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2019-04-29 03:56

(連載1)激しさを増す金正恩とトランプの鬩ぎ合い

斎藤 直樹 山梨県立大学教授
 4月12日に北朝鮮最高人民会議において金正恩・朝鮮労働党委員長は今後の朝鮮半島情勢を展望する上で極めて重要と思われる施政方針演説を行った。この演説は2月末の第2回米朝首脳会談の事実上の決裂を踏まえ、第3回米朝首脳会談の開催に向けてトランプ大統領や文在演大統領に対し自陣にとって許容できる譲歩を迫ったものである。『朝鮮中央通信』は13日に施政方針演説を伝えた。演説での金正恩の口調は意図的なのかどうかは別にして、極めて高飛車かつ傲慢であった。『朝鮮中央通信』報道を引用すると、「・・ハノイでの米朝首脳会談のような首脳会談が再現されることは我々にとって嬉しくもないしかつ行う意欲もない。」続いて、「・・米国が正しい姿勢かつ我々と共有できる方法論で第3回朝米首脳会談を行おうとするなら、もう一度ぐらい行う用意が我々にもある。・・今後、朝米両方に受け入れ可能な内容が文書に盛り込まれるのであれば、躊躇せず合意文書に私は署名するであろう。それはとにもかくにも米国がどのような姿勢とどのような計算法で出てくるかに依拠している」とし、その上で「・・今年の終りまでは忍耐力を持って米国の勇断を待つが、前回の首脳会談のように良い機会を再び得るのは確かに難しいであろう」と、金正恩は断じたのである。
 
 また施政方針演説の中で、金正恩は文在演に対し厳しい注文を付けた。それによると、「韓国当局は・・おせっかいな「仲裁者」や「促進者」のごとく振る舞うのではなく、民族の一員として・・民族の利益を擁護する当事者にならなければならない」その上で「・・韓国当局が真に北南関係の改善および平和と統一の道へ進もうとするならば、我々の立場と意志に共感して歩調を合わせなければならず、言葉ではなく実際の行動で誠実さを示す勇断を下さなければならない」と金正恩は文在演に迫った。この警告はなによりも、開城(ケソン)工業団地や金剛山(クムガンサン)観光事業の再開を文在演が事あるたびに示唆していながら、トランプに言われてその再開を止められていることに対し、金正恩が苛立ちを表すと共に一日も早い再開を文在演に要求したものである。金正恩が第3回米朝首脳会談の開催に期限を年末と切ったことに対し、トランプは焦らし戦術に出た。金正恩による牽制を逆手にとるかのように、4月15日に「・・私は速く進むことを望まない。急ぐ必要はない」とやや婉曲に金正恩を突き放した。トランプの判断では、対北朝鮮経済制裁をこれ以上追加しなくとも、現状の経済制裁を確実に継続すれば、北朝鮮の保有外貨はいずれ底をつき金正恩は遠からず音を上げるであろうとの読みがあるとみられる。保有外貨が枯渇するという事態は朝鮮労働党幹部、政府高級官僚、軍幹部、警察幹部など金正恩体制を支える指導層へ深刻な打撃をもたらすと考えられる。そうなれば、金正恩への軍や警察の忠誠心が揺らぐことにより、金正恩体制への不満が爆発しかねないことを金正恩が危惧していると推察される。トランプの基本戦略はあくまで北朝鮮の完全な非核化が完遂するまで経済制裁を継続することであり、それまで制裁の解除に応じることはないことを改めて示唆すると共に、第3回米朝首脳会談の開催に必ずしもやぶさかでないことを金正恩に伝えようとしたのである。
 
 トランプにたしなめられたと金正恩が感じたことは想像に難くない。何らかの軍事的な対応が必要なときが来たと考えた金正恩は直ちに行動に出た。金正恩がまず行ったことは軍事訓練の視察であった。金正恩は4月16日に朝鮮人民軍の空・対空軍1017部隊を訪れ、その戦闘機飛行訓練を指導したことを『朝鮮中央通信』が17日に伝えた。続いて、17日に金正恩は挑発の度合いをもう一段上げた。『朝鮮中央通信』は「最高指導者・金正恩が新型戦術誘導兵器を指導」という見出しで、金正恩が国防科学院の実施した新型戦術誘導兵器の試射を参観し、指導したと18日に伝えた。金正恩曰く、「・・戦略兵器を開発していたときもいつも敬服したが、我々の科学者、技術者、労働者達は実に大したものである。決断すれば製造できない兵器などない」。
 
今回、実験対象となったとされる新型戦術誘導兵器は射程距離が500キロ・メートル以下の巡航ミサイルではないかと疑われており、弾道ミサイルでなかったと推察される。間違っても弾道ミサイルの発射実験としてみなされ、国連安保理事会において北朝鮮への追加経済制裁決議が採択されるという事態は何としても回避しようと金正恩が画策したと捉えることができよう。金正恩指導部が短射程の戦術兵器の発射実験を行ったことは直接的には韓国へ脅威を与えよう。同実験を許したことは2018年の初めからなにがあっても南北融和に向けて奔走している文在演にとっても決して好ましいことではない。このことはトランプによる警告を受け、いつまで経っても南北交流事業の再開を決断できないでいる文在演に対する痛烈なしっぺ返しとも捉えることができよう。しかも米国本土を射程に捉える戦略兵器であるICBMの発射実験さえ可能であるぞとトランプ陣営へ脅しを掛けているとも言えよう。年末までの第3回米朝首脳会談の開催に向けてトランプ陣営がこれといった歩み寄りを示さないのであれば、大規模な軍事挑発もありうるとの脅しと受け取ることができよう。(つづく)
 
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