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2018-10-01 22:49

(連載1)詭弁と危うさに彩られた「平壌共同宣言」

斎藤 直樹  山梨県立大学教授
 2018年9月18日から20日にわたり訪朝した文在演大統領は、平壌で金正恩朝鮮労働党委員長との三度目の南北首脳会談を行った。その成果物が19日に両者が調印した「平壌共同宣言」であった。しかし「平壌共同宣言」は、6月12日のシンガポールでの米朝首脳会談において採択された「共同宣言」で金正恩が合意したはずの「完全な非核化」に向けた前進になるどころか、金正恩の目論む非核化のからくりを世界に知らしめる結果となった。米朝首脳会談後、トランプ大統領が金正恩に対し核関連活動の全容を盛り込んだ申告を提出するよう要求したのに対し、何故に金正恩が回答に応じなかったのか様々な憶測を呼んだ。しかし、「平壌共同宣言」により金正恩の目論む非核化が明らかになった。三日間に及んだ文在演の訪朝は南北融和に向けて最高の政治ショーとなったかもしれないが、詭弁と危うさに彩られた「平壌共同宣言」を通じ金正恩の真意は白日の下にさらされることになった。

 「平壌共同宣言」に盛り込まれた非核化に関するヵ所を引用すると、「北側は東倉里エンジン試験場とロケット発射台を関係国専門家たちの参観の下で、まず永久的に廃棄することにした」、また「 北側は米国が6.12朝米共同声明の精神に従って相応措置を取れば、寧辺核施設の永久的な廃棄のような追加措置を引き続き講じていく用意があることを表明した」。上記にある通り、米国が相応の見返りを提供すれば、寧辺の「核施設」の廃棄に応じる用意があることを金正恩は明かした。これに対し「金正恩は最終交渉を条件に核査察の受け入れに合意したほか、各国の専門家の前で実験場と発射台の永久的廃棄に合意した。・・」と、トランプは持ち上げた。とは言え、専門家は一様にすべての核関連活動の全容を盛り込んだ申告を提出しない限り、非核化に向けた措置として全く不十分であると厳しく見ている。5月24日に爆破、破棄された豊渓里の核実験場、解体されたとする東倉里のエンジン試験場やミサイル発射台など、幾つかの核関連施設やミサイル関連施設を廃棄したとしても、北朝鮮のすべての核関連施設の廃棄に直結するものではない。一つ一つの事例には相応の事情があるように見える。豊渓里の核実験場の爆破、廃棄では肝心の外部機関による査察が行われておらず、同実験場が今後、二度と使用できないかどうかは不明である。

 東倉里のミサイル発射台からテポドン2号などがこれまで発射されたが、同発射台を含めいわゆる固定式ミサイル発射台は米軍による空爆にとって格好の標的になることを踏まえ、空爆からの残存性が高い移動式発射台搭載ミサイル戦力に金正恩は力点を移している。移動式発射台搭載ICBMである「火星15」型を対米核攻撃能力として位置付ける今、東倉里のミサイル発射施設はもはや無用の長物であると言えよう。他方、寧辺の核関連施設はこれまでプルトニウム計画と高濃縮ウラン計画の開発において中核的役割を果たしてきた曰く付きの施設である。北朝鮮が保有するプルトニウムのほとんどすべては寧辺にある5000キロ・ワット級黒鉛炉を通じて生産された。これにより10発以上のプルトニウム原爆が製造されたと目される。他方、高濃縮ウランの一部は寧辺の核燃料製造工場内にある小型の軽水炉と遠心分離機施設で生産されてきた。同施設で製造されたウラン原爆は約15発に及ぶと推察される。寧辺の「核施設」の廃棄を重大な譲歩であるかのように金正恩は印象付けようとしているとは言え、「平壌共同宣言」でいう「核施設」とはこれらの「施設」を指しているのか、寧辺に所在する全施設を意味しているのかは明らかでない。同共同宣言を受け、ポンペオ国務長官は米国とIAEAの査察の下で寧辺の全施設を廃棄しなければならないと注文を付けた。

 これらの実験場や核関連施設は北朝鮮の核・ミサイル開発で象徴的な役割を果たしてきたとは言え、いつなんどき米軍の空爆に曝されるかわからない目標であった。これらが廃棄されたとしても北朝鮮領内に点在するすべての核関連施設や核弾頭数からみれば氷山の一角に過ぎないであろう。米朝首脳会談後にトランプが要求した通り、金正恩はすべての核関連活動の全容を盛り込んだ申告の提出を行わなければ、トランプ政権を十分に納得させることにはならないであろう。すなわち、非核化は全容を盛り込んだ申告と、申告→検証→廃棄という手順を定めた工程表にしたがい進められなければならないのである。これに対し、すでに外部世界に周知された一部の核関連施設の廃棄と引き換えに、米国から相応の見返りを得ようと金正恩は画策している。北朝鮮領内には40から100もの主な核関連施設が点在し、保有されている核弾頭が20個から60個に及ぶと推測される中で、金正恩が示唆する措置が全く不十分であることは明らかである。(つづく)
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