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2018-05-24 07:04

(連載2)米朝首脳会談に向けた綱引きと不透明な見通し

斎藤 直樹  山梨県立大学教授
 5月7、8日に改めて訪中した金正恩は、大連で習近平国家主席との二度目となる中朝首脳会談に臨み、段階的かつ同時並行的な方式を支持している習近平に直談判した。金正恩曰く、「米国は非核化を完遂すれば経済支援するというが、米国が約束を守るとは信じられない・・米国と非核化について包括的な合意ができた場合、中国が中間段階で経済的な支援を行ってほしい」。これに対し、「米朝首脳会談で非核化について包括的に妥結すべきである。・・米国と合意し非核化の具体的な進展があれば、中国が北朝鮮を支援する大義名分ができる」と習近平は金正恩を宥めた。また「・・(米朝首脳)会談の結果に関係なく中国が積極的に北朝鮮に経済・外交支援をすることで合意した」ともされる。後ろ盾となっている習近平から心強い言葉を頂いた金正恩が、既述の通り5月16日に強硬姿勢に転じた背景にはこうした経緯も横たわる。

 北朝鮮が先に核を放棄すれば、米国が体制の保証や経済支援などに始まる見返りを提供するとするトランプの基本方針を金正恩が受け入れておらず、段階的かつ同時並行的な方式を金正恩が依然として求めているとすれば、米朝首脳会談に向けた状況は必ずしも楽観視できない。体制の保証を受けられるとする5月17日のトランプの発言で金正恩は矛を収めるか、あるいはそれでは不十分であると頑強に抵抗するか。もし段階的かつ同時並行的な方式に相変わらず金正恩が執着しており、これが首脳会談に向けたハードルとなっているとすれば事態は傍目にみえるほど単純ではないであろう。とは言え、6月12日の米朝首脳会談の開催が必ずしも覚束なくなったわけではない。米朝首脳会談の開催がトランプと金正恩に多大な恩恵をもたらすことを踏まえると、5月16日以降のやり取りは会談に向けた双方による綱引きであると捉えることができよう。トランプにとって米朝首脳会談において目に見える形で成果を挙げることができれば、11月の中間選挙で共和党の勝利を呼び込み大統領再選に向けて今後の政権運営に弾みを付けることができよう。他方、首脳会談が頓挫することがあれば、米国による経済制裁はさらに強化され、体制の存続にかかわる深刻な事態につながりかねないことを斟酌すると、金正恩にとっても首脳会談の開催は死活的に重要であろう。

 すなわち、厳しく反目している感のあるトランプと金正恩は米朝首脳会談の開催に実は共通の利害を見出しているのである。金正恩はトランプが言う通り、核を先に放棄した場合、確固たる見返りが必要であり、それがゆえに金正恩が条件闘争を繰り広げているとみられるが、今一つ不透明なのは米国から一層大きな見返りを得るために条件闘争を展開しているのか、それとも金正恩の持論である段階的かつ同時並行的な方式を受け入れるように金正恩がトランプに改めて迫っているかである。もしも後者であるとすれば、今後の推移は予断を許さないであろう。激しい綱引きは6月12日の首脳会談の直前まで続くことが予想される中で、双方の溝が埋まられないままに首脳会談の開催を迎える可能性が出てきた。数時間の首脳会談の席上でトランプと金正恩の両首脳が本音をぶつけ合うことがあれば、会談はそれこそ物別れに終わるといった最悪の結果となりかねない。トランプは3月10日に「私はすばやく立ち去るかもしれないし、あるいは対話の席に着いて世界にとって最も素晴らしい取引ができるかもしれない」と発言したが、その前者に近い状況が現実に起きかねない。

 そうした短時間の会談で合意が成立するかどうかは極めて不確実であり、4月27日の南北首脳会談で採択された「板門店宣言」のような曖昧かつ不透明な宣言が発表されることになるのではなかろうか。宣言には北朝鮮が先行して核の放棄を履行すれば、その補償として米国が体制の保証や経済支援などを行うとするトランプが主張する最も基本的な文言さえ入らない可能性があろう。ましてや非核化の完遂の時期・期限の明示、非核化の対象と範囲の明示、検証措置の明示などに何ら言及されない可能性が高い。その結果、「板門店宣言」にあるように「・・完全な非核化を通じ、核のない朝鮮半島を実現するという共通の目標を確認した」といった曖昧かつ不透明な宣言が採択される可能性がないわけではない。南北首脳会談がそうであったように、米朝首脳会談も政治的な演出に終わる可能性が高い。両首脳が首脳会談の成果をことさら訴え、残されたすべての課題はその後の実務者協議に任されるという可能性が出てきた。そうなれば、実務者協議は間違いなく難航することが予想されるのである。(おわり)
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