国際問題 外交問題 国際政治|e-論壇「百家争鳴」
ホーム  新規投稿 
検索 
お問合わせ 
2018-05-10 19:41

(連載2)政治的演出に終わった南北首脳会談

斎藤 直樹  山梨県立大学教授
 それ以降、金正日は虎の威を借る狐のごとく先代の「朝鮮半島の非核化」を吹聴し、さらに金正恩までも二人の先代が遺した同様の文言を繰り返しているのである。こうした経緯を踏まえたとき、「完全な非核化を通じ、核のない朝鮮半島」という文言は実に警戒を要する文言であろう。韓国内の在韓米軍基地に配備された核兵器は1991年までに撤去されたことにより、韓国に核兵器は存在しないとされることから、「完全な非核化を通じ、核のない朝鮮半島」はすなわち、北朝鮮の非核化を指すことになろう。ところが、これを北朝鮮の非核化と同義であるとみるのは少し楽観的な解釈であると言わざるをえない。「完全な非核化を通じ、核のない朝鮮半島」としたところに金正恩の深い拘りがあることを勘案すると、何故、北朝鮮の非核化が「完全な非核化を通じ、核のない朝鮮半島」に摺り替わったのか考える必要があろう。

 「完全な非核化を通じ、核のない朝鮮半島」に金正恩が言外に含みを持たせたと言えるではなかろうか。その含みとは何なのか。韓国内には核兵器は存在しないとは言え、韓国は米国による拡大抑止、すなわち「核の傘」の提供を受けている。「核の傘」の論理に従えば、もし北朝鮮が韓国に対し核攻撃を仕掛けることがあれば、米国は北朝鮮に対し壊滅的な核報復を断行するという意思を明確にすることにより、北朝鮮が韓国への核攻撃を思い止まらせる内容である。「完全な非核化を通じ、核のない朝鮮半島」という文言を踏まえと、もしも北朝鮮の非核化をトランプが強く求めるならば、韓国は米国による「核の傘」から離脱しなければならないと金正恩が反駁するという論理に発展しかねない。すなわち、金正恩にとってみれば、「完全な非核化を通じ、核のない朝鮮半島」を実現するためには米国による「核の傘」の提供もまた破棄されなければならないことになるのではないか。言葉を変えると、韓国が今後も米国による「核の傘」の提供を受ける限りにおいて、北朝鮮の最小限の核攻撃能力は核抑止力として保持されなければならないという論理につながりかねない。この結果、対韓核攻撃能力は温存されるという帰結を導きかねないのである。

 さらに北朝鮮の核関連施設の多くが未だに特定されていないことから、非核化の実施にあたりトランプが核関連施設の特定とそうした施設への厳格な査察を要求することになろう。これへの対抗要求として金正恩が撤去された核兵器の有無を確認するとして在韓米軍基地への査察を求める可能性もないわけではない。さらに北朝鮮に核の脅威を及ぼすとして米領グアム島に展開する米軍の核関連施設の査察についても金正恩は言い出しかねない。そうなれば、非核化を巡る取組みはどこまでも拡大し複雑化しかねない結果、途方もなく時間と労力を要する可能性がある。また北朝鮮の非核化を論ずる際には非核化が完了する時期だけでなく非核化対象となる施設の所在置、核分裂性物質の種類と分量、核弾頭数などが明示されないと、非核化は曖昧かつ不透明なままである。しかし板門店宣言では非核化の具体的な内容には言及がなかった。この結果、金正恩による非核化への取組みが本当であるかは依然として不明確である。政治的な演出に惑わされないよう現実に生起している事柄を注視し精査しなければならない。2018年3月上旬以降、金正恩はトランプに非核化の意思表示を幾度となく行いながら、現実はそれとは相容れない経過を辿っているからである。

 4月20日の朝鮮労働党中央委員会総会での決定書「経済建設と核武力建設並進路線の偉大な勝利を宣言することについて」の採択は重大な意味を持つ。その中で2013年3月に同総会で採択された「経済建設と核武力建設の並進路線」の完遂を宣言し、今後「経済建設に総力集中する新路線」を踏襲することを明らかにした。また金正恩は核実験やICBM発射実験の中止と核実験場の廃棄を謳ったとは言え、金正恩が言及した「核兵器兵器化の完結が検証された」という文言は非核化に向けてどころか逆に核ミサイルの実戦配備を通じ核攻撃能力を完成したことを滲ませる内容であった。すなわち、対米核攻撃能力を放棄する用意はある反面、対韓・対日核攻撃能力を堅持すると印象付けようとした感を受ける。4月20日に総会で採択された決定書と言い、4月27日に合意された板門店宣言と言い、非核化を巡る曖昧さと不透明さは一層増したことになろう。文在演は米朝首脳会談への橋渡しを行ったと自負しているであろうが、実際には非核化を曖昧かつ不透明にしたままトランプに下駄を預けたと表現できるであろう。トランプは南北首脳会談の成果を高く評価したとは言え、北朝鮮による非核化への取組みについて何ら煮詰まらなかった結果、非核化を巡る決着は天王山と言うべき米朝首脳会談に委ねられることになったのである。(おわり)
お名前は本名、またはそれに準ずる自然な呼称の筆名での記載をお願いします。
下記の例を参考にして、なるべく具体的に(固有名詞歓迎)お書き下さい。
(例)会社員、公務員、自営業、団体役員、会社役員、大学教授、高校教員、大学生、医師、主婦、農業、無職 等
メールアドレスは公開されません。
ただし、各投稿者の投稿履歴は投稿時のメールアドレスにより抽出されます。
投稿記事を修正・削除する場合、本人確認のため必要となります。半角10文字以内でご記入下さい。
e-論壇投稿の際の注意事項

1.投稿はいったん管理者の元へ送信され、その確認を経てから掲載されます。
なお、管理者の判断によっては、掲載するe-論壇を『百家争鳴』から他のe-論壇『百花斉放』または『議論百出』のいずれかに振り替えることがありますので、予めご了承ください。

2.投稿された文章は、編集上の都合により、その趣旨を変えない範囲内で、改行や加除修正などの一定の編集ないし修正を施すことがありますので、予めご了承ください。

3.なお、下記に該当する投稿は、掲載をお断りすることがありますので、予めご了承ください。

(1)公序良俗に反する内容の投稿
(2)名誉や社会的信用を毀損するなど、他人に不快感や精神的な損害を与える投稿
(3)他人の知的所有権を侵害する投稿
(4)宣伝や広告に関する投稿
(5)議論を裏付ける根拠がはっきりせず、あるいは論旨が不明である投稿
(6)実質的に同工異曲の投稿が繰り返し投稿される場合
(7)管理者が掲載を不適切と判断するその他の理由のある投稿


4.なお、いったん投稿され、掲載された原稿の撤回(全部削除) は、原則として認めません。
とくに、他人のレスポンス投稿が付いたものは、以後部分的であるか、全部的であるかを問わず、いかなる削除も、修正もいっさい認めません。ただし、部分的な修正については、それを必要とする事情に特別の理由があると編集部で認定される場合は、この限りでありません。

5.投稿者は、投稿された内容及びこれに含まれる知的財産権(著作権法第21条ないし第28条に規定される権利を含む)およびその他の権利(第三者に対して再許諾する権利を含む)につき、それらをe-論壇運営者に対し無償で譲渡することを承諾し、e-論壇運営者あるいはその指定する者に対して、著作者人格権を行使しないことを承諾するものとします。

6.投稿者は、投稿された内容をその後他所において発表する場合は、その内容の出所が当e-論壇であることを明記してください。

 注意事項に同意して、投稿する
記事一覧へ戻る
東アジア共同体評議会