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2018-04-13 10:19

「米中貿易戦争」と中国の「開発独裁」

加藤 成一  元弁護士
 米国トランプ大統領は、2017年1月20日の就任以来、「アメリカ第一主義」を掲げ、巨額の貿易赤字の削減と国内産業、特に鉄鋼・自動車産業の再建を目指してきた。2017年の米国の対中貿易収支は実に3752憶ドル(約40兆円)もの赤字であり、米国の貿易赤字の約半分を占める。そのため、3月23日、トランプ政権は中国に対し鉄鋼・アルミニュウム製品に高関税を課す輸入制限措置を発動した。さらに、4月3日知的財産権の侵害を理由に制裁措置として、ハイテク製品など約1300品目への追加関税措置を公表した。これに対し、中国は、4月2日米国産の豚肉など128品目に最高25%の高関税を上乗せする報復措置を実施し、さらに4月4日鉄鋼・アルミニュウム製品の輸入制限措置に対してWTO(世界貿易機関)に提訴したほか、米国産の大豆や自動車など106品目への関税上乗せを公表するなど、徹底抗戦の構えを見せている。報復の応酬により、事態はさながら「米中貿易戦争」の様相を呈するに至っている。日本もこの影響を受け日経平均株価が大幅に下落するなど、日本経済への影響が懸念される。

 筆者は、この「米中貿易戦争」の根底には、中国の「開発独裁」による貿易の不公正の問題が存在すると考えている。「開発独裁」とは、1970年代の東南アジアなどの開発途上国で見られた独裁形態の一つであり、国内の開発・発展を最優先する立場から、国民の権利を抑制し、資源を経済建設に集中的に投入する統治モデルである。独裁権力による迅速且つ一元的な意思決定を通じた効率的な開発・発展と高い経済成長により独裁が正当化される。中国は、鄧小平の改革開放以来、共産党一党独裁政権下で国家の意思決定を迅速化一元化し、電力、鉄鋼、石油、金融など基幹産業(いわゆる国民経済の管制高地)への共産党の指導と資源の集中的投入により高度経済成長を実現してきた。その手法はまさに「開発独裁」そのものである。「開発独裁」は、開発途上国が急速に経済発展を図るには有効な手段であるが、その反面、非民主的であり、企業や外国貿易の全面的国家管理により競争条件の不公正と市場の歪みをもたらす傾向が強い。

 中国は、高度経済成長を達成した現在においても、いまなお、電力、鉄鋼、ハイテク、金融など基幹産業の国有企業を「中央直轄企業」として全面的に国家すなわち中央政府の管理監督下に置き、共産党による指導を強化し、資源の集中的投入を行っている。そのうえ、これらの国有企業に対する中央政府による「直接的な補助金供与、法的独占、政府保証・優遇金利による資金調達、各種規制上の優遇、競争法等の適用除外などの優遇策は、民間企業と比較して競争上の優位性を生み出し、固定・変動費用を問わず、生産コストの低減という形で効果が表れる」(東條吉純立教大学教授論文「国有企業に対する国際規律」4頁。2016年3月独立行政法人経済産業研究所)と指摘されている。このように、国家の保護のもとに様々な優遇措置を受ける中国の国有企業は、国家から特段の保護や優遇措置を受けない、米国、日本などの民間企業と比べると、国際貿易における競争条件が格段に有利であり到底公正とは言えず、市場を歪めるものと言えよう。中国はこれまでも過剰生産による鉄鋼製品などの国際的ダンピング(不当廉売)を大規模に行ってシェアーを拡大すると共に、国際価格を下落させ、米国や日本など他国の鉄鋼産業などに被害を与えてきた。鉄鋼に限らず、ダンピング件数は中国が圧倒的に多い。加えて、中国による知的財産権の侵害や外国企業への技術移転の強要などの不正行為は、米国のみならず、日本、EUからもかねてより指摘されている。そのため、2017年12月12日アルゼンチンのブエノスアイレスで開かれたWTO閣僚会議では、日米EUは、中国を念頭に、不当な補助金や国有企業の優遇など、市場を歪める措置に連携して対応する旨の共同声明を発表し、WTOに共同で提訴することも視野に入れるとしている(2017年12月13日ブエノスアイレス共同)。このように見てくると、中国は今も「社会主義市場経済」の名による国家資本主義ともいうべき「開発独裁」の国家であり、公正な国際貿易のルールを無視する傾向が顕著であると言わざるを得ない。

 中国は、このような「開発独裁」による競争条件の優位性をテコに外国貿易で巨額の利益を収めてきた。その結果が巨額の対米貿易黒字と巨額の外貨準備高の蓄積である。トランプ大統領の対中非難の根底には中国の「開発独裁」による貿易の不公正がある。今後も中国がひたすら経済成長のために共産党一党独裁による国家権力を使った「開発独裁」を続ける限り、「米中貿易戦争」はさらに激化し、決して終わらないだろう。今後、各国並びに国際機関は連携して、中国に対しWTOへの提訴を含め、国有企業に対する優遇措置の撤廃など、競争条件の適正化を強く求め、公正な貿易ルールの確立を図るべきである。
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