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2018-05-03 14:56

(連載1)明らかになった金正恩の非核化の意味

斎藤 直樹  山梨県立大学教授
 今後、北朝鮮の非核化を巡る米朝間のやり取りを展望することは容易ではない。「私はすばやく立ち去るかもしれないし、あるいは対話の席に着いて世界にとって最も素晴らしい取引ができるかもしれない」とは3月10日にトランプ大統領が語った言葉である。すなわち、米朝首脳会談で歴史的な合意に達することもあるし、会談が決裂することもあるという重要な示唆をトランプは与えた。トランプの言う「世界にとって最も素晴らしい取引」とは金正恩朝鮮労働党委員長が「完全かつ検証可能で不可逆的な核廃棄(CVID)」を受け入れることであると考えて間違いないであろう。しかし金正恩が「完全かつ検証可能で不可逆的な核廃棄」を受け入れるということは、完成に向けて近づいているとされる対米核攻撃能力を自ら手放すことを意味する。これまでの経緯を踏まえるまでもなく金正恩が「完全かつ検証可能で不可逆的な核廃棄」に真摯に応じることは考え難いことである。北朝鮮の核・ミサイル開発が対米核攻撃能力の完成に向けて2割、3割の水準であるとすれば、非核化を受入れ体制保証を願い出るというのも理解できよう。

 しかし、弾道ミサイル上部に搭載された核弾頭が大気圏への再突入時に発生する摂氏7000度を超えるとされる猛烈な高温と振動から弾頭を保護する「再突入技術」の確立などの技術的な課題が残っているものの、対米ICBMの完成に向けて最終段階に近い水準にあることを踏まえると、その真偽は疑わしい。確かに2017年の終りまで金正恩指導部が猛進していた対米核攻撃能力の完成を最終目標に据えた核武力建設路線は功を奏さなかったし、このまま緊迫した危機的状況が続くことになれば遠からず北朝鮮の核・ミサイル関連施設への米軍による大規模空爆がありうることを金正恩が肌で感じたであろう。また2017年を通じ採択された国連安保理事会決議に基づき科された経済制裁が殊の外、効き始めていることも金正恩が表向き上、非核化に向けて大きく舵を切ることにつながったと言える。とは言え、2017年の終りまで「国家核戦力の完成」という文言を借り対米核攻撃能力を完成させたとしてトランプを度々脅してきた金正恩が、180度方向転換するかのように非核化、非核化と吹聴していることを本当に信じている政治指導者や専門家はどれだけいるであろうか。

 2018年4月27日の南北首脳会談が迫る中、4月20日に朝鮮労働党中央委員会総会において決定書「経済建設と核武力建設並進路線の偉大な勝利を宣言することについて」が採択された。金正恩によると、「・・核兵器兵器化の完結が検証された条件で、もう我々にはいかなる核試験、中長距離・大陸間弾道ロケット試験発射も必要なくなり、したがって北部の核試験場も使命を終えた」とのことである。核実験やICBM発射実験の停止と、豊渓里(プンゲリ)にある核実験場の廃棄が決定したとは言え、「核兵器兵器化の完結が検証された」という表現は非核化に向けた宣言と捉えられるよりもむしろ逆に核ミサイルの実戦配備に移るという核攻撃能力の獲得を改めて宣言したとの印象を与えるものである。それでは具体的措置として核実験やICBM発射実験の停止と核実験場の廃棄を行うということはどういう意味を持つであろうか。

 核実験やICBM発射実験の停止は以前に金正恩からトランプへ伝えられていたことから目新しいものではない。3月11日にポンペオCIA長官(当時)はトランプが米朝首脳会談の開催を即断した背景に、「四つの譲歩」を金正恩が示唆したことをあげた。ポンペオによると、「四つの譲歩」とは、(1)非核化の意思表示、(2)核実験の停止、(3)弾道ミサイル発射の停止、(4)米韓合同軍事演習の容認などであった。今回、決定書に盛り込まれた事項は金正恩の「四つの譲歩」の内の二つである。これらは総て米国からの見返りを前提として北朝鮮が実施する用意のある措置を意味するものであり、朝鮮労働党中央委員会総会の決定書として採択されたのである。ただしこの中で弾道ミサイル発射の停止が何故か、米国本土に脅威を与える射程距離が長いICBM発射実験の停止に限定された。言葉を変えると、この中にはスカッド・ミサイルなど韓国を射程内に捉える短距離ミサイルやノドン・ミサイルなどわが国を射程内に捉える中距離ミサイルなどが入っていない。(つづく)
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