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2018-05-04 06:57

(連載2)明らかになった金正恩の非核化の意味

斎藤 直樹  山梨県立大学教授
 金正恩が今回、核実験やICBM発射実験を停止することを公にした主な事由は、既述の通り、もしも今後米国を著しく挑発する軍事挑発行為を強行することがあれば、トランプ政権は核・ミサイル関連施設へ空爆を断行する可能性が高いことを踏まえてのことであろう。他方、核実験場の廃棄という発言は初めてであるが、その背景には豊渓里の核実験場はこれ以上使用できない状況にあるとの判断があろう。と言うのは、これまで6回に及ぶ核実験は総て豊渓里の核実験場で行われた。2017年9月3日に強行された第6回核実験が事実上、初めての水爆実験であり、その爆発威力は広島型原爆の10倍以上に及ぶ160キロ・トン以上に達したことを防衛省は確認した。また中朝国境から遠くない豊渓里の核実験場は習近平指導部が中国東北地方への環境汚染の観点から問題視している施設である。

 ところで、総会での決定書は対米核攻撃能力が完成したことをトランプ政権に印象付けようしたものである。トランプ政権は2017年11月29日未明の「火星15」型ICBM発射実験において最難関技術とされる「再突入技術」が確立されていないと結論づけている。とは言え、ミサイル専門家は一年以内に技術的な課題が解決され、米西海岸を射程内に収めるICBMが完成するであろうと推察している。そうした警鐘を鳴らす推察に立てば、今後核実験やICBM発射実験を停止するということは、対米ICBMの完成に何よりも神経を尖らせているトランプ政権からみればその完成が先延ばしになることからひとまず安心ということになる。この結果、対米ICBMの完成を待たないまま、いわば未完成の対米ICBMの実戦配備に金正恩指導部が踏み切る可能性がある。対米ICBMを実戦配備した「核強国」との想定の下でトランプとの米朝首脳会談に臨む姿勢を明らかにしたことを物語る。金正恩とすれば、米国にも劣らぬ「核強国」である北朝鮮が自らその対米核攻撃能力を放棄する代わりに十分な見返りを米国は提供しなければならないと、要求を著しく高めようとしている腹積もりが透けて見える。

 とは言え、今回の決定書で非核化の意思表示が入っていないことはどのように解釈できようか。確かに米国本土を射程内に捉える対米核攻撃能力は放棄する可能性はある一方、韓国や日本を射程内に捉える核攻撃能力は堅持する意思に変更はないとも解釈できよう。言葉を変えると、対米核攻撃能力は放棄する用意はあるが、対韓・対日核攻撃能力は堅持するぞと言う意味合いがある。このことは決定書において核実験は中止するが、核兵器の生産は中止すると言及していないことから窺がえる。兵器級プルトニウムや高濃縮ウランなど核分裂性物質や核弾頭は今後も生産すると解釈できよう。これが今後踏襲される朝鮮労働党の新戦略路線となったのであるから、わが国の安全保障にとって穏やかな話ではない。すなわち、米朝首脳会談でのトランプとの取引において対米核攻撃能力の放棄の見返りに最大限の補償を求める意図を鮮明にしたものであると表現できよう。その意味で、採択された新戦略路線においても非核化そのものの意思表示にはつながらなかったと解釈できる。ここで想起されるのが2016年1月8日付の『朝鮮中央通信』が伝えた金正恩指導部の核保有への拘りである。

 同報道を引用すると、「・・イラクのサダム・フセイン体制やリビアのカダフィ体制はそれらの体制転換に夢中になった米国と西欧の圧力に屈し、核開発のための基盤を奪われ、核計画を自発的に放棄した後に破滅の運命を免れることができなかった。・・」このことはイラクやリビアが核兵器を保有していなかったがために体制崩壊という末路を余儀なくされたと金正恩が確信していることを物語る。少なくとも体制存続のためには米国の同盟国である韓国や日本を確実に叩くことができる最小限の核攻撃能力が不可欠であると金正恩の目に映る。韓国や日本に対する核攻撃能力があれば、米国は北朝鮮に対し核攻撃を控えざるをえないと、金正恩が読んでいるのである。これにより、自らの体制は安泰であると金正恩は高を括っている節がある。この点から、金正恩の言わんとするところの非核化とは対米核攻撃能力の放棄に限定されたものであり、対韓・対日核攻撃能力を放棄する意図も意思もないことを暗示させるのである。他方、トランプ政権は素早く政権の立場を4月23日に明らかにした。金正恩の言う核実験やICBM発射実験の停止などでは不十分であり、核の廃棄が不可欠であると断言し、しかも核の廃棄が実現するまで経済制裁の解除、大規模な経済支援、国交正常化など見返りの提供は一切ないとトランプ政権はその基本姿勢を改めて言明したのである。これに対し、金正恩はどう出てくるか注視される。(おわり)
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