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2018-01-31 13:20

(連載1)対北朝鮮経済制裁の現状と課題

斎藤 直樹  山梨県立大学教授
 2006年に金正日指導部がテポドン2号発射実験や第1回核実験など大規模軍事挑発に転じて以降、長距離弾道ミサイル発射実験や核実験の度に北朝鮮に向けた経済制裁を盛り込んだ決議が安保理事会で採択されてきた。2006年7月に決議1695が採択されて以降、2016年3月の決議2270の採択までに5件の決議が採択された。とは言え、経済制裁に例外事項などが設けられそれが抜け穴や抜け道になってきたことに加え、決議の履行も国連加盟国の自発的意思に委ねられるといった制約もあった。そのため経済制裁が期待されたほどの実効性を挙げてきたとは言えなかった。しかし決議2270の採択以降、そうした抜け穴や抜け道も徐々に埋められ、また決議の履行も義務化された。毎回のように米国が決議草案を提示し、これに中国やロシアが難癖を付けるものの、最後には決議採択の支持に回るという構図となっている。2017年に対米ICBMの完成に向けて狂奔する感のある金正恩指導部が軍事挑発を加速化したのに対し、これを抑え込むために安保理事会決議が相次いで採択された。同年だけで採択された決議は4件を数えた。2018年12月の決議2397は2006年7月の決議1695から数えて実に10件目の決議となった。

 とは言え、これまで安保理事会決議が期待通りに実効性を挙げたわけではなかった。確かに決議が相次いで採択されたことは評価できる一方、重要な課題が制裁の履行にあることは疑う余地はない。この結果、北朝鮮の核・ミサイル開発に効果的な楔を打ち込むことにつながっていない。決議がなかなか期待された効果を挙げられなかった主な事由の一つは加盟国による決議の履行が不十分であったことによる。すなわち、決議通りに加盟国が制裁を履行に移さないのであれば、その効果は期待薄である。中朝貿易が北朝鮮の全貿易額に占める圧倒的規模を踏まえると、その責任が習近平指導部にあることは間違いない。習近平指導部が何よりも憂慮しているのは経済制裁の結果、北朝鮮の支配体制が動揺する可能性である。北朝鮮から石炭や鉄・鉄鉱石の輸入を禁止した決議2270の履行においても、中国が民生目的という例外事項の名の下で北朝鮮から石炭や鉄・鉄鉱石を大量に購入した経緯がある。人道的という側面があるにせよ民生目的というのはこれまで重大な隠れ蓑になってきた。また習近平指導部が決議の履行に前向きであったとしても、北朝鮮と隣接する中国東北地方の地方当局が決議履行についての中央当局の指示を遵守しないことも考えられる。

 さらに重大なのは、北朝鮮が消費する原油のほとんどを占めると言われる中国産出の原油供給の問題である。北朝鮮に供給される原油は北朝鮮国内で精製され、精製燃料は朝鮮人民軍に優先的に供給される。言葉を変えると、これが朝鮮人民軍の活動を支えてきたことは明らかである。もしも中国が原油供給を停止あるいは大幅に削減するという事態ともなれば、軍は一気に深刻な燃料不足に見舞われかねない。この結果、軍の日々の活動さえ立ち行かなくなることは明らかであろう。また多くの工場で稼働率が一気に下がり、一部の工場は操業停止に追い込まれることが予想される。そうなれば、北朝鮮国民は一層窮乏化せざるをえない。このことから、金正恩体制の存続の鍵を習近平指導部が握っていると言うのは必ずしも誇張された表現ではない。原油供給の停止措置が発動されれば、金正恩指導部は大幅な譲歩を迫られるのではないかとみることができよう。そうした状況の下で、金正恩指導部は再び北朝鮮の非核化の協議の場に戻ることを決断するであろうか。そうした非核化の協議への北朝鮮の復帰は習近平指導部だけでなく協議の他の参加国にとって望ましい展望であるとは言え、必ずしもそうなるとは限らない。その反対に金正恩指導部が一層頑なな姿勢に転じる可能性がないわけではない。

 実際に原油の供給停止や大幅な削減は予見不可能な事態を引き起こしかねないと習近平指導部が危惧しているとみられる。厳格な措置が実施に移されることがあれば、遠からず北朝鮮の原油備蓄は底をつき、これに伴い北朝鮮経済の根幹が麻痺しかねないことが想定されることに標される通り、金正恩体制の屋台骨がぐら付きかねない。習近平指導部が原油の供給を含め経済制裁の厳格な履行を逡巡する事由は、もし中国が経済制裁措置を厳格に実施しこれに伴い北朝鮮の燃料の著しい枯渇を招き、ひいては北朝鮮経済全体が麻痺するような事態が予測されれば、金正恩が引き下がるという可能性よりも、逆の可能性が起こりかねないと憂慮していることによると推察される。金正恩体制を支える根幹が動揺することがあれば、金正恩が一層冒険的な行動に打って出たり、北朝鮮国民が一層困窮することがあれば、膨大な数に上る人々が中朝国境に殺到することが現実に起きるのではないか。これに続き、自暴自棄となった金正恩が韓国への大規模な軍事行動を決断することがあれば、最悪とも言える展望が現実化しかねない。そうした可能性を熟慮すると、鍵を握るとされる習近平指導部は経済制裁の履行を手加減せざるをえなくなるのである。(つづく)
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