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2018-10-25 08:45

(連載2)金正恩になびく文在演とトランプの警鐘

斎藤 直樹  山梨県立大学教授
 この間、文在演は形振り構わず金正恩を擁護し代弁している感がある。文在演は金正恩の言わんとする非核化が半ばまやかしであることを知りながら、金正恩に理解を示しているのではなかろうか。その背景には金正恩と真っ向から対峙することは朝鮮半島での軍事衝突の危機を覚悟しなければならないとの認識が文在演にあろう。そうであるとすれば、非核化を事ある度に吹聴する金正恩の言葉を真摯に信じているかのように文在演は振舞い、金正恩を盛り立てるのが当面は得策であると考えているのかもしれない。しかしトランプとしてはこれ以上、文在演が金正恩になびくことをよしとしない。この間、文在演は金正恩の片棒を担いでいると受け取られる発言を繰り返している。「金委員長は若い年齢にもかかわらず、非常に率直で冷静な面があり、年長者を尊重して配慮する礼儀正しい姿を見せた」と文在演は高く評価している。また幾つかの点を挙げ、金正恩による非核化は真正であると文在演は力説した。文在演が指摘した根拠なるものは、1.金正恩が「経済建設に総力集中する新路線」に政策転換を行った。2.相次ぐ首脳会談において金正恩は非核化を世界に向けて公約した。3.核実験場とミサイル・エンジン実験場を廃棄した。4.第三回南北首脳会談で金正恩が核兵器のない朝鮮半島を公式化した。5.非核化を遵守しない場合に想定される米国による報復に北朝鮮は耐えることはできないなどである。さらに「北朝鮮は制裁の影響で経済的困難に直面していて、追加の制裁に対応できない」と、経済制裁の追加措置によって北朝鮮の体制が瓦解しかねないような意味合いのことを文在演は示唆している。

 とは言え、その一つ一つが本当であろうか疑問が湧かざるをえない。金正恩が「礼儀正しい」人物であるかどうかは別にして、2011年122月に権力を継承して以降、非道かつ残虐極まる手段でどれほど多くの指導者達を粛清してきたであろうか。金正恩は叔父であった張成沢の粛清や実兄の金正男の殺害を命じた人物である。また非核化が真正であるとしてその根拠なるものを文在演が列挙したとしても、これらの根拠なるものいずれをとっても確たる事実に基づくものではなく文在演の希望的観測に過ぎないようにしか映らない。金正恩が核リスト申告と工程表を提出すれば済む話であり、これらの提出がない限り非核化に向けての道筋は開けないといわざるをえない。さらに経済制裁の追加措置によって北朝鮮の体制が瓦解しかねないというのであれば、その確たる証拠は何なのか明らかにする必要が文在演にあろう。日々伝えられる文在演の言動を耳にすれば、文在演はもはや金正恩の代弁者となった感がしないわけではない。習近平国家主席が安保理事会決議に基づく対北朝鮮経済制裁の解除に向けて動き、プーチン大統領が続こうとしている中で、文在演が独自制裁の解除を決断するような事態ともなれば、対北朝鮮経済制裁網はいよいよ綻び始めよう。その意味で、対北朝鮮経済制裁はまさしく正念場を迎えようとしている。

 今後、トランプは文在演を自らの陣営に引きとどめるために尽力するであろうが、文在演がこれ以上金正恩への擦り寄りを続けるようだと、文在演への姿勢を再検討せざるをえない局面にトランプが迫られる可能性がある。言葉を変えると、越えてはならない一線を文在演が越えようとしているとトランプの目に映っているのではなかろうか。文在演が独自制裁の解除、北朝鮮への大規模な経済支援、朝鮮戦争の終戦宣言に向けて動こうとすれば、文在演とトランプの対立は決定的となる可能性がないわけではない。そうなれば、対北朝鮮経済制裁網が綻ぶだけでなく米韓同盟さえも空洞化を避けられなくなるであろう。すなわち、もしそうした文在演に見切りをつけ在韓米軍の撤収をトランプが真剣に検討するようなことがあれば、韓国の安全保障は根底から揺らぎかねない。韓国の安全保障の根幹は国軍たる韓国軍だけでなく在韓米軍の駐留と米韓連合軍の連携に基づく米韓同盟に根差している。この根幹が揺らぐような事態があれば、どのようにして韓国は自国の安全保障を確保するのかという問題を文在演は真剣に考えたことがあるであろうか。

 何にも増して南北融和を優先する文在演が既存の韓国の安全保障政策をないがしろにしかねない。北朝鮮の非核化が完遂する一方、経済制裁が解除され、中国や韓国による莫大な経済支援により北朝鮮経済が再生に向かい、北朝鮮が市場経済の導入と大規模な外資の導入を通じ通常の国家になると、文在演が考えているとすれば、それは幻想でしかない。金正恩が核を放棄することはないし、市場経済の本格導入を決断することもない。こうした現実に反し、文在演の行っていることは眼前の利益確保を最優先し、長期的な展望を見据えた国家の安全保障を毀損しかねないのである。そうなれば、北朝鮮危機は朝・中・露・韓と米・日の対立構造に推移しかねない危険性があることに留意しなければならない。それこそ金正恩が目論む狙いではなかろうか。こうした中で鍵を握るのはわが国である。中国やロシアに続いて韓国といった関係諸国がなし崩し的に経済制裁の緩和や解除に向けて動きかねない中で、わが国は非核化の完遂まで経済制裁の手綱を緩めるべきではないとする路線を堅持すると共に、トランプ政権に制裁の継続に向けて働きかねなければならないのである。(おわり)
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