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2018-06-08 07:36

(連載2)米朝首脳会談の決断と非核化という難題

斎藤 直樹  山梨県立大学教授
 こうした状況の下では北朝鮮による核関連施設と核関連活動について金正恩指導部による真摯かつ誠実な申告が求められる。もし金正恩指導部が意図的に不正確かつ不十分な申告を行った場合、申告漏れや記載不備に対しどのように対応するのか。IAEA(国際原子力機関)が申告漏れや記載不備を指摘し査察を要求する際、金正恩が拒否すればどうなるのか。直ちに非核化作業は行詰るかもしれないし、少なくとも少なからずの遅延が想定されよう。もしも核関連施設や核関連活動の一部が何らかの事由で非核化対象外とされることになれば、非核化は不十分かつ不完全なまま頓挫しかねない。しかも核関連施設だけでなく兵器級プルトニウムや高濃縮ウランなど核分裂性物質や核弾頭などの全容が明らかにされなければ十分とは言えない。そのためには非核化対象となる核関連施設の所在地だけでなく核分裂性物質の種類と分量、核弾頭数などの詳細が明らかにされる必要がある。特定されていない核関連施設や核関連活動を含め完全な非核化の完遂を実現するためにはどの程度の時間を要するかも重要な問題として浮上する。大統領再選を踏まえトランプ政権は完全な非核化の完遂期限を最大で2年間程度と見込んでいるかもしれないが、果たして2年間ですべてが完遂することがあろうか。

 こうしたことを踏まえると、非核化の完遂はトランプ政権が想定している以上にはるかに複雑で多くの時間と労力を要することが理解されよう。何より求められるのは金正恩による積極的かつ真摯な協力である。そうした協力がない限りすべての核関連施設と核関連活動が明らかになるとは考え難い。このことから完全な非核化を完遂させるためには金正恩に十分な動機づけを与える必要をトランプは考慮しなければならない。そのためには金正恩が熱望するであろう見返りの提供を配慮することもさることながら、非核化の方式において部分的には非核化の中途での見返りの提供も検討する必要があろう。もしも金正恩が核関連施設、核分裂性物質、核弾頭などの一部を秘匿しようと目論むことがあれば、非核化は多かれ少なかれ中途半端になりかねない。そこに金正恩の真意があるとすれば、重大なことである。これに関連して、ここ数ヵ月間の金正恩指導部の動きが憂慮されないわけではない。4月20日の朝鮮労働党中央委員会総会において「経済建設と核武力建設並進路線の偉大な勝利を宣言することについて」という決定書が採択された。

 核実験の中止、ICBM発射実験の中止、核実験場の廃棄を金正恩が宣言したものの、正恩が力説した「核兵器兵器化の完結が検証された」との文言は核ミサイルの実戦配備を通じ核攻撃能力が完成したような印象を与えた。核実験の中止やICBM発射実験の中止の意味するところは、米国本土を射程に収める核弾頭搭載ICBMに代表される対米核攻撃能力を放棄する用意はある一方、韓国を射程に収める核弾頭搭載短距離ミサイルやわが国を射程に収める核弾頭搭載中距離ミサイルは非核化対象から除外しているような印象を受ける。近隣の韓国や日本に対する核攻撃能力は最小限の抑止力として必要不可欠であり、何か不測の事態があった際の保険として金正恩が堅持しようとしてもおかしくはない。そのように金正恩が考えているとすれば、トランプとの米朝首脳会談の席上、対韓国や対日本核攻撃能力を最小限の核抑止力として非核化対象から除外したいと要求するかもしれないし、そうした要求がトランプから承認が得られないようでは、そうした核ミサイル戦力を何処かの地下核関連施設に秘匿したまま申告しないといったことも考えられよう。こうしたことから完全な非核化の完遂が想像以上に難しいのは明らかである。ここにきてトランプ政権も完全な非核化の完遂が複雑でより多くの時間と労力を要することを暗に認め始めている。

 こうした状況の下で6月12日にトランプと金正恩の両首脳が米朝首脳会談に臨んだ際、決裂はないとしてもこれと言った合意に至るとは考え難い。最初の首脳会談では主に両首脳が今後の大きな取引に向けてお互いの考えを知ることが重要な課題となるであろう。首脳同士が数回直接会談することにより、妥結可能な争点で合意の成立を目指すのが現実的でありより柔軟な立場と言えよう。米朝首脳会談の後に北朝鮮の非核化を議論できる首脳会談は事実上、存在しない。したがって、米朝首脳会談で非核化という難題について決着しなければならないことは確かである。数時間の会談で双方の溝が埋まることは実際問題として考え難い。その意味で、トランプが数回の首脳会談を示唆していることはもっともなことかも知れない。既述の通り、3月10日にトランプが示唆したような会談決裂覚悟で首脳会談に臨むといった姿勢よりはより現実に即した考えにトランプは近づいていると言えよう。いずれにしても最後は金正恩が核を放棄するという戦略的判断を行うかどうかにかかっていると言えようが、これまでの経緯を踏まえるまでもなく限りなく曖昧かつ不透明なところである。(おわり)
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