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2018-07-18 12:24

(連載1)金正恩による非核化がまやかしで終わる危険性

斎藤 直樹  山梨県立大学教授
 北朝鮮の「完全な非核化」を共同声明で謳った6月12日の米朝首脳会談から一ヵ月以上経つが、非核化に向けた動きは遅々として進まない状況が続いている。このことはトランプ大統領と金正恩朝鮮労働党委員長がにこやかに歓談した米朝首脳会談の時点では少なからず想定できなかった事態である。この間、何が起きているのか。トランプ政権は米朝首脳会談後、北朝鮮の非核化の完遂に向け核関連活動の全容を盛り込んだ申告の提出を金正恩指導部に要求した。北朝鮮に「完全な非核化」を完遂させるためには北朝鮮が行ってきた核関連活動の全容を把握する必要があることを踏まえると、当然の要求であった。トランプが金正恩に核関連活動の全容を数週間以内に明らかにするよう要求したのはそうした認識に基づく。金正恩による申告の提出を待ち、申告内容の真偽を精査すると共に非核化の完遂に向けた工程表の策定をトランプは急ぎたいところであった。ところが、金正恩側からなかなか回答がない中で、ポンペオ国務長官は6月25日に非核化の完遂の期限を特に設定しないとの譲歩を示した。これにより非核化の完遂期限が撤去された感がある。この間、米朝高官協議の米国側の担当者をポンペオが務める一方、北朝鮮側では誰が高官協議の任に当たるのかなかなか決まらないという状況が続いた。

 この間の6月19日、20日に急遽行われたのが第三回中朝首脳会談であった。同会談において「・・経済制裁で大きな苦痛を受けている。米朝首脳会談を成功裏に終わらせたのだから、制裁の早期解除に努めてほしい」と、経済制裁の解除を金正恩が習近平に懇願したとの報道が伝えられた。これを受けた形で、6月28日に国連安保理事会において北朝鮮に対する経済制裁の緩和に向けた報道機関向けの声明案を中国とロシアが共同で発出しようとしたが、米国の反対により拒否された。この間、北朝鮮では極秘の核燃料製造施設においてプルトニウムや高濃縮ウランなど原爆製造のための核燃料が生産されていることが伝えられている。しかもこの間、ミサイル製造施設が拡張されているとの報道も行われている。米朝首脳会談後のこれら一連の動きは「完全な非核化」に露骨に逆行するものである。「完全な非核化」に向けた具体的な取組みをあらゆる手段を通じ遅延させる行動に金正恩が出ている感を覚える。「完全な非核化」を真摯に履行する意思がはたして金正恩にあるのか。

 「完全な非核化」の履行に暗雲が垂れ込める中で、焦燥感を感じ始めたトランプは7月5日に「・・金正恩は北朝鮮国民のためにこれまでと違う将来を見ていると本当に信じている。私はそうあることを希望する・・」と記者団に意味深長な発言を行った。この発言は金正恩が非核化を真摯に実行に移すことに期待を込めたものであったが、もしもそうでないならば、強硬な対応も辞さないことを言外に示したともとれた。7月6日にポンペオが第一回米朝高官協議に出席するために三度目の訪朝を行った。ポンペオは6、7日と二日間、金英哲(キム・ヨンチョル)党副委員長と会談した。その際、ポンペオは金正恩に向けたトランプの親書を持参したが、結局ポンペオの前に金正恩は現れなかった。これまでポンペオによる二回の訪朝でポンペオと金正恩が友好的に歓談したことを踏まえると、明らかに金正恩がポンペオとの会談を望んでいなかったことを示唆した。ポンペオはすべての核関連活動の全容を盛り込んだ申告を提出させ、その申告内容の検証に合意するよう金英哲に要求したとされる。ポンペオが申告に拘る事由は、申告が「完全な非核化」の完遂に向けた出発点になるだけでなく「完全な非核化」に対する金正恩の真意を問う試金石になるからである。

 北朝鮮領内に点在する多数に及ぶ核関連施設の所在に始まり、核燃料の種類と分量や核弾頭の数量などを盛り込んだ申告は今後の「完全な非核化」に向けた進捗を大きく左右させる重大性を持つ。高官協議で「完全な非核化」の実施の検証に向けて作業グループを設置することが決まったものの、金正恩指導部が核関連活動の申告に向けて真摯に動くかどうか相変わらず不透明である。金正恩が申告を行うのは一体いつになるのか、また申告を行うことがあっても不十分かつ過小な申告を行う可能性が十分に考えられるが、その際トランプはどのように対応するのか。ポンペオが金正恩にとって招かれざる客であったことはまもなく北朝鮮外務省による談話で明らかになった。ポンペオによる要求に激しい憤りを覚えた北朝鮮外務省は7日、ポンペオを厳しく罵った。『朝鮮中央通信』報道によれば、「・・米国側は完全かつ検証可能で不可逆的な非核化、申告、検証などと発言し一方的かつ強盗のような非核化要求を持ち出した。・・第一回米朝高官協議は米朝間の信頼を培うどころか我々の非核化の意思が揺らぎかねない危険な状況に直面させるに至った。」同談話は今後、非核化の意思を失いかねないとお決まりの文句でトランプを揺さぶったのである。(つづく)
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