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2018-01-17 09:32

(連載2)金正恩による南北対話への戦術転換とその狙い

斎藤 直樹  山梨県立大学教授
 金正恩が戦術転換を図ったのはこうした文脈の下であったと推察される。2018年の元旦恒例の「新年の辞」で、金正恩は執務室の机の上には「核のボタン」が置かれていると豪語し、「これは脅しではなく現実である」とトランプを恫喝する一方、南北関係の改善とそれに伴う米韓同盟の動揺を誘うという手に打って出た。金正恩がピョンチャン・オリンピックへの北朝鮮の参加の意向を示したことを文在演・韓国大統領は全面的に歓迎した。これにより、南北関係は一転、融和へと転じようとしている。確かに韓国と韓国民の置かれた状況には微妙なものがある。「火星15」型発射実験の際に文在演が窮状を訴えたように、韓国にとって金正恩による核の恫喝も怖ければ、トランプによる北朝鮮への先制攻撃も怖いのである。

 そこで南北間で融和関係を醸成できれば、その融和関係を米朝間にも拡大できるのではないでかと、希望的観測を文在演はめぐらしているのであろう。韓国の抱えた板ばさみを考えれば、文在演の思惑もわからないわけではない。しかし南北対話と連動して韓国内の世論が北朝鮮との全面的融和へと傾く可能性がある。米韓同盟に楔を打ち込みたい金正恩の狙いはまさにそこにあろう。金正恩にすれば、米韓の間に吹き始めた隙間風は願ったり叶ったりである。金正恩の狙いは「斬首作戦」を掲げる米韓合同軍事演習の延期だけでなく同演習を是非とも無期限中止に追い込みたいところであろう。これにより、金正恩にとって差し迫った脅威は遠ざかるからである。また経済制裁による締め付けが一段と厳しくなる中で経済制裁網に金正恩が風穴を開けようしている感がある。金正恩にすれば、軍事境界線に近接した北朝鮮領内の開城(ケソン)工業団地事業の再開などを通じ南北共同事業を再び活性化し、韓国からの多額の資金を呼び込むことにより徐々に制裁網を空洞化したいところであろう。

 南北対話が進んでいる間、対米ICBMの完成に向けた技術上の進歩は着実に前進することは間違いない。トランプ政権は極めて難しい問題を抱えることになった。南北対話を頭ごなしに否定できない一方、対米ICBMの完成に向け間断なく続く開発も無視できるものではない。とは言え、南北対話が続く間はトランプとしてもそうした対話を封殺する動きをみせることはできない。しかし遅かれ早かれ金正恩指導部が対米ICBMの完成に向け大規模の軍事挑発を再開する時点で、そうした南北対話は終りを告げるであろう。言葉を変えると、金正恩の狙いは数ヵ月の間時間稼ぎをし、その間に対米ICBMの完成に向けた技術革新を達成することにあろう。すなわち、対米ICBMの完成を最終目標に据えた金正恩指導部の基本路線に変更があるわけではなく、技術上の課題の克服に向け努力を怠ってはいないのである。つまり、金正恩は一時的な急場を凌ぐと共に対米ICBMの完成に向けた時間稼ぎとして南北対話を位置付けているのではなかろうか。南北対話は金正恩にとってそれまでの繋ぎにすぎない。案じられるのは文在演政権と韓国民の大多数が金正恩指導部による平和攻勢に曝され、日々増大している北朝鮮の核の脅威に対応できなくなりかねないことである。

 技術上の課題が克服され対米ICBMの完成が一層実現に近づけば、金正恩は形振り構わず軍事挑発に回帰するであろうと考えられる。トランプを膝まずかせるためには遅かれ早かれ「太平洋上での水爆実験」が必要であり、そのために最終段階実験として核弾頭搭載ICBMを太平洋方面に発射し、米国に近接した太平洋海域で核実験を強行する必要があると金正恩は認識しているであろう。もし同実験に成功しようものなら、この上ない形で対米ICBMの完成を実証することになろう。その上で、金正恩は自信を漲らせ核保有国としての容認をトランプに改めて要求するであろう。これこそ金正恩が朝鮮民主主義人民共和国の建国70周年の大目標として設定している課題であろう。(おわり)
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