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2018-02-22 13:51

(連載1)米朝凍結合意の可能性を考える

斎藤 直樹  山梨県立大学教授
 もし2018年内に北朝鮮が対米ICBM(大陸間弾道ミサイル)を完成する展望が現実化するという事態へと推移することがあれば、対米ICBMの完成という現実を踏まえトランプ大統領は北朝鮮の核保有を容認するか、あるいはその完成を断固許容できないとし北朝鮮の核・ミサイル関連施設への軍事的選択肢の発動という選択を迫られることが予想される。実際にトランプは軍事的選択肢の発動の可能性をほのめかしている。とは言え、軍事的選択肢の発動が大規模な軍事衝突をもたらしかねない危険性が極めて高いことを熟慮すれば、軍事衝突を回避するために何らかの米朝対話を行い、合意を模索する必要にトランプは迫られよう。米朝対話を行う必要があるとは言え、米朝間の主張には「天と地」ほどの隔たりがある。トランプにとって米朝対話を開催する唯一可能な前提条件は北朝鮮の核の放棄、すなわち非核化である。非核化とは金正恩が「総ての核兵器開発計画の放棄」に応じなければならないとするものである。これに金正恩が応じれば、それに相当する見返りをトランプが提供するというのが非核化の骨子である。トランプ政権の発足当初から、トランプと政権の面々は事ある度に非核化が米朝対話を開始する前提条件であるとの基本姿勢を明らかにしてきた。言葉を変えると、非核化以外に金正恩との対話を受け入れる余地はトランプにない。

 これに対し、トランプによる非核化要求は金正恩にとって受け入れる余地はない。金正恩にとって北朝鮮の核保有をトランプが容認することが対話の前提条件である。金正恩が北朝鮮の核保有の容認を前提とする対話に拘っている一方、トランプが対話の前提条件として北朝鮮の非核化に執着するならば、対話はいつまでたっても始まることはない。双方が真逆と表現できる主張を固持する中で落としどころがみえないまま、時間が過ぎている。トランプが抱いている危惧は1990年代初めから米朝間で様々な形式の対話が行われてきたが、合意が成立する度に北朝鮮側の一方的な行動によって合意が破綻してきたことに帰着する。トランプにしたがえば、対話は時間の浪費ということになる。こうしたトランプの主張の背景には、経済制裁を通じ圧力を加え続ければ、遠からず資金源が枯渇した金正恩指導部が音を上げ非核化交渉を受諾するであろうとみている節がある。とは言え、「小型弾頭化」や「再突入技術」など技術的課題を克服して対米ICBMの完成に至るまでに一年間も要しないであろうとみられ、その間に経済制裁を中心とする圧力に金正恩が屈服するとは考え難い。

 この結果、何ら対話が行われないまま時間が過ぎ去り、その間に対米ICBMの完成に日一日と近づくことが案じられる。今後、対米ICBMの完成がいよいよ間近に迫るという事態に推移すれば、既述の通りトランプは重大な決断に迫られよう。軍事的選択肢の発動がもたらしかねない結末を熟慮すれば、米朝対話にトランプが乗り出すことも考えられないわけではない。そうした対話には何らかの核保有の容認も含まれる可能性がある。とは言え、無条件の容認は考え難い。この点で、米国内で散見される北朝鮮の核保有の限定容認が妥結点となる可能性がある。しかしかりに核保有の限定容認にトランプが応じることがあるとしても、それだけで済むのかという問題が待ち構えている。と言うのは、限定容認であれ一度トランプが北朝鮮の核保有を容認することがあれば、無制限に続く要求を突きつけられかねないことが予想されるからである。すなわち、核保有の容認はそれ自体が金正恩の目的であると同時に、次の要求につながる橋渡しなのである。

 金正恩にとって核保有の容認に続く要求は経済制裁の解除であろう。日々経済制裁が厳しさを増す中で外貨獲得が一段と難しくなり、また国民の生活が困窮を極める状況の下にあって、追い詰められている感のある金正恩指導部にとって経済制裁の解除は喫緊の課題であろう。北朝鮮の核・ミサイル開発を阻止するために経済制裁が科されているということは、一度その核保有の容認を行おうものならば、経済制裁が立脚する根拠は立ちどころに崩れかねない。こうしたことから、トランプにとって経済制裁の解除は避けて通れない可能性がある。トランプとすれば、経済制裁の一部解除に止めたいであろうが、制裁の全面解除でなければ金正恩は承服しないであろう。続いて1953年7月の朝鮮戦争休戦協定に取って代わる米朝平和協定の締結を金正恩が要求するであろうとみられる。金正恩とすれば、米朝平和協定が締結されれば、もはや米朝間に敵対関係など存在しないことから、在韓米軍の存在根拠は失われたことになる。同協定の締結を通じ金正恩が声高に在韓米軍の撤収を求めることは目に見えている。米国にとって在韓米軍の撤収要求に応じることは中国やロシアなど大国の権益と利害が複雑に交差する朝鮮半島の南半分を占める事実上の勢力圏を自ら手放すことになりかねないことを意味する。(つづく)
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