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2018-06-27 08:23

(連載2)金正恩による完全な非核化の意思表明への疑義

斎藤 直樹  山梨県立大学教授
 クリントン政権とブッシュ政権時代に行われた米朝協議が、多かれ少なかれ頓挫を余儀なくされた主な事由は査察と検証での対立に起因する。査察と検証は高度に技術的な問題であるだけでなく、非核化に向けた金体制の意思が真摯に問われる最終的な試金石であるからである。過去の経験はトランプだけでなく金正恩にとっても重要な教訓となっている。査察逃れを断固防ぐために強制的な査察が必要不可欠であるとトランプは感じているであろう一方、先代達が行ってきたことを真似れば、査察は何とか切り抜けることができると金正恩は安直に捉えているであろう。査察の実施に向け金正恩による真摯かつ誠実な協力がないと、査察は不十分かつ不満足な結果となりかねないが、その真摯かつ誠実な協力の確保が疑わしいのである。金正恩が核の全廃に応じることはないとすれば、何かを放棄し何かを隠そうとすることが推察される。金正恩にとって放棄する用意があるのは米国本土を射程に収める核弾頭搭載ICBMに代表される対米核攻撃戦力であろう。今後の米朝実務者協議において金正恩は開発・保有するICBMを国外に搬出すると表明する一方、対韓核攻撃戦力や対日核攻撃戦力を堅持しようと画策するであろうとみられる。

 対韓核攻撃戦力は核弾頭搭載短距離スカッド・ミサイルであり、対日核攻撃戦力は核弾頭搭載中距離ノドン・ミサイルやスカッドERであろう。これらの戦力の一部を廃棄する用意はある一方、相当部分を秘匿、温存しようとするのではないかと疑われる。このことは金正恩が優先順位を置いている体制の保証の観点からも窺える。体制の保証として、朝鮮戦争の終結宣言や朝鮮戦争休戦協定にとって替わる平和協定の締結を金正恩は求めたいところであろう。トランプが今後、朝鮮戦争の終結宣言に続き平和協定の締結や国交正常化を通じ金正恩の体制を保証すると宣言する可能性がある。とは言え、金正恩から見てトランプによる口先だけの宣言では必ずしも十分とは言えない。そうしたものは結局、紙切れ一枚の約束に過ぎない。体制の保証を確実に担保するのは最小限の核抑止力であると金正恩の目に映っているであろう。言葉を変えると、既述の通り核ミサイル戦力の一部を堅持する必要があると金正恩は考えているとの結論に結びつく。核ミサイル戦力の一部の堅持は、朝鮮人民軍の利害にも合致する。核の全廃を通じ国防力の根幹を事実上の武装解除の危機に曝すことを軍が望んだり喜んだりするとは思われない。核を全廃するという選択肢は軍の権益確保の点からもあり得ないことである。核を全廃しようとすれば、朝鮮人民軍の一部が金正恩に反旗を翻してもおかしくないであろう。

 こうしたことをトランプはどのように捉えているのか。米国本土に直接脅威を与えるICBMは絶対に看過できないとトランプの目に映る一方、短距離核ミサイル戦力や中距離核ミサイル戦力は必ずしもその限りではない可能性がある。もしも北朝鮮が開発・保有するすべての核ミサイル戦力の放棄という基本姿勢をトランプが貫くならば、徹底的な査察の実施が不可欠となる。とは言え、そうした査察には膨大な数に及ぶ人員に加えと途方もない時間と労力を要することもあり、事実上、実行困難に近いと考えられる。もしもトランプがそのように考えるのであれば、北朝鮮が開発・保有する核ミサイル戦力の一部を秘匿する際、見て見ぬふりをする可能性がないわけではなかろう。言葉を変えると、北朝鮮の最小限の核抑止力の保持をトランプが黙認するという可能性がありうる。そうした可能性は2017年夏にゲーツ元国防長官などが提起した北朝鮮が保有する核兵器の限定容認といった議論にも通じる。ゲーツは10発から20発程度の核兵器の保有を認めてもよいのではないかと問題提起した。

 一人独裁体制を堅持する金正恩が自らの任期を気に留める必要などない反面、トランプにとって気がかりなのは2020年11月の大統領再選であろう。トランプにとって喫緊の課題は2018年11月の中間選挙で勝利することであり、その勢いを追い風として2020年11月の大統領選挙で再選を飾ることであろう。そのために二年半以内で非核化の完遂をトランプは目指すであろうが、その完遂は事実上、達成不可能に近い。非核化を二年半以内に完遂しようにも、そうした短期間では非核化は不十分かつ不満足な結果に終わらざるを得ないことを金正恩は正確に見通しているであろう。その結果、「完全かつ検証可能で不可逆的な非核化」は完遂せず、精々「不完全かつ検証不可能で可逆的な非核化」に終わりかねないのである。こうした憂うべき展望を念頭に置き、わが国は北朝鮮の核ミサイルの脅威に対処すべく周到な準備を重ねる必要があろう。何処かの地下核・ミサイル関連施設でわが国を射程に捉えた核弾頭搭載中距離ミサイルの開発が今も続いているとみるべきである。したがって喫緊の課題は北朝鮮の核ミサイルによる脅威に対しミサイル防衛を強化すると共に敵基地攻撃能力の検討を急ぐ必要があることに加え、日米連携や日米韓の連携に抜かりがあってはならないのである。(おわり)
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