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2018-02-23 10:25

(連載2)米朝凍結合意の可能性を考える

斎藤 直樹  山梨県立大学教授
 軍事衝突の回避を米朝双方が真剣に模索するのであれば、双方にとって折り合いが付きそうもない非核化や核保有の容認を一先ず取り下げ、中間的な取引を模索することも考えられよう。その代表的なものが凍結合意という暫定的な取引である。すなわち、北朝鮮が核・ミサイル関連活動を一定期間、凍結する見返りとして米国は相応の支援を行うとする取引が考えられる。実際に、オバマ政権時代の2012年2月にそうした米朝食糧・凍結合意が結ばれた。同合意によれば、北朝鮮が核実験、長距離弾道ミサイル発射実験、寧辺(ニョンビョン)の核関連施設でのウラン濃縮活動を凍結する。これと引き換えに、米国は24万トン相当の食糧を提供することになった。しかしわずか2ヵ月後の4月に金正恩指導部が長距離弾道ミサイル発射実験を行ったことに遺憾の意を表明し、オバマは合意を反故とした経緯がある。凍結合意は、「天と地」ほど隔たる双方の主張の中間的措置を目指すことにより、何とか双方が歩み寄れるのではないかという期待感を抱かせる。こうしたことから米朝対話で合意が成立するとすれば凍結合意ではないかと推察される。

 とは言え、凍結合意は必ずしも都合のよいことだけではない。凍結合意された核・ミサイル関連施設において核・ミサイル開発を北朝鮮が極秘裏に続けるのではないかと疑念をトランプが抱いてもおかしくない。したがって、凍結合意を確実に担保するためには的確な査察が実施されなければならないが、凍結合意の査察は相当な困難を伴うことが予想される。査察の実施には技術的な課題もさることながら、金正恩指導部がどれだけ査察に真摯に応じるかが問われることになろう。次に凍結対象となる関連施設についての議論も重大な争点となろう。核・ミサイル開発活動全体に凍結対象を拡大したいとトランプは考えるであろう一方、凍結対象を可能な限り狭めたいと金正恩は主張するであろう。こうしたことから、凍結対象の範囲を巡る協議でも想定以上の時間と労力を要する可能性がある。凍結の間、凍結対象から外れた何処かの核・ミサイル関連施設において開発が黙々と続くことが案じられる。

 また核・ミサイル開発の凍結中に経済制裁を解除するのかどうかという重大な争点が表出するであろう。金正恩にすれば、経済制裁の解除は願ったり叶ったりであろうが、トランプにすれば、経済制裁が解除され大量の外貨が北朝鮮に流れ込み、これが核・ミサイル開発につながることは是が非でも避けたいところであろう。続いて凍結の期間をどの程度に定めるのかも争点になるであろう。さらに北朝鮮による凍結に対し米国は見返りとして何を提供するであろうか。金正恩は体制の存立に死活的に重要な食糧や燃料を要求するであろうが、これに対しトランプはどのような見返りを考慮するであろうか。これに関連して、凍結が先なのか、見返りの提供が先なのかという問題も表出するであろう。北朝鮮が凍結を行って初めて見返りを提供することをトランプは主張するであろうが、見返りの提供を受けて凍結の実施に移りたいと金正恩は要求するであろう。その結果、凍結の実施と見返りの提供は同時並行的に行うことになるのではなかろうか。とは言え、どのようにすれば同時並行的な履行が確保されるであろうか。

 これらの各争点の妥結に向け時間を要することになれば、凍結合意を巡る協議は予想以上に長引くことが懸念される。これらの問題の多くは2003年8月に始まった6ヵ国協議において噴出した問題である。しかも北朝鮮の「総ての核兵器開発計画の放棄」を掲げ5年以上にわたり断続的に同協議が開催された期間、北朝鮮の核兵器開発計画は野放しのまま進んだのである。総じて言えば、凍結合意は少しでも時間を稼いで核・ミサイル開発を邁進させることを可能にする格好の機会となりかねないことから、金正恩に利すると言えなくもない。既述の通り、凍結合意に至る幾つもの争点で思わぬ時間と労力を要する可能性がある。凍結合意を巡る協議が続いている間、対米ICBMの開発は間断なく進むのではないかという疑念が残る。それでも軍事衝突を回避するために米朝双方が合意に歩み寄れることができるとすれば、凍結合意は暫定的措置として評価できるかもしれない。しかし既述の通り、凍結合意の検証は的確に実施されなければならない。検証の不遵守が原因で凍結合意が破綻することがあれば、ほとんど対話の可能性は残されていないことになろう。そうなれば、米朝対話は万策尽きた形で頓挫しかねない。その向こうに待ち構えているのは大規模な軍事衝突という一触即発の事態ということになりかねないのである。(おわり)
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