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2018-04-12 08:08

(連載2)北朝鮮危機と韓国歴代政権の板挟み

斎藤 直樹  山梨県立大学教授
 他方、金正恩指導部が対米核攻撃能力の獲得に向けて猛進を続ける中で、文在演は深刻な板挟みに苦しんだ。金正恩指導部が大規模の軍事挑発を繰り返す一方、これに対し核・ミサイル関連施設への軍事的選択肢の発動へ徐々に傾斜をトランプ政権が強める中で、軍事衝突の危険性が次第に現実味を帯びてきたからである。2017年9月19日に国連総会に足を運んだトランプは必要があると判断されれば北朝鮮の完全破壊も辞さないと断言すると、これに対し憤激した金正恩が「史上最高の超強硬措置」を叫び、これを受け李容浩北朝鮮外相が「太平洋上での水爆実験」をほのめかす中で、文在演の板挟みは深まった。その後、訪韓したトランプが11月8日に韓国国会で韓国と北朝鮮を比較し繁栄に沸く韓国を賛美したことは有難かったものの、演説の終盤で金正恩を激しく挑発したことは文在演にとって心穏やかではなかった。

 こうした中で、11月29日の「火星15」型ICBMの発射実験が文在演政権に深刻な衝撃を突きつけた。対米ICBMが完成すれば万事手遅れになりかねないとの切羽詰った危機感を文在演は表明した。そうなれば、金正恩が核兵器の使用をちらつかせ法外な要求を韓国に突きつけたり、あるいはトランプが北朝鮮の核・ミサイル関連施設への先制攻撃を決断するに至る可能性があることを踏まえ、苦しい胸の内を文在演は明かにした。文在演にとってみれば、北朝鮮による核の恫喝だけでなく米国による空爆も案じられるところであった。まさしく韓国の置かれた窮地とも言える苦しい立場を象徴させた。これに対し、金正恩体制を一層締め上げるべく国連の経済制裁は一段と厳しさを増した。2017年を通じ安保理事会で採択された対北朝鮮経済制裁を盛り込んだ諸決議は目を見張るものがある。石炭、鉄・鉄鉱石、鉛・鉛鉱石、海産物といった北朝鮮の主要輸出品が全面輸出禁止となった一方、主要輸入品である石油精製品の輸入にも厳しい制限が科された。そうした中で金正恩は文在演への接近を急遽、模索し始めたのである。

 2018年元旦の「新年の辞」で金正恩がピョンチャン・オリンピックへの北朝鮮の参加の意思表明を行うと共に南北対話を支持したのは金正恩の強かな計算に基づく。オリンピックの開催を控えた文在演にとって金正恩によるオリンピック参加の意思表明は有難かった。1月9日に始まった南北対話を皮切りに五輪外交は花開いた感がある。4月27日に板門店で南北首脳会談を開催することを文在演は発表した。日一日と厳しさを増す感のある経済制裁に苦しむ金正恩指導部は南北対話を梃子に韓国から経済支援を引き出すことで対北朝鮮経済制裁網の寸断を目論んでいる感がある。金正恩からみて文在演は実に組みしやすい格好の相手であろう。これに対し、米朝間の軍事衝突に巻き込まれソウル首都圏が被りかねないと想定される甚大な被害を斟酌すれば、文在演が金正恩に擦り寄ろうとするところに一理はあろう。金正恩は文在演政権による膨大な支援を必要とする一方、文在演は金正恩による恫喝を心底恐れている構図となっている。この文在演が抱えた板挟みこそ、付けこむ隙を金正恩に与えている。米朝間の軍事衝突という悪夢の展望が現実味を帯びる中で韓国は衝突の巻き添えを被りかねないことを踏まえると、文在演は必死である。文在演とすれば、南北首脳会談で成果をあげ米朝首脳会談につなげたいと真摯に考えているかもしれない。米朝首脳会談において合意を成立させることにより、朝鮮半島での軍事衝突の危険性を回避したいというのが文在演の本音であろう。

 とは言え、金正恩が非核化への意思表示を行ったことを受けトランプが米朝首脳会談に応じることを決断したとは言え、トランプの捉える非核化と金正恩が考える非核化が相異なる中で文在演は苦悩している感がある。北朝鮮が「完全で検証可能かつ不可逆的な核廃棄(CVID)」を行って初めてこれに対し米国は見返りを行うというトランプの考えに文在演は理解を示す一方、金正恩がそうした方式を受け入れる可能性が低いことを踏まえ、文在演は非核化と見返りを一括して行う一括方式を示唆し、トランプの顔色を窺っている。しかしそうした一括方式は金正恩の非核化の意思を心底疑うトランプの受け入れるところではないであろう。そうした中で、文在演がどのような姿勢で南北首脳会談に臨むのかが重大な関心事となっている。問題は金正恩の目論見が明らかにもかかわらず、南北融和を優先させることにより日・米・韓の連携に穴を開け、金正恩の目論見に結果的に寄与するような策に文在演が走ることが案じられるのである。(おわり)
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