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2018-04-26 07:09

(連載2)文在演の譲歩と南北首脳会談への一抹の不安

斎藤 直樹  山梨県立大学教授
 しかも南北首脳会談において1953年7月の朝鮮戦争停戦協定に取って代わる和平協定の締結を議論する話がまことしやかに流れている。首脳会談では終戦宣言が発表される可能性も伝えられている。同停戦協定の締結は北朝鮮、中国、米国の間で調印されたが、それに代わる和平協定の締結ともなれば、南北に加え米国と中国の同意が必要である。まして和平協定の締結は敵対行為の禁止を意味するという象徴的な次元では止まらず、北朝鮮の体制を保証することにつながろう。その延長にあるのは膨大な経済支援の提供である。加えて、和平協定が締結されれば、米朝はもはや敵ではないのであるから、在韓米軍の存在理由が失われかねない。在韓米軍の撤収を金正恩は要求しないとみられるが、遅かれ早かれ在韓米軍の撤収という問題に発展しかねない。文在演はこの点についてどれだけ自覚しているのか。

 南北首脳会談に向けてメディアが大々的に伝えることにより、南北融和に向け韓国は熱気に溢れているのが伝わってくる。こうした中で、南北首脳会談が世界に向けて生中継されることで合意をみた。南北融和を世界に向けて発信することは重要であるとしても、それは政治的な演出以外の何物でもない。振り返れば、2000年6月に開催された第1回南北首脳会談のため平壌を訪問した金大中が金正日と抱擁し合い蜜月ぶりをアピールし、帰国した金大中はその成果を韓国民に訴えた。韓国民の多くは金大中の訪朝と南北共同宣言を熱烈に歓迎し、南北共同事業は大々的に展開された。1990年代の後半には崩壊の危機が囁かれた金正日体制は大いに潤うことができた。しかししばらくすると何も変わっていないという冷めた現実に韓国民は気づき始めた。その後、2002年10月に金正日指導部が高濃縮ウラン計画を極秘に進めているとブッシュ政権が暴露すると、米朝関係は一気に緊張すると共に南北関係もぐらつき始めた。それでも金大中の後を継いだ盧武鉉は金大中の太陽政策に習い平和・繁栄政策を堅持し南北関係の融和に向けて努力したものの、前述の第1回核実験は南北関係を震撼させた。平和・繁栄政策は足元をすくわれた格好になったのである。

 凍り付いた南北関係を融和に転ずるべく政治的演出は重要であるとは言え、非核化という本質的問題が置き去りになってはならない。また文在演が安易に南北共同事業の再開などに理解を示すことが案じられる。金正恩がほほ笑み外交よろしく平和攻勢を掛けているのは日々厳しさを増す感のある経済制裁に音を上げているからである。ところが、文在演政権が経済支援を再開することにより経済制裁を緩めることにつながるとすれば、まさしく金正恩にとって願ったり叶ったりであろう。南北首脳会談に向けて南北首脳が融和関係を演出していることは理解できるものの、非核化という現実の問題は何一つ動いていないことに留意しなければならない。米朝首脳会談への橋渡しとして意味を持つはずの南北首脳会談で文在演が安易な譲歩や妥協を行う結果、米朝首脳会談でのハードルが逆に高くなることが案じられるのである。しかも今も金正恩指導部は韓国を武力制圧するための短距離核ミサイルの完成やソウル首都圏に照準を合わせた無数の長距離砲の整備に余念がないことを文在演は忘れるべきではない。そして非核化への取組みの本質に迫った瞬間、金正恩が豹変する可能性があることも忘れるべきではない。

 そうした危険性があることを理解した上での政治的演出であると割り切り、南北首脳会談に文在演が臨むのであれば、それなりに評価できよう。他方、金正恩による非核化への取組みが真摯かつ真剣であると錯覚して会談に文在演が臨むことがあれば、会談はただの政治的演出で終わるであろう。そればかりではなく非核化が空約束であったとわかったときの跳ね返りには計り知れないほど大きなものがあろう。上記した通り、会談成功を優先するがあまり非核化という肝心の争点を文在演が意図的か否か曖昧にして、金正恩に擦り寄るようなことが憂慮される。非核化への取組みの違いは決して細部の違いではない。非核化を巡る本質的な違いがぼかされているような気がする。文在演が融和ムードの中で安易に金正恩のいう非核化に理解を示すことが何よりも懸念されるのである。南北首脳会談は南北間の問題であり、その意味でわが国は当事者でない。しかし非核化が曖昧なままに取り上げられ、米朝首脳会談での重大な課題となるようなことがあればわが国の安全保障にも重大な影響を及ぼしかねない。そうした事態は回避されなければならない。(おわり)
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