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2018-12-25 20:01

ゴーン前会長「特別背任容疑」の法的検討

加藤 成一  元弁護士
 日産自動車のカルロス・ゴーン前会長は、12月10日平成22年~平成26年度分の報酬約98憶円のうち約48憶円を過少に記載した虚偽の有価証券報告書を関東財務局に提出したとして、金融商品取引法違反罪(同法197条1項1号)で起訴されたが、12月21日私的な投資の損失を日産自動車に付け替え、さらに約16憶円を流出させたとして、会社法の特別背任容疑(同法960条1項)で再々逮捕された。再々逮捕容疑は、「(1)日産の最高経営責任者だった平成20年10月、リーマン・ショックの影響により自身の資産管理会社と新生銀行(東京)との間で契約した通貨のデリバティブ(金融派生商品)取引で損失が生じたため、約18憶5000万円の損失を含むすべての権利を資産管理会社から日産に付け替え、(2)さらに、権利を資産管理会社に戻した際、別の銀行による信用保証に協力したサウジアラビア人の知人が経営する海外の会社に平成21年~24年、日産子会社から約16憶円を入金させ、日産に損害を与えた。」というものである。
 
 これに対して、報道によれば、ゴーン前会長側は「この取引については当局に違法性を指摘されたため実行しておらず、日産に損害を与えていない。16憶円の入金は知人が経営する会社との正当な取引に基づくものである。」旨を周囲に説明しているとされる。会社法960条1項の特別背任罪は、取締役など特定の地位にある者が自己または第三者の利益のために任務に背く行為をし、会社に損害を与えた場合、10年以下の懲役または1000万円以下の罰金が科される。同法962条により未遂罪も罰せられる。上記の特別背任の容疑事実及びこれに対するゴーン前会長側の上記主張を法的に検討すると、容疑事実(1)の「約18憶5000万円の損失を含むすべての権利を資産管理会社から日産へ付け替えた」との点については、「付け替え」が一旦実行されたのちに、当局である証券取引等監視委員会から違法性を指摘されたので、権利を日産から資産管理会社に戻した場合と、「付け替え」を実行する前に当局の指摘を受けて「付け替え」を実行しなかった場合が考えられる。後者の場合は、背任の「実行行為」がないと考えられるから、特別背任罪は成立しないであろう。

 しかし、前者の一旦「付け替え」が実行されたのちに当局の指摘により権利を日産から資産管理会社に戻した場合は、背任の「実行行為」はあると解されよう。おそらく、ゴーン前会長側は、「一旦は権利を資産管理会社から日産に付け替えたが、当局の指摘を受けて、権利を日産から元の資産管理会社に戻したから、日産には損害を与えていない。」との主張と考えられる。そうすると、最大の争点は、権利を日産から元の資産管理会社に戻した場合でも、日産に損害を与えたと言えるかどうかである。判例は、「背任罪における財産上の損害を加えたるときとは、財産上の実害を発生させた場合だけではなく、財産上の実害発生の危険性を生じさせた場合をも包含するものである。」(最高判昭和37・2・13刑集16・2・68)としているから、上記最高裁判例によれば、一旦権利が資産管理会社から日産に付け替えられた以上は、その後資産管理会社に戻されたとしても、付け替えられた時点で財産上の実害発生の危険性を生じさせたと解釈される余地があり、特別背任罪成立の可能性は否定できない、と言えよう。

 次に、容疑事実(2)の「権利を資産管理会社に戻した際に、信用保証に協力した知人経営の会社に日産子会社から約16憶円を入金させ、日産に損害を与えた。」との点については、日産子会社からの約16憶円の入金と、当該知人による信用保証との間に「対価関係」があるかどうかが極めて重要であり、仮に証拠上「対価関係」が認められれば、特別背任罪成立の可能性は否定できない、と言えよう。反対に、ゴーン前会長側の主張の通り、約16憶円の入金が証拠上正当な商取引に基づくものであれば、「対価関係」は否定されよう。いずれにしろ、本件特別背任容疑については、今後これを裏付ける人的物的証拠とその解釈如何によって左右され、現段階での予断は困難であり、法律上の問題点のみを指摘しておきたい。
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