい。金正恩はとにもかくにも「経済制裁の全面解除」をトランプに要求したのである。首脳会談の決裂後の3月1日に急遽行われた北朝鮮側の記者会見で、李容浩(リ・ヨンホ)北朝鮮外相がトランプに見返りとして金正恩が要求したのは対北朝鮮経済制裁を盛り込んだ5件の国連安保理事会決議の解除であったと釈明した。とは言え、5件の決議は現在北朝鮮に科されている経済制裁の主要部分であることを踏まえると、そうした要求は「経済制裁の全面解除」とトランプの目に映ったことは周知の通りである。いずれにしてもそれほど金正恩が経済制裁の解除に執着したという事実は逆説ながら対北朝鮮経済制裁が徐々に効果を挙げていることを物語ったのである。
 
 これらの経済制裁が現在、北朝鮮経済にどのような影響を与えているのか必ずしも明らかでないものの、北朝鮮の保有外貨が漸次、低減しているとの推測がよく聞かれる。実際に金正恩が殊の外憂慮しているのは北朝鮮の外貨保有額の激減であるとされる。30から70億ドル相当に上るとされる北朝鮮の外貨保有額は、今後も現在の経済制裁が継続されれば、一年につき10から15億ドル程度の外貨額が縮小することが予想され、数年内に保有外貨額は文字通り、枯渇しかねないという事態が予想される。こうしたことを知ってかどうか、トランプは3月7日に北朝鮮との非核化交渉は長期化するであろうとの展望を示し、その上で、「・・約1年以内に皆さんに報告することになるであろう」と意味深長な発言を行った。トランプの発言の裏には、特段、北朝鮮に対する経済制裁をこれ以上追加しなくとも、現状の経済制裁を確実に継続すれば、窮地に陥った金正恩は遅かれ早かれ音を上げるであろうとの読みがある。
 
 保有外貨が徐々に枯渇に向かっているという事態は、朝鮮労働党幹部、政府高級官僚、軍幹部、警察幹部など金正恩体制を支える指導層へ深刻な打撃をもたらすであろうとみられている。そうした事態の下で金正恩が案じるのは軍や警察の忠誠心が揺らぐことにより、体制への不満が蓄積しやがて爆発するのではないかということであろう。また保有外貨の枯渇が次第に国民生活を圧迫し始めていることも間違いがないであろう。最近の干ばつなどの天候不良や経済制裁による影響を受け、約2500万人を数える北朝鮮国民の約4割に相当する1000万もの人々が深刻な食糧不足に直面しているとの評価報告書が5月3日に国連機関のFAO(国連食糧農業機関)とWFP(国連世界食糧計画)より刊行された。これに対し、5月17日に国連世界食糧計画やUNICEF(国連児童基金)を通じ800万ドル相当の緊急食糧支援を行うことを文在演政権が決定した。
 
 ところで、これまで国連安保理事会決議に基づく対北朝鮮経済制裁の実効性については多くの疑義が表明されてきた。2006年7月から2017年12月までに実に11件の安保理事会決議が採択された。とは言え、2016年3月以前に採択された決議は主に北朝鮮の大量破壊兵器の規制に関するものであった。これに対し、2016年3月に採択された安保理事会決議2270以降、制裁の内容は一変したと言えよう。同年3月から2017年12月まで6件の安保理事会決議が採択されたが、この中で第2回米朝首脳会談において金正恩がトランプに解除を求めたのは李容浩によると、以下の5件の決議であった。第一は2016年1月6日の北朝鮮による第4回核実験と2月7日の長距離弾道ミサイル発射実験に対し2016年3月2日に採択された決議2270である。第二は同年9月9日の第5回核実験に対し同年11月30日に採択された決議2321である。第三は2017年7月に二度にわたり強行された「火星14」型ICBM発射実験に対し8月5日に採択された決議2371である。第四は同年9月3日に強行された第6回核実験に対し9月12日に採択された決議2375である。さらに第五が同年11月29日に強行された「火星15」型ICBM発射実験に対し12月22日に採択された決議2397であった。これらの決議の採択により順を追って制裁のレベルは上がったと言える。この結果、北朝鮮の主要輸出品である石炭、鉄鉱石・鉄、鉛鉱石・鉛、繊維製品、海産物などの輸出は全面禁止となった。また北朝鮮労働者の外国派遣に対し厳しい縛りがかかった。これらにより貴重な外貨の確保は難しくなった。さらに北朝鮮経済の生命線という呼べる石油の輸入に初めてメスが入った。(つづく)
 
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