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2018-03-21 08:54

(連載2)米朝首脳会談に向けた落とし穴

斎藤 直樹  山梨県立大学教授
 第3回核実験までは核爆弾の爆発実験であり弾道ミサイル上部に搭載する核弾頭の爆発実験ではなかったと目される。ところが、2016年1月の第4回実験において「ブースト型原爆」実験が行われたのに続き、同年9月の第5回実験では核弾頭の爆発実験が行われたと見られる。さらに2017年9月の第6回核実験において爆発威力が約160キロ・トンに及ぶと推量される水爆実験が強行されるに及んだ。こうした核実験を通じ弾道ミサイル上部に搭載できる程に核弾頭を小型化する「弾頭小型化」技術は曖昧かつ不透明なところを残しているとは言え、確実に進展している。加えて、第6回核実験での水爆実験に見られる通り、爆発威力は桁外れに増大しているのが現実である。6回の核実験を通じ「弾頭小型化」技術の確立に向けて必要なデータが相当蓄積されているであろうと推察される。今後、核実験の停止により同技術の確立に向けたデータ収集に制約が生じるであろうが、外部から目の届かない幾つもの核関連施設において同技術の確立に向けて開発を続けることができるであろうと推察される。

 弾道ミサイル発射の停止にしても同様のことが言えよう。金正恩が示唆したという弾道ミサイル発射の停止とは射程距離上、ICBM(大陸間弾道ミサイル)を指すのか、中距離弾道ミサイルや短距離弾道ミサイルを含めたものなのか曖昧である。おそらくトランプから了解を引き出すためには米国にとって最大の脅威となっているICBMの発射実験の停止を指すのであろう。それでは日本や韓国を射程内に捉える中距離ミサイルや短距離ミサイルは発射停止対象から除外されるどうか不透明である。とは言え、わが国に脅威を与える中距離弾道ミサイルはすでに実用化段階にあるという推察がある。日本領土のほぼ全域を射程内に捉える射程距離約1300キロ・メートルのノドン・ミサイルや西日本地域を射程内に収める射程距離約1000キロ・メートルに及ぶスカッドERは特に警戒を要する。両ミサイルの一部が移動式発射台に配備されていると想定される。移動式発射様式は発射に向けた兆候を事前に察知することは容易ではないため、極めて厄介な存在である。2016年の段階でこれら中距離弾道ミサイルに搭載できる小型核弾頭がすでに開発されたのではないかとの見方がある。と言うことは、ミサイル発射の停止如何にかかわらず、これらのミサイルは実戦で使用可能であることを意味するのである。

 他方、米本土を確実に射程内に捉えるICBMの開発には5年から10年を要するであろうと推察されていた。ところが2017年11月の「火星15」型ICBMの発射実験は多大な衝撃を与えた。一年以内に米西海岸に着弾可能になるICBMが完成するのではないかと一部のミサイル専門家が推察している。とは言え、「弾頭小型化」や「再突入技術」の確立が技術上の課題として残っている。対米ICBMの完成にはこれらの技術を確立するために今後も発射実験が必要であり、最終的には李容浩(リ・ヨンホ)北朝鮮外相が2017年9月にほのめかした通り「太平洋上での水爆実験」を金正恩指導部は強行したいところであろう。同実験とは核弾頭搭載ICBMを太平洋方面に発射し太平洋上で核爆発実験を行うことを意味するのではないかと理解された。同実験は対米ICBMの実戦配備に向けた最終実験というべきもので、その前段階としてこれらの技術の確立のための性能向上はこれまた外部から目の届かない施設で十分に可能であると考えられる。したがって、弾道ミサイル発射の停止も歓迎されるとは言え、それだけで弾道ミサイルの性能向上を止めることにはならないであろう。

 金正恩の譲歩の中で意外な感を受けるのは米韓合同軍事演習の容認である。金日成と金正日の時代から金体制に最も脅威を与えてきたのは米韓合同軍事演習である。しかも米韓連合軍はその作戦計画を従来の「作戦計画5027」から「作戦計画5015」に2015年に移行させ、金正恩指導部が韓国への先制攻撃に打って出る兆候をつかみ次第、機先を制するかのように北朝鮮の攻撃発動拠点に対し先制攻撃を断行する内容を盛り込んだ攻撃型なものに変更している。しかも米韓合同軍事演習には金正恩に対する「斬首作戦」が排除されていない。同演習が金正恩にとって最も脅威を与えることは間違いない。その演習を容認するというのは金正恩にとって確かに大きな譲歩であろう。この譲歩はトランプから米朝首脳会談開催の了解を取り付けるために金正恩が見せた苦肉の策と言えるものであろう。あるいは、米朝首脳会談の成り行き次第でその後、米朝核交渉の開催へと結びつき、その開催期間中は米韓合同軍事演習が停止されるか、あるいは行われるとしても縮小されることも予想されないわけではない。そうした先々を金正恩が見通している可能性もあろう。総じて言えば、金正恩の譲歩とされるものが対米ICBMの完成に向けた開発に確実に楔を打つことにはつながらないであろう。これらはあくまで米朝首脳会談を実現するための誘い水であり、幾つもの落とし穴があることに留意する必要がある。(おわり)
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